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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ローベルジュ・ドゥ・シュヴァル・ブラン( L'Auberge de Cheval Blanc )

エルヴェは「イヴァン」のシェフだった。95〜96年にかけてパリに住んだ時に、私に“レストラン”という所の幸せさをとことん教えてくれた「イヴァン」。ロン・ポワンにある、ある意味で有名な(笑)レストランの料理と雰囲気を、Oさんと私は溺愛し、夜な夜な取り付かれたように通ってた。エルヴェの作るものを、最高においしい料理、とは言わない。ものすごいテクニックを使った才気ばしった料理、とはちょっと違って、チャーミングでかわいらしく、妙に私たちのつぼにはまった料理だった。相性がいい、としか言いようがなかった。

中庭に面したテラス当時のシェフだったエルヴェが「イヴァン」を辞め、ほどなくプロヴァンス地方はシュヴァル・ブランに自分のレストランを開いたのは3年前。オープン間もない時期に初めて訪れ、久しぶりに口にするエルヴェの優しさとおちゃめが詰まった料理にうっとりし、その後もこの地に足を伸ばすときには必ず彼のレストランでの食事を組み込んだ。パリで彼の味を食べられなくなったのは痛かったけれど、テラス席地方は地方でも、アヴィイオンから車で30分、風光明媚なリュベロンに店を構えてくれたのは不幸中の幸い。もともと大好きな土地。訪れる機会も少なくないものね。

この5月に、久しぶりにエルヴェとその家族を訪ね、「サーディンのエスカヴェッシュのミルフォイユ仕立て」と鴨のラヴェンダーハチミツ風味「鴨のロティ、ラヴェンダーハチミツ風味」を楽しむ。インパクト控えめにマリネにしたサーディンの甘味とパリパリの極薄トーストのハーモニーは、昔「イヴァン」で馬鹿みたいに食べ続けた「サーディンのパリパリ仕立て」に通じるものがある。鴨の方は、肉自体の質はごく普通だけれど、優しい甘さに作り上げたソースと、ジャガイモとヒヨコマメで作ったピュレのおいしさに、エルヴェらしさをしみじみ感じる。初夏の到来を感じさせる日の長い季節。ゆるゆると暮れてゆく空を眺めながら、気持ちのよいテラスで、幸せな宵を過ごす。

今年は運がいいよね。3ヵ月後の今、またエルヴェのご飯を食べに来られて♪TGVメディテラネが開通し、パリから南仏への距離はグンと短くなった。8月前半を襲った酷暑が幻だったかのように思える、寒々しいパリを離れて2時間40分後。TGVから降り立った私たちの頭上には、抜けるように青い空とジリジリと肌を刺す太陽。光を受けてきらめく木立を走りぬけながらパリとは違う空気の匂いを喜び勇んでかいでいるうちに、もうそこは、エルヴェの店「オーベルジュ・シュヴァル・ブラン」。

夜に来ようと思っていたのだけれど、昼も食べて行っちゃおうかな。そうそう来られる訳じゃないしね。真っ黒に日焼けしたかわいい子供たちと遊び、メロン&モモ&白ワインで作ったチャーミングなアペリティフを楽しんでから、さっくり昼ごはん。南仏野菜のミルフォイユしたて。好み♪「フレッシュ・サーモンと夏野菜のグリルマリネのミルフォイユ」と「鶏とエクルヴィス(ザリガニ)のニンニククリーム」を試してみる。

ナス、赤ピーマン、トマトの味の鮮やかさとたくましさが素晴らしいミルフォイユ。正直なところ、サーモンが完全に負ける。なくてもいいね、サーモン。カヴィア・ドーベルジヌ(ナスのトロトロピュレ)を加えたところがポイント高い。各野菜の歯ごたえと極薄トーストのパリパリさに、ねっとりと混ざり合ってなんとも心地よい食感になってる。肩の力が抜けた、素材に無理をさせない料理、とでも言うのかなあ。ラクチンなんだ、食べるのが。

鶏も、ア〜コリャコリャ♪ばりのおいしさ。農家製の風味豊かでパンチのある鶏を、モモはロティに、胸はロール仕立てにしてグリルした。ピッタリ火入れされた肉は、ジューシーで滋味深くて繊細な味。胸肉に付け合せたカレー風味のラタトゥイユがこれまたイケル。エクルヴィッスのポワレと、エルヴェにしては珍しくクリーム&バターを使ったニンニクソースは、なくてもいいかなと思うけれど。いや〜、やっぱりエルヴェの料理はよいねっ!と、リヨン近郊で作られたチャーミングな白ワインをちょっとだけ飲みながら、ゴキゲンなお昼時間を過ごし、それじゃまた夜にね〜、ととりあえずのお別れ。店から程近いところにあるシャンブル・ドット(民宿)で午後を過ごす。

ヤッシン(エルヴェの子供)の友達の家であるシャンブル・ドットが素晴らしい。車の通らない小道を登りきったところにある、現実世界から隔離されたパラダイス。“天使の館”という名前の通り、いたるところに天使のモチーフを使ったものが飾ってある。絵と彫刻を手がける旦那様ととびきりセンスのいい室内装飾を手がける奥様の経営、とあっては、悪い訳ない。リュベロン国立公園を望む裏庭や様々な木々が茂る広い庭と大きなプールを併設した敷地に建つプロヴァンススタイルの館には、様々な絵が飾られ、部屋の内装はチャーミング、の一言に尽きる。聞こえる音といえば、風にそよいで枝を揺らす木々、プールの水音、足元によってくるネコの鳴き声だけ。怖ろしく居心地のよい素敵なシャンブル・ドットで、ネコをなでたり泳ぎながら、のんびりと夕食までの時間を過ごす。

さて、お夕食。昼同様、子供たちとまず遊んでから、席に着く。ロウソクの光がなごみの空間を演出していていい感じ。昼は太陽の鮮やかさを、夜は変わってゆく空の色と、冴え渡った月の美しさを楽しめるテラス、ほんとに居心地いいよね。

ジロールとフォアグラのポワレ。脱帽!昼同様、トマトのクリームをアミューズにいただき、今夜のスタートは、「ジロール茸(ラッパ茸)とフォアグラのポワレ」。泣かせる味なんだね、これが、、、。シンプルにポワレしたフレッシュなジロールにフォアグラの甘味とねっとりした脂がしみて、なんともいい味。スパイスで煮詰めた赤ワインソースは、すっぱすぎず甘すぎず、いい具合にジロールとフォアグラを引き立てる。アクセントにイタリアンパセリをタップリ。あえてニンニクを使わずにいるところが、また優しげでいい。目の覚めるようなおいしさに、しばしスピちゃんとうっとりする。

さっくり焼き上げたタイ続いて、「ドラッド(鯛)のポワレ、ゴマ風味、クルジェットとニンジン添え」。昼間、横のテーブルのマダムが食べているのを見て、これにしよう、って決めてた料理。ゴマを貼り付けた焼いた皮はカリッと香ばしく、つややかな身はあくまで柔らかくてしっとりと。絶妙だね、焼き方。「イヴァン」でも、ドラッド、よく食べたっけ。懐かしい。長く千切りにされたクルジェットの皮とニンジンは、軽くマリネしてあってなます風。野菜の甘味を軽く感じられる品のよい味付けが、繊細なドラッドによくあっている。塩と胡椒を最後に振って、極あっさりとまとめた味は、過不足なしで非常によろしい。まったくもって、エルヴェ的なお味です。

クロワッサンの形をした月が、濃い紺色包まれて真っ白に光ってる。昼間そよいでいた風は弱まり、庭の噴水の水音が耳に響く。パリでは絶対に味わえない、田舎の空気と雰囲気、そしてエルヴェの料理に包まれて、なんだかとっても幸せな夜。

エルヴェ・ペラスは、95年10月に巡り合った“私の”料理人だ。超一流シェフとは言えないけれど、私の好みにピッタリとあった料理を作ってくれる、かけがえのない料理人。一生、彼の料理を食べて行きたいと、心から思う。


dim.31 aout 2003



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