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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ラフリオレ (L'Affriole)

月曜日からずっと、メテオ(天気予報)を祈るようにしてみてきた。お願い、お天気になって。お願いだから。暖かい太陽が出て、、、。

ふん、だ。どうせね、必死の祈りなんか、だれも聞きいれてくれない。木曜日の夜に見たメテオの、明日の予報は、最高気温24度くらいで、くもりがち。いかにも夕立が降りそう。そんな、私の祈りなんてどこ吹く風、みたいな予報。

がっかりして電話する。
「止めよう、明日、天気だめみたい」
「やっぱり?テラスじゃなくちゃヤだもんね。どうする、じゃあ?」
「ちょっと気にあるところがあるんだけど、どうかな?取れるか分からないけど」
「いいよ、トライしてみてくれる?」
「OK。アニュレ(キャンセル)も入れておくね」
「よろしく」切った電話で、そのまま「ル・ブリストル」へ電話。

ちぇ、やっぱりお天気、だめだったか、、、。この夏、どうしてもあのテラスにもう一度、と、月曜日に予約を入れておいたのだけれど、この空の様子じゃ、きっと明日は室内だわね。テラスを望む、と入っても、室内とテラスとでは、雰囲気が全然違う。室内なんだったら、別に行かなくてもいい。また、お天気のいい日に取り直そう。と、電話をかけるけれど、何度かけても話し中でつながらない。いいや、明日の朝、電話しよう。

翌朝10時過ぎ。ああ、アニュレの電話を入れなくちゃ、、。と思うところに電話が鳴る。
「アロ?」
「マダム・グルマン?こちら、レストラン・ル・ブリストルです。今夜の予約の確認なんですが」
「ああ、ちょうどよかった。電話しようと思っていたところなんです。申し訳ないけれど、今夜、アニュレしてもらえます?」
「ダコー、了解しました」
「ごめんなさいね、迷惑かけて。また近いうちに」
「ぜひ。お待ちしております。それではまた」
「オヴォア」

アハハハハ。このレストラン、今まで一度もコンフィルマシオン(予約確認)をししてきたことも、要求してきたこともなかったのに、やっぱり今夜は不安だったんだろうな。予約のときに、「テラスね」ってリクエストしておいたし、こんな天気だからテラス使えないし、確認取ったほうがいいかもしれないなあ、って思ったんだろうな。

テラスが使えないんじゃ、やっぱりアニュレするしかないもの、残念だけど。8月末に、またお天気がよくなる日をねらって、もう一度あのテラスを楽しむ日を楽しみにしよう。来て行く予定だった黒いドレスとカバンをしまい、同じ黒でもぐっとカジュアルな服に、この間一目惚れして買っちゃった、薄いピンクのサンダル履いて、今夜は7区にお出かけする。

ラ・トゥール・モブールの駅に降りるの、すごく久しぶりだ。前に住んでいたときには、通勤路でもあったし、ペトリシアンに行くのに時々使ったけれど、今はもう、ペトロシアンで買い物するような身分じゃないもんね。7区らしい、上品で高級なこの界隈からエコール・ミニテールの辺りまでは、私が大好きな地区。何かの拍子でお金持ちになったら、住んでみたいカルティエだ。

ちょっと早く着いちゃった。好きな場所に久しぶりに来る、っていうので、ウキウキしたのかな。ラ・トゥール・モブールのメトロを出たところの小さな公園のベンチで友達を待ちながら、エスプラナード・デ・ザンヴァリッドの角に見える、コストの新作レストランを眺める。エッフェル塔のイルミネーションも消えた後、深夜にタクシーでここを通ると、しんと真っ暗な7区に、そこだけいつまでも明かりが灯っていて、なんとも華やかないい雰囲気にあふれかえっている。いつか来てみたいな、と思いつつ、機会がない。ふん、今夜、ご飯の後、ここに来てもいいかもね。

サン・ドミニクの商店街を懐かしく歩く。リュ・クレールから続く、この界隈、よく買い物に来た。家からはちょっと遠くてメトロに乗らなくちゃいけないけれど、大好きなパン屋とイタリア惣菜店があるので、お散歩がてら、よく来たっけね。

リュ・マラーにある、いつ行っても人がいない、『ご用のときは電話をしてください』と張り紙のあるワイン屋さんに、今日もまた人がいないのを確認して、その少し先にあるレストランに辿り着く。

salle「ラフリオレ」という名のレストランは、かなり前から、評判のいいビストロ、として耳に入っていた。一年前からシェフが変わり、ますますよくなった、というので、じゃあ一度、と、電話。ヴァカンス時期とはいえ、昨日の今日の予約で、席が簡単に取れてしまったことに、ちょっと不安を感じながら目の前にしたレストランは、ドアを開け放してオープンになった入り口近くから、明るく華やかな賑わいが外までもれてきて、なかなかいい雰囲気だ。

一番奥の席に案内される。ちょっと空気がこもってる。暑くなるかもしれないな。
「あっちの、カウンターの横の席はだめ?」
「ごめんなさい。もう、予約入っているのよ」残念。ま、いいか。横の席の、愛想のよさそうなご夫婦にボンソワーして、席に就く。

華やかなタイルをはめ込んだテーブルに、カリフラワーとタプナードが運ばれてきて、駆け付け一杯のシャンパーニュをもらって、チン!ゴクゴクと、細かな泡の沸き立つ、大好きな液体を体内に入れてから、カルトを開く。

180フランで、アントレ・プラ・フロマージュ・デセール。フロマージュ以外は、5〜6種類からのショワ(選択)。ビニールがかかった、いかにもビストロらしい安っぽいカルトには、なかなか興味深そうなお料理たちがひしめいている。あら、いいじゃない、なかなか。

横の老夫婦の事細かな説明とお勧めと、その更に向こうのテーブルに運ばれた料理の感じと、名前から想像する料理の形と味と、今夜の自分の気分とを、すべて混ぜて分析して、楽しい楽しいお料理決定の時間。

よし、これに決めた。スタートは、「エスカルゴとシピロン(バスク地方の小イカ)のリゾット、パルメザン」。次は「ソモンのブレゼ(蒸し煮)」にしよう。横の叔父様は、選んだ料理を聞いて、ほくほく顔。よろしい、いいショワだ。と、しきりに頷く。

「デセールは?」セルヴィスのお姉さんが続ける。
「え、今決めるの?」
「もし出来たら」慌てて、今一度カルトとにらめっこして、横の横のテーブルに運ばれた、焼いた桃に心奪われながらも、大好きなシブーストを注文してみる。お酒は、夏しか飲まないロゼ。コルス(コルシカ)のパトリモニオ99年。この界隈にあるレストランの特権だ、「プージョラン」のパンが運ばれ、楽しいご飯の時間が始まる。

rizottoリゾットは、ごく典型的な、フランス的リゾット。つまり柔らかい。私は柔らかいものが好きなので、こういうリゾットも結構お気に入り。ただ、スライスしたのが上に乗っていると思っていたパルメザンが、ミラノ風に米に溶かして混ぜこんであったのがちょっと。

もともと、熱くなったフロマージュはあまり好きじゃない。リゾットも、フォン(ダシ)で煮込んだものの方が好きだ。まあでも、幸か不幸か、香りの強烈な高級パルメザンを使っていないらしく、私にも十分に食べられる味。所々に入っているエスカルゴとシピロンがシコシココリコリ美味しいね。揚げたパセリが香りを添える。

久しぶりのプージョランのパンを愛で、グラスにお酒を注ごうとすると、あれ、お酒、もう半分しかないの?
「注いでくれた?」
「ううん、ピュスちゃんは?」
「やってないと思う。でも、もうこれしかないよ。絶対一回は足したはずよね?」
「お姉さんが、やってくれた?記憶ないけど」
「私もない。でも、そうなのかなあ。もう酔っ払ってる、私たち?」

美味しいんだ、初めて飲んだ、パトリモニオのロゼが。出来立てのお酒は、ほんの気持ちだけ発砲しているような感じ。キリリとした男っぽさと、イタリアを感じさせる甘い酸味。いいよねえ、こういうお酒。夏のために生まれてきたような、コルシカ産の素敵なロゼだ。

saumonソモンのブレゼ、これは美味しい。オベルジン(ナス)とポワヴロン・ルージュ(赤ピーマン)のピュレを薄切りのソモンで包んでブレゼにしたもの。とろりと甘い、夏の味が凝縮されたポワブロンとオベルジンを、脂がのった柔らかなソモンがくるんでいる。この料理、本当はトン(マグロ)で出すはずが、今夜は仕入れの関係でソモンになった。この時期ならトンで作ってもすごく美味しいだろうなあ。食べてみたいわ。横に添えたソースが、クリーム系でなくオリーヴオイル系だったもっともっと好みなんだけど。

この料理にも、そして前菜にも添えられてきた、アンドゥイユ(ソーセージの一種)は、匂いがちょっと苦手。友達に引き取ってもらって、料理を楽しむ。アンドゥイユとアンドゥイエットを混乱していた私に、お隣のご夫婦は講釈をしてくれ、ついでに、あーだこーだと、いろいろな食材の話をしてくれる。ふんふん、なるほどね。へえ、そうなのか。

名講釈をときおり邪魔するのは、通路を挟んで向こう側の大きなテーブルに着いている子供2人。パパが洗面所に立つと一緒に行って、その辺をうろついてみたり、2人でわいわい騒ぎ出したり。8歳と6歳くらいかしら。静かに出来ない子供を連れてくるなんて、どうかしてる。しかも、うるさくする子供を叱りもしない。唯一耳にしたたしなめらしい言葉は、ママがニコニコしながら言った「君たち、ちょっとうるさいよ」。ちょっと?ちょっと、じゃないでしょ?親と親の両親、親の友達夫妻と子供2人。そんな感じの構成の8人グループ。それだけ子供のしつけに責任ある人たちがそろって、このありさまはないんじゃない?

フランス人は、絶対にこんなことしない。大体、子供をレストランに連れてくるなんてこと、ヴァカンス地以外ではまずないし、連れてくるとしても、犬同様にレストランでおとなしくしていられる子供だけだ。こういうことするのは、大体外国人なんだよね。今夜は日本人だし、この間「レ・ブキニスト」で、ぶっ飛びそうなお行儀の悪い女の子はオーストラリア人だった。とても愛らしくて可愛い子なのに、レストランマナーだけなってない。そして親もそれがマナー違反だと全然分かってない。
「レ・ザンファン(子供たち)、、、」何度目かの奇声に肩をすくめる横の叔父様。
「まったく、、、」こちらも肩をすくめ返す。

シェーヴル(ヤギ)のフロマージュを、残ったワインで終えて、デセールが運ばれてくる頃に、横の横のテーブルに2回転目の客がつく。英語とドイツ語とフランス語を交ぜて話すカップルに、横の叔父様はまた、いろいろと質問にあって、親切にそれに答えている。ついついこちらにも話が及び、ボンソワーのご挨拶。
「僕、母が日本人なんだよ。大阪の人なんだ」と、片言の日本語で話すその人は、どう考えてもドイツ人にしか見えない。ここまでハーフの特徴が出ないハーフも珍しいくらい。

一足先に席を立つご夫婦を見送り、やっぱり焼き桃にすればよかったかなあ、と、半分後悔しながら、まあまあのシブーストとマングーのソルベをお腹に入れて、ふー、お腹いっぱい。「カフェは?」と笑顔を見せるお姉さんにかぶりを振って、ラディションしてもらい外に出る。

すっかり夜色になった道を、来たときと逆に辿り、「カフェ・ドゥ・レスプラナード」に到着。
「ボンソワ、2人なんだけど、飲むだけでもいいですか?」
「あ、今の時間は、レストランだけなんだよ。まだ11時前でしょ?」ちぇー、けち。いいじゃんねえ、半分くらい、席空いてるのに。ヴァカンスだし、絶対今夜は、もう全部は埋まらないと思うけどなあ。

気持ちよく酔った勢いでぶーたれながら、大通りに面したカフェのテラスに座る。風が冷たい、カフェなんかじゃあったまらないよ、と言い訳しながら、クエッチュ(プラムの一種)のブランデーを手に、夏の夜とは思えない、冷たい、でも気持ちのいい風を楽しむ。南仏のレストランの話をしながら。

数台のパトカーが通っていく。と思うまもなく、ゴーッゴーッと鈍い音。ん?音の先に目をやると、闇の中から、ローラーブレーダー達が飛び出してくる。ああ、金曜日だっけ、今夜は。ブレーダーの夜のお散歩の日だ。金曜日の夜中、それに日曜日の午後もだったかな、ローラーブレーダー達が集合して、パリの道を走る。テニスの帰りに一度、プラス・ディタリーの辺りで巻き込まれて、すごく怖い思いをしたっけ。こんなところも走ってるんだあ、と、果てることなく目の前を飛び去ってゆくブレーダー達を眺める。しかしまあ、何人くらい集まってるんだろう?何千人っていう単位よね。もう、10分くらい続いているぞ、ブレーダーの洪水が。

ようやく後続のパトカーが過ぎた後、ほっとするまもなく、今度はシクリストたちが自転車に乗って疾駆する。知らなかった、ローラーブレードだけじゃなくって、自転車でもやってたんだ。

ブレーダー達を見送り、「カフェ・ドゥ・レスプラナード」に戻る。12時過ぎ。もういいでしょう。今度はどうにかテーブルに付かせてもらえる。んー、確かに8割方埋まってるなあ。さすがだ。熱くて強いアイリッシュ・カフェにストローを突っ込みながら、コストの最新作レストランを楽しむ。

なんてったって、場所がいい。オープンにしたテラスの、通りの向こう側には、広々としたアンヴァリッドの芝生が広がる。夜になるとあまり車も通らないこの辺り、静かでとてもいい。内装は誰がやったんだろう?ガルシアといえばガルシアかもしれないけれど、にしてはちょっと、あくが薄い。アンヴァリッドという場所には、このくらいさっぱりしたゴージャスさが合っている。一度、ご飯も食べに来たいな。

後ろの受付に、白い髪を肩まで伸ばしたおじいさんが行く。それを目で追う友達。
「誰?」
「昨日、テレビに出てた」
「誰なの?」
「知らない。アンヴォワイエ・スペシャルのあとの番組に出てたよ」
「言ってみなよ、夕べ見ました、って」
「いいよ、そんなの」と言っている間に、席に戻ってしまった、おじいさん。ずーっと彼を目で追った私たちに、受付にいたお姉さんが、
「誰?誰?」
「知らない。テレビに昨日出てた」お姉さん、横を通ったセルヴール君に聞いてみる。
「誰か知ってる?」
「ああ、どっかの大臣じゃないの?」
「どこの大臣?」
「知らない。しょっちゅう変わるから分かんないよ」大臣かぁ、あれ?そんな感じじゃないぞ。どっちかって言うと、芸能界人間。

もう一度近くを通ったおじいさんに視線を投げて止めてみる。
「夕べ、テレビであなたのこと見ましたよ」
「ああ、あれね。昔の番組の再放送なんだよ」とか何とか言いながら、笑顔で去っていくおじいさん。
「で、誰?」受付のお姉さん。
「だから知らないってば」私たち。

たっぷりのお酒を楽しんで、たっぷりレストランの話して、楽しい時間が過ぎていく。帰る、そろそろ?名残惜しいけど。

あったかくなった体に、冷たい風が気持ちいい。アンヴァリッドを超えて、しばらく歩いてみる。振りかえると、そこには、パリの一番好きな風景が広がっている。そうだ、この辺りが気に入ってるのは、エッフェル塔がきれいに見える場所が多いからだった。

2000年を迎えたときと同じように、キラキラと白く輝くエッフェル塔をしばらく愛でて、デュロック方面へと夜道をふらふら歩く。んー、気持ちいいなあ。上を見ればエッフェル塔はきれいだし、下を向けばサンダルは可愛いし。なんだかすっかり嬉しさに包まれて、金曜日の夜は更けてゆくのでした。


ven.4 aout 2000



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