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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・ディ ヴァン (Le Dix Vins)

寒さに体を強張らせながらパスツールの暗い小道を曲がり、久しぶりに「ル・ディ・ヴァン」のしなびたドアを開ける。

な、なに?この人込みは一体なに?まるで、うらびれた通りにひっそり建つ、いけてるボワット(ディスコ)に飛び込んだみたいだ。
人!人!人!
ぎゅうぎゅうに詰め込んで40人弱くらいのキャパのテーブルたちは、人で埋もれてほとんど見えない。バー・カウンターには、ウェイティングの客が、軽く10人以上。私たちが入って、完全にパンク状態。ロウソクの光だけが瞬く、暗めの小さなサルに、おびただしい数の人間がひしめいている。

こ、これは一体なにごと、、、?あまりの人の数に圧倒されて、しばらく、ボーゼンと立ちすくんでしまう。どうしたの?いつの間に、こんな人気店になってしまったの?

確かに、足繁く通った頃は、まだオープンから間もない時だった。それでも行く度にいつも満員で2回転するテーブルも多かったし、地元の人気ワイン・バーね、って感じだった。それがまあ、口コミだか媒体だか知らないけれど、とにかく、名前が知れ渡るようになったらしい。キャパを考えると、ちょっと恐くなっちゃうくらいたくさんの人たちが、ここで夕食をしようと、やって来ているんだ。

麻痺した頭をようやく落ち着かせ、とりあえず、バーにすがって、待ちの状態に入る。私たちが入ったとも、ぞくぞく訪れる客、客、客。これじゃあねえ。9時半に予約してあるとはいえ、待つしかないでしょう、一回転目のお客様達が帰るのを。

ウェイティング客が多すぎて、従業員の移動もままならない。「パルドン!パルドン!アタンシオン!」と、まるで呪文のように唱えながら、僅かな隙間をぬってあちこちとセルヴィスに周っている。

「あら、来てたの?いらっしゃい!」セルヴィスに駆けずり回っていた顔馴染みのマダムがにっこり。
「ボンソワ。ご無沙汰してました」
「ほんと、しばらくだったわね。元気だったの?」
「うん。そちらもお変わりなく?というより、すごい人ね。大変でしょ?」
「もうパニックよ!」と、クシャっと留めた金髪を振る。
「アペリティフでも飲みながら待ってれば。まだちょっと時間かかるわよ。飲んでる方が、待つのが楽よ」と、しごく正しいマダムの言葉に従い、この店での定番アペリティフにしているゲヴルツをすすりながら(だってさあ、優雅にシャンパーニュ、って感じじゃないのよねぇ、このレストラン)、本格的に待ちの体制を整える。

待つこと30分。ようやく、一回転目の客が引き上げ、鈴なりだったウェイティング客も、みな無事にテーブルをあてがわれ、私たちも、バーの前のテーブルに無事着席。どうにかこうにか、いつもの「ル・ディ・ヴァン」の落ち着いた雰囲気になってきたぞ。さっきは本当にびっくりした。すごい熱気と喧騒だったもの。

atomo電球を一つも使わずに、テーブルと棚に置かれた燭台の明るさだけが、小さなサルを暖かく照らしている。かなり低めの光量が心地いい。好きよ、暗いレストラン。「イヴァン」もかなり暗めだけれど、あちらは怪しい暗さ。こちらは質素な暗さ。どっちがいい?どっちもいいわね。

いつもはカウンターにいる、ちょっと無愛想な(といっても、マダムとオヤジに比べて、っていうだけだけれど)お兄さんが、丁寧にテーブルを拭いて、新たにセッティングをしてくれる。にっこり笑顔とハスキーな声が魅力的なマダムが、黒板に書かれたカルトを横に持って来てくれる。

もうね、待っている間に、運ばれたものを見てなにを食べるか大体決めちゃってるんだ。改めてカルトを見ると、あら、今まで、アントレ・プラともに3種類しかなかったのに、4種類になってるわ。頑張ってるなあ。ちょっとだけ悩むふりして、結局、あらかじめ決めていた、小魚のフリットと鴨のコンフィを注文。あー、お腹空いちゃった。いただきまーす。

fritureセトーという、初めて耳にする魚のフライ。手で食べてね、とばかりに、ウェットティシュが添えてある。ははは、確かに、このレストランにランスドゥワ(フィンガーボール)は似合わないよね。でも、ウェットティシュが出てくるレストランって、初めてだわ、私。せっかくだから、手で戴きましょう。

セトーは薄くて骨がいっぱいある魚だ。食材辞典を引いたところ、ロワールやアルカッション辺りの大西洋岸でたくさん採れる小魚らしい。その形から、猫の舌、とかアヴォカドの舌なんて呼ばれてるんですって。さっぱりした味の身に、これは明らかに自家製だろう、素晴らしく美味なタルタルの濃さがよくあってる。何てことない簡単料理だけれど、こういうの、好きですね、私。

合わせたお酒は、ジュランソン・セック。ここまであっさりした魚だったら、オーソドックスにミュスカデあたりを持ってきてもよかったかもね。

canard続いて鴨のコンフィ。まあ、どこで食べても同じような、それなりに美味しいコンフィに、ニンニク風味のジャガイモのソテーと生野菜が添えてある。うーん、ちょっと変なんだよなあ。別にまずい訳じゃない。このコンフィも美味しいのだけれど、なんだか、私の持っているこのレストランのイメージと違うんだ。いつも何にでもついてくる、ジャガイモのピュレがなかったからか。ううん、でも、なんだかそれだけじゃなくって、料理の見た感じの雰囲気がちょっと違っている気がする。

アントレにあった、「ムールのブリック包み」や「骨髄のブリオッシュ」などの、ちょっと可愛い変わった料理も、なんだかこのレストランのイメージに合わないのだけれど。この鴨にしたって、やっぱりなんかしっくり来ない。このお皿だけ見ていると、どこのレストランだか分からない感じ。もっと、このレストランらしい、料理を出してくれればいいのに。他のプラを見ていないからよく分からないけれど、この料理は、らしくない。

まあでもやっぱり、ピュレがないのが原因かなあ。シェフが変わった訳じゃないと思うのだけれど、ちょっとセンスが変わった気がする。今度行く時に、聞いてみよっと。

鴨のためのお酒は、ボルドーとムラン・ナ・ヴァン。ボルドーから始めたけれど、面白くない堅物優等生みたいなお酒だったので、次は思い切り下町育ちのボジョレー地区から選んでみる。まあどちらも、タイプこそ違えども、お気楽ワインであることには変わりないですね。

もうね、お酒のカルトは、テーブルに置きっぱなし。ここのカルトは本当に可愛い。こういうのを作っちゃう、マダムのセンスはホントに素敵だ。

デセールを選ぶ頃には、大方の客も引けはじめ、薄暗い灯りに相応しい静けさが漂いはじめる。と、「キャン!キャンキャン!」周りを見ると、ちっちゃなちっちゃな犬があっちへトコトコ、こっちへトコトコ、店内を走り回ってる。よくもまあ、あれだけの人込みの中で、誰かに踏まれなかったものだわね。誰かお客様の犬かしら?

「私のよ、あの子」とマダム。
「あ、そうだったの?」
「知らなかった?初めて見る?いつも、遅い時間になると出してやるのよ」
「そうなの?いつもわりと早めに帰ってたから、会ったことなかったのね」シピーという名の女の子。2歳。ホントにまあ、ちっちゃいったら。抱っこしても、重さをまるで感じない。つい、いつもの調子で、ピュスを抱っこする時みたいに気合い入れて持ち上げたら、また頭の上まで持ち上げっちゃった。リリちゃんくらいの重さかなあ。

painシピーを膝に抱きながら、デセールの時間。カラメル風味の素朴なパン・ペルデュ(フレンチ・トーストみたいなもの)。柔らかくフワフワでしっとりしていて、美味しいですね。これはまさに、このレストランのデセールだ。上に散らされた、ラヴァンド(ラヴェンダー)の花がいい香りを添えて、とても素敵。これにラヴァンドのミエル(ハチミツ)のグラスがついていれば、全く言うことないのですが、、、。なんてことを、恥ずかしいくらいにあっけらかんとした甘さに包まれたコトー・ドゥ・ソミュールを飲みながら、考える。

シピーと遊びながら、ようやく暇になったマダムとおしゃべり。今夜は姿の見えないオヤジの消息を聞くと、病気だそうで、、、。
「でも、もう大丈夫よ。レミは土曜日から復帰するわ」とマダム。「彼、あなたの旦那様じゃないの?」
「え?違うわよ!!!私の旦那はね、あれよ!レミとは何の関係もないわ」と、指差す先には、バー・カウンターの寡黙なお兄さん。
「えーーーーーーーーーーっ!?」思わず絶句。そ、そうだったんだあ。私はまたてっきり、オヤジとそのマダムだと思っていたわ。あのお兄さんこそ、関係ないのかと思ってた、、、。

「まあでも、よかったわ、オヤジ、戻ってくるなら。やっぱり、ここには彼が必要よね。いないと寂しいわ」
「あら、喜ぶわよ彼、それ聞いたらきっと」
「ダメダメ!そんなこと言っちゃダメ。私はね、自分よりも若くて可愛い子がタイプなんだもん」
「あはは、じゃあ、レミは全然ダメね。幾つなの、あなた?」
「29」
「あら、一緒じゃない!」
「えー、そうなの?」言われてみれば、そうかも。オヤジの奥様だと思っていたから、もう少し上かな、って思っていたわ。

すっかりお客様も帰り、残ったのは私たちだけになってしまった。一緒に来たお友達のそのお友達は、すっかり眠りこけているし、じゃあ、帰りましょうか。遅く入ったとはいえ、もう、1時を回ったものね。

シピーにチューしてもらって(すごいね、犬って。ピュスやリリちゃんたち猫は、絶対してくれないもんね、チューなんて。あ、リリちゃんの場合、もし彼女が犬であっても、私にはしてくれないか、、、、)、サンパなマダム達とオーヴォアして外に出る。あーん、寒いよー、寒いよー。寒さが身にしみるよー。タクシー、すぐにつかまりますように。

久しぶりの「ル・ディ・ヴァン」は、やっぱり楽しいレストランだ。今夜のお料理は、なんだか「ん?」って感じだったけれど、まあ、それはそれで美味しいし、雰囲気も素敵、内装もセンスいいし、セルヴィスもテキパキしていて感じいいし。なによりお値段が可愛らしいくていいよね。アントレ・プラ・デセールが100フランでこの味。はっきり言ってお値打ちです。

ちょっとご無沙汰していた間に、超人気レストランになってしまった「ル・ディ・ヴァン」。オヤジの元気な姿と、料理の味を確かめに、また近いうちに来なくちゃね。


jeu.27 jan.2000



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