−25日−クープデュモンド・ドゥ・ラ・パティスリー(二日目)
すっかり見慣れた会場までのバスの道。日を追って、このサロンに向かう人の数が増えている。車の渋滞も結構なものになっている。
今日は「クープ・デュ・モンド」の2日目。参加国18カ国が9つずづ、昨日と今日、それぞれ作品を作っている。日本チームの出場は今日。「ル・ショワ」のホリエ氏、「ホテル西洋」のイガラシ氏、それに「イグレック」のヤマモト氏の3人が日本代表。頑張れ頑張れ!フランスチームも今日の出場。会場もフランスの応援に盛り上がっている。
昨日に引き続き、溜息のつきっぱなしの7時間だ。艶やかに伸ばされた飴たちは、オレンジ、黄色、水色に緑、はっとするような紫や可愛らしいピンク、およそ考えられるあらゆる色に姿を変えて、降り注ぐ照明を浴びてキラキラと光り輝いている。バラにサクランボ、鳥に玉にリボン、なんてまあ、美しい芸術品なのだろう。今日もうるさく音を立てながら作られてゆく氷を見ると、おや、オーストリアは女性の氷師だ。小柄な体で一生懸命大きな氷と格闘している。
プレゼンタシオンが始まる前、審査員の先生方は、各国のブースを回って、作業の様子を観察。我が愛するおじいちゃま先生は、エルメと同じく帽子がお嫌いらしく、薄くなった頭を振りかざして、うろうろ。日本のブースを覗いてホッホッホ。作成中の氷を見上げてホッホッホ。会場に知合いを見つけたのか、こちらに向かって手を振ってホッホッホ。審査員の紹介が始まる、というのに気づかずに遠くに行っちゃってて、慌てて席に就いて帽子をかぶるおじいちゃま先生のお名前はカールです。全くカールおじいちゃまは可愛らしい。今日は横の席がオランダなので、親近感を持ったのだろう。しょっちゅう話し掛けて、おしゃべりしてる。
今日のお菓子で目立ったところは、まずはスイスのショコラ。かけられた細い飴が美しく、切り口も完璧。オーストリアの飴も素晴らしくエレガントだった。この国はアイスクリームも素敵だった。クレープで包まれた独創的なケーキはなかなか見ごたえのあるものだ。フランスのオブジェも素晴らしい。会場のお客さんたちは、大喜びで拍手喝采だ。スペインも負けていない。ショコラ、飴、氷、素材の異なる3つのフラメンコはなかなか素敵だ。アシエットには、ラ・マンチャの特産のサフランをふんだんに使って、鮮やかに仕上げている。
お菓子を切るのも大変だ。こちらもMOF(フランス最優秀職人の称号)たち、所謂のプロ中のプロが執刀しているのだが、余りの繊細さに、人数分に切れず、2人で一つ、なんていうのも出てくる。オランダの審査員と仲良く食べるカールおじいちゃまは、途中で飽きてしまったらしく、オーストリアのアイスクリームのプレゼンタシオンが自分の前に来たのに気づかず、横の人につつかれて、おおお、と慌ててはにかみながら、プロの目に戻って、作品を吟味してる。
さて日本の作品。ショコラは全く滑らかでとてもとても美しい仕上げ。グラサージュをせずに、粉をふって仕上げている。地味と言えばちょっと地味かな。グラスの出来は今一つ。ビシュ・ドゥ・ノエル型に作ったケーキは、中の模様がちょっと雑。明らかに、他の国にくらべ見た目に悪いのが残念。オブジェは素晴らしい!遠目に見ているので、細かなところは定かではないが、氷に関しては、ダントツで素晴らしい出来だ。精密に作り上げられた氷の鳳凰。その脇には飴で作られた蛇とショコラで作られた竹細工。このオブジェは圧巻だ。アシエットは、見た目は普通。よくもなく悪くもなく。日本らしさを、と抹茶を使ったのだが、オリエンタルなこの風味に、西洋の人はなじめなかったようだ。「非常に興味深い味ですね、、、」というコメントにとどまってしまった。
5時過ぎ。
ほぼ10時間をかけて、仕上げられたお菓子たち。2日間に渡って繰り広げられたコンクールがとりあえず終了し、会場にはこの後の審査発表への期待感と共に、ほっと和んだ空気が漂う。最後まで会場に残されたフランスと日本のオブジェの周りには、まだまだたくさんの人が賞賛の目をむけている。オブジェの飴とショコラの一部は、終了後、横のVIPヴィラージュに展示され、観客の目を楽しませている。
これでもかこれでもか、とばかりに高度な技術を駆使し、仕上げられたお菓子を目の辺りにして、改めて、お菓子は本当に芸術作品なのだ、と、コンクールの熱気に半ば呆然としながら、頭の奥で思う。
6時過ぎ。いよいよ審査発表だ。観客の熱気の中、フェルニオの登場。彼は本当にいい司会者だ。簡単な前口上の後、第3位の発表。「レタ・ジュニ!。」前回2位の合衆国が今回も入賞。抱き合って喜ぶアメリカ人たち。続いて第2位。「ベルジュ!」。ざわっとどよめく観客席のベルギー人。チームの方を見ても、納得いかない、って顔をしている人がいる。そうだよねえ。ベルギー、かなり素晴らしいお菓子だったもんね。優勝をねらっていたのだろう。彼らにしてみれば屈辱的な結果だったのだろう。そして優勝国が発表される。「ラ・フランス!」。会場中に沸き返る歓声は、フットのクープ・デュ・モンドの時のそれと何ら変わりがない。暗い会場に花火が上がり、紙吹雪が舞い散る。みんな立ち上がってのラ・マルセイエーズで締めくくられた「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」はこうして、フットと同様に、フランスの勝利で幕を閉じた。
ビュッフェ各部門の最高得点は以下の通り。
ショコラ:スペイン
飴:フランス
氷:日本
−26日−ボキューズ・ドール(一日目)
「ボキューズ・ドール」の幕開けだ。22カ国から集まった若き新鋭シェフたちの競演が始まる。自国から連れてきた弟子が1人、リヨンのホテル学校から斡旋されたコミが1人、計3人が、各ブースの中で黙々と作業に打ちこんでいる。
お菓子の時と同じく、相も変わらず、クープ・デュ・モンドののり。いや、もっと激しくなっているか。日本からの応援も結構来ていて、紙の日の丸を持って、「カケイ!カケイ!」と東京の第一ホテルから来たカケイヨシユキに声援を送っている。カナダの応援団は、「ボキューズ・ドール」のためにしつらえたティーシャツを着込んで大きな国旗も掲揚して、応援に余念がない。だからあ、フットじゃないんだ、って言ってるのに、、。
いい匂いだなあ。お菓子と違ってさすがにお料理。プンプンといい香りが会場中に漂っていて、嗅覚をくすぐる。
脂の乗りきったフェルニオの司会に、今日はポール・ボキューズの息子、ジェロームが英語の通訳として、彼についている。審査員の登場を前に、各国のブースを覗いてコメントをするフェルニオ。これもまたホテル学校から派遣されたセルヴールたちが、審査員席を整えグラスをキュッキュと磨き上げ、丁寧にアシエットを並べている。
モニターに写されるブースの中では、鮮やかなナイフ裁きが繰り広げられているが、国によって結構様々。いきなり型を使って強引に魚を抜いてしまったり、魚の身をぼろぼろにしたり、、、。ゴム手袋をして肉を切っているシェフもいる。
今大会のテーマは、魚はノルウェー産のリュウ・ノワール(スズキ科)とコキーユ・サンジャック(帆立貝)、肉はブレスの仔鳩。これを使って、それぞれ12人分の料理を大皿に作り上げる。
主材料は決まっているとはいえ、お菓子よりも使う素材はヴァラエティーにとんでいるので、国によって、結構違う雰囲気の料理が出来上がる。
それにしてもいい匂い。お菓子と違って、お料理は匂いが刺激的。なんだった私は、こんな観客席で見ているだけなのかしら、、と恨めし気に会場を見渡す。各ブースを覗いている審査員やプレスに交じって、おや、ゲラールさんだ。久しぶりに見るゲラールさんのニコニコ笑顔は、4月に味わった、夢心地のお料理を思い出させてくれる。本当に美味しいお料理だったなあ。また行きたいなあ、ウージェニーに、、。彼は今回は魚担当の審査員になっている。
フェルニオの司会にそって審査員の着席。会場は昨日にも増して盛り上がり、審査員が登場する度に、国の応援団が大きな声援を送る。それにしても各国とも、きちんと応援団がついてきているのがすごい。出場者の家族、友人、職場関係だろうが、それにしてもたいした人数だ。
さてさて、いよいよ初めの国のお料理が出てくる。92年度、世界最優秀ソムリエのフィリップ・フォル−ブラが注いだ、コンクールのスポンサーの一つであるMUMMのシャンパーニュで憩う審査員の前に運ばれてきたのは、ドイツの魚料理。美しい銀のプレートに精密に飾り揚げられた魚料理に、ホオッと会場から溜息が漏れる。これを皮切りに、各ブースから肉料理と魚料理が次々と運ばれて来る。本当にまあ、うっとりするくらい美味しそう。あらゆるテクニックと感性を駆使して作成された料理たちに、感嘆の眼が絶えず注がれている。メガネなんかかけちゃったゲラールさんも、いつになく厳しい面持ちで、目の前に運ばれる料理を観察。
使うプレートの形、ガルニ(付け合わせ)に使う材料や盛り付け方により、結構違う雰囲気のお料理になるのが面白い。どれもこれもダイナミックで美しいが、大皿に乗っている時にはいまいち、と思っても、1人用のお皿に盛りつけると素敵だったりする。魚の姿を残したものと、完全に崩したものとでは、とても同じ材料を使った料理とも思えないし、見ていてとても楽しい楽しい。魚の方は、焼き、蒸し、ムース仕立てに、ゆで、肉の方も、焼き、蒸し、ロースト、パイ包みなどなど、本当にヴァリエーションが豊かで、次々と運ばれてくる料理たちに目は釘付け。ガルニだって馬鹿に出来ない。それだけで十分にアートしている、素晴らしいガルニも次々に登場してくる。
しかしまあ、昨日までのお菓子の方も結構盛り上がっていると思ったけれど、お料理の方がやっぱりすごいや。ゲラールさんの周りには、絶えることなくプレスが押し掛け、観客席からは、その小柄な姿が見えやしない。インタビューに忙しくって、味見できないじゃないのよ!プレスの数も昨日の倍に増えている。観客席も各国応援団で満席。小旗を降りしきるカナダ人。踊り出すメキシコ人。日本からの応援団も結構来てるな。半分くらいは辻さんのフランス校の関係者らしいけれど。
審査員の前を慎重に運ばれたプレートは、写真撮影のためにいったんカメラ室に運ばれたあと、アシエットにドレサージュ(盛り付け)されるべく、戻ってくる。この、ドレサージュの作業が私は一番好きだ。レストランでは絶対に食べられないような(こんな気合いの入ったものは、手間がかかりすぎて、どんなレストランでも出すのは不可能!値段がつけられない。)素晴らしい作品が、これもまたプロの手で、慎重にアシエットに移され、ソースがかけられる。その作業は、見ていて感動的ですらある。そうなんだよねえ、こんなに心を込めて、料理は作られてセルヴィスされているんだよね。
そして料理はまた、美しい。一幅の絵を鑑賞するのと同じく、しみじみと感動の溜息が、その美しさの前で漏れる。特にコンクール料理は、時間とありとあらゆるテクニックを駆使して作られるので、コスメティック的な完成度も高いのだろう。
夢中で見惚れて7時間が過ぎてふらふら。会場で知合いになった、日本から観戦に来たお菓子屋さんと一緒にリヨンに戻り、ボキューズのビストロで夕食。お菓子の世界のお話をたくさん聞かせてもらう。