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グルマン・ピュスのレストラン紀行


SPOON(スプーン)

“SPOON”
この英語がパリのレストラン界に猛威をふるい始めて数ヶ月が経った。そんじょそこらの3つ星レストランなんかよりもよっぽど予約が取りにくい、今やパリでダントツの評判を取っているレストラン「SPOON」。

どうにかこうにかお昼にテーブルを一つもぎ取り、ついに「SPOON」体験の実現。このレストランに関する溢れんばかりの記事にはもうウンザリ。早く実際に味わいたーい!

フランスに7つの星(3つ星2つに面倒をみている1つ星のイタリアレストランで計7つ)をきらめかせた、アラン・デュカスはやっぱりすごいや。何がすごいかって、料理のテクニックは勿論だけど、レストラン経営に対するヴィジョンや、業界の傾向のリーダーシップ面がすごいのさ。

「SPOON」。このスーパー・レストラトゥール(レストラン経営者)が昨年末にシャンゼリゼ横にオープンさせた新しいレストランは『21世紀のレストラン』。仕事柄、世界中を旅して周ったデュカスが、行く先々で出会った各地域のエスプリ、気に入ったものを全て集めて具体化したのが、この店だ。

昼下がり、久しぶりに歩くシャンゼリゼの樹々は薄い黄緑。うーん、春にはもう一息だなあ、と、ふとアヴェニュー・モンテーニュに目をやると、このゴージャスな通りの並木は完璧に緑!さすがはアヴェニュー・モンテーニュだ。この通りの一つ向こうの通りにあるウェスティン・ドムール・ホテルに併設する形で作られたレストランは、外からはガラスに掛けられた真っ白なシェードが見えるのみ。中の様子を想像しながら、重いドアを開ける。

正面の小さなしゃれたバーから「ボンジュール!」と明るい声がかかる。続いて、その声に反応してやってきたメートル氏が、丸いお顔に笑顔をたたえてサルからお出迎え。
「ボンジュール!」これまた明るい声の挨拶。
コートを取ってくれて「では、客席にはこちらのドミニクがご案内します」と若めのセルヴールにタッチ。
「ボンジュール!どうぞこちらへ!」ドミニク君の元気な挨拶とにっこり笑顔に導かれて、サルを抜けて奥のテーブルに向かう。

salleキャパは70席といったところか。通りに面したガラス窓にも、薄紫の壁にも白いシェードがおろされ、天井の白と重なり、透明感があって明るい。天井から落とされる小さなスポットの灯りが暖かみを出している。壁際のベンチ席の色は紫。普通の椅子には、薄いピンクや水色のカヴァーが掛けられている。

1時半を周り、昼食もたけなわ。 ワイワイガヤガヤとサル一杯に詰まったお客様達は、楽しそうにグラスを傾けカトラリーを手にし、おしゃべりと料理に余念がない。この楽しい喧騒の中を、これまたニコニコと実に楽しげに縫っていくセルヴール達。いいねえ、この幸せそうな雰囲気。こっちもニコニコしちゃう。

渡されたカルトを見る前に、テーブルコーディネートに目を奪われる。掛けられたクローズの止め方のユニークさは文字では説明不可能。飾り皿は思いっきりアジアティック。通常のカトラリーの他にバゲット(お箸)も置いてある。お好きなように食べてください、ということだ。水用のグラスは水色がきれいなガラスのコップ。

感心しているうちに、パンが運ばれてくる。可愛いセルヴィエット(ナプキン)の上に取り分けられたパンは4種類。一つはここで焼いているもの、残りはカイザーというブランジュリーから卸しているのだそうだ。

amuseさ、カルトを見よう、と、今度はアミューズが運ばれてくる。これまたエキゾチックでユニーク。最近の流行り、レンゲをお皿に見立てた一口アミューズとピクルス。うーむ、こだわってるなあ。

ようやく雑念から開放されて、カルトの吟味に入る。アングロ・サクソン、特に英国からの注目度がめちゃくちゃ高いこのレストラン、理由が分かったぞー。「SPOON」という名前も英語だけれど、2カ国語表示のカルトは、まず英語で、その下にフランス語が書かれている。これじゃ英国人はウハウハだ。ここといい「アルカザール」といい、お国びいきの素敵なレストランが増えてよかったね。

ここのカルト、ユニークと言うか、見方がなかなか難しい。1+2+3システム、とデュカスが名付けた方式は、1に主要食材(例えば、鶏の手羽)、2にガルニ(付け合わせ。例えば、野菜の煮込み)、3にソース(例えば、レモンコンフィのソース)といった具合に、それぞれの料理はこの3つの項目から成り立っている。

一応はこの素材にこのガルニとこのソース、と提唱しているものの、好みに応じてソースやガルニを他のものに代えることも出来る。パズルみたいなこのカルト、読み解くのが結構大変。これに加え、トーフやスヴィッシュ(南米風魚のマリネ)など、要説明の料理も並ぶので事態は悪化。うーんうーん、と苦しんだ末、今日のお昼は基本に従い、
1アントルコート(牛の肩ロース辺り)+2グラタン・
ドゥ・マカロニ+3ソース・エーグル・ドゥース(甘辛ソース)。
素敵なスプーンが飾られたカルト・ドゥ・ヴァンは世界中のワインを網羅している。

うわあ、フランスのレストランで、フランス以外のワインをこんなに見たのって初めてだあ。せっかくだから試してみましょう、まだ一度も飲んだことのない、オーストラリアのワイン。作り手は忘れちゃったけど、97年のシラーズ。明るくって分かりやすくって大らかで、かといってがさつでない、なかなか素敵なお酒だ。明るく澄み切ったルビー色は、同じ原種であるローヌのシラーを彷彿させる何もない。

アルコール度数がなんと14度という、熱いこのお酒、ちょっと冷やされてテーブルに運ばれてきた。この温度が絶妙。こんなアルコール度数の高いお酒を普通に飲むとすぐに頭に来てしまうが、気持ち冷やされているおかげで、熱っぽさを感じさせない。ローヌの赤なんて夏にはあんまり飲みたくないものだけれど、このお酒なら全然OKだ。

育ちが違えば、、、と言ってしまえばそれまでだけれど、しかしまあ、これが本当にシラーを使ったお酒?と感心してしまうくらいの変わり方だ。冷やされながらも香り豊か、とても気立てのいいお酒だ。

ブール(バター)の代わりに運ばれてきたフロマージュ・ブラン(生チーズ。ヨーグルトに近い食感です)をパンにつけてパクッ。爽やかなフロマージュ・ブランが口中に広がる。

オーストラリアのシラーズをコクン。赤い果物とちょっとだけスパイシーな香りが口 中に広がる。おーいしーねー、と思わずにっこり。あれは何?見てそれ!面白いね!と周りに運ばれている料理に気を取られてるうちに、私たちもお料理とついに対面。アーティステックなクトー(ナイフ)とフゥルシェット(フォーク)の間に置かれたのは、またまたアジアティックなお皿に乗っかった大きなアントルコート。付け合わせのグラタンは小さな器に入っている。ソースの器は横に。ではではいただきまーす。

entrecote言ってみればただ焼いただけ、のアントルコートはそれでも、きちんと注文通りセニアン(レア)に焼かれ、塩と胡椒の香りが効いている。エーグル・ドゥースのソースはちょっとだけ甘すぎるな。ほとんどかけずに塩と胡椒だけで食べる。日本と違って脂が少なく、肉らしい肉に舌鼓。

グラタンも上出来。フランスならではの、濃い濃いクレームとブールを使ったソースにプリップリのマカロニが埋まってる。これは美味しい。今度また、他の料理を試す時も、ガルニはこれがいいなあ。

コクコクコクッとお酒も進み、あっという間にデセールの時間を迎える。フランスのレストランで見たことがない、ベニエ(ドーナツ)に決定。赤い果物のソースは嫌いなので、ヤオール(ヨーグルト)のソルベに代えてもらう。

あっつあつのさっくりベニエに、別盛りになったひんやりさっぱりソルベ。友人の柑橘類のソルベもなかなかのものだし(もちろん、「ジャマン」のパンプルムースとは比べ物にならないけど)、横のテーブルの叔父さまが味見させてくれたキャラメルのグラスも濃さがしっかりしていて美味しい。気になって気になってしょうがない、ここの名物の巨大ムラング(メレンゲ)をお土産用に頼んで、カフェの時間を迎える。

3時過ぎ。残っているのは私たちを含め3組。お昼だもんね、みんなそうそう長居はしない。耳に頻繁に入って来た英語も聞こえなくなり、ニコニコセルヴール君達は、夜の準備を始めている。

このレストランの数多くある特徴の一つに、昼と夜とでサルの雰囲気を変える、というのがある。昼間は白いシェードを降ろしてある壁が、夜にはシェードが巻き上げられ、壁が見えるようになり、壁の色の紫がサルの雰囲気を一変させる。確かに、昼と夜ではレストランに求めるものが違う。なかなか素敵な趣向ではないですか。

他にも、BENTO−BOXという、テイクアウト用のお弁当も用意してるし、BLTなんかのサンドウッチも食べられる。この一回のお昼で感じた国籍は、フランス、アメリカ、オーストラリア、中国にイタリア、とざっと6カ国。確かにここは、居ながらにして世界旅行が出来るレストランだ。よーし、次はイングランドと南アフリカと南米に行ってみよう。

次回の予約を試みるが、夜は4月20日まで既にコンプレ(満席)。20日過ぎはちょっと忙しくなるので、とりあえず13日のリスト・ダタント(ウェイティング・リスト)のトップに載せてもらう。来られるといいなあ。信じられないことに、予約ノートの13日以外の全ての夜のページには、既にかなりの数の名前がかかれた紙が張り付けられている。

meringueお土産用に包んでもらったムラングの巨大さにちょっとびっくり。「はい、こっちはおまけ!」ともう一つ、この巨大ムラングを渡してくれるニコニコセルヴール。嘘でしょー!?どーすんのー、こんなたくさん、、、。途方に暮れて、レストランを後にする。

客がソースや付け合わせを選べてしまうなんて、シェフのこだわりは一体どこへ!?と、オープン当初は不信感を持った「SPOON」であったが、絶賛を惜しまない各種記事を読むにつれて、不信感は興味に変わっていった。そして今日、その成功を自分の目と舌で確認。個人的には正直な話、料理のコンセプトには首をかしげる。でも、美味しい、という事実は確かだ。それに内装や雰囲気、レストラン全体のコンセプトは素晴らしい。

今世紀末最高のレストラトゥールであるアラン・デュカス自身「ちょっとやり過ぎかもしれないが、やってみる価値はある」と評した「SPOON」は、そんな親の不安を吹き飛ばし、2000年に向けてすくすくと成長を続けている。


jeu.25 mars 1999



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