「ジャック・マキシマン」に一年半ぶりに訪れる。
99年まであと2日と迫った年末の夜、この間来た時には光に包まれていた美しい庭はシンと静まり返り、所々にあの華やかな夏を忍ばせるように、美しい花が生けられた花器が置かれている。マキシマンの友人であったセザールの作品が飾られたサルでの夕食は、夏の昼食とは雰囲気の違う、静かで緩やかな流れに包まれたものだった。
「トルティーヤの生野菜添え」をアミューズに、「魚のスープ」「鹿のロースト」と続く夕食。お皿の中に南の太陽を感じたトルティーヤ。冬だと言うのに、ぎゅっと野菜の甘みが凝縮されたトルティーヤと、パリッパリの生野菜にオリーヴオイル。夏への郷愁を駆り立てる。
魚のスープは実にマキシマンらしい一品。マカロニと、これも冬には不思議なバジルが入った濃いオレンジ色のスープ。添えられたルイユのなんと良く出来ていることか。うっとりとスプーンを口に運ぶ。
血の朱が鮮明な鹿は、さっくりとした歯ごたえに上品な肉の香り。コート・ドゥ・プロヴァンスの赤は夏の香りが強すぎて、冬に、エレガントな鹿と合わせて飲むものではやはりなかった。選択ミス。残念。
デセールのババは強烈なラムの香りを、トロリととろけそうにたてられたクレーム・フレッシュが微妙にバランス調整。ああ、素敵だ。
久しぶりのマキシマンの料理を堪能し、プティ・フールをつまんでカフェをのみ、名残惜しいがそろそろ帰ろう、と席を立った時、ワォンウォンウォン!と大きな黒い犬が二匹、レストランの中には行って来て、ちょっと離れたテーブルにいるこれまた黒ずくめの男の人に跳びかかる。
「こら!駄目じゃないか、中に入っちゃ!さ、出て行け!」と黒い犬達を撫でるその人は、あ、ジャック・マキシマンだ。ドキンと心臓が一つなる。とっくにコックコートを脱いでしまって、友人達のテーブルでおしゃべりに興じていたらしい。気がつかなかった。
初めて会うマキシマンは、写真で見るよりも小さくて黒くて意地悪そうな笑顔で「やあどうも」と、ちょっとハスキーな声を出して握手をしてくれた。奥さんのジョスリーヌさんが、すらっと白くて華やかな笑顔なのととっても対照的なのに、思わず笑ってしまう。片方の犬の名はドリー、もう一匹はまだ名なし。「そうね、早くつけてあげなくっちゃ」とにっこり笑うジョスリーヌさん。ドリーは、昔飼っていた犬の名前だったのだそうだ。3月の初めにこのレストランを再び訪れる時には、きっと素敵な名前がつけられて、咲き始める春の花々の間を駆け回っていることだろう。
mar29 dec. 1998