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グルマン・ピュスのレストラン紀行


バイヤ・ベニアミン(Baia Beniamin)

しみじみ思う時がある。どうして、この海にこんなにも心奪われているんだろう?飛行機の窓ごしに広がるコート・ダジュールの、のんきで静かなアジュール色を目にするたび、ああ、またここまで来られた、というユーフォーリアに包まれる。夏の照りつける太陽も、秋ののどかで柔らかなぬくもりも、早春の燃え上がるような大気も、冬の冷たい風すらも、みんな私をここちよく包んでくれる。

4ヶ月ぶりの最愛の土地への回帰は、6月の旅路を逆に走ることからはじまる。空港で借りた車はBMWのカブリオレ。初めてだね、カブリオレを運転するのって。初夏の陽気を思わせる、トロンとぬくまった空気に答えるように、コートをトランクに突っ込み幌を跳ね上げ、ハンドルを握る。なんでこんな車に女5人、、、というミスマッチには目をつむり、ニースにちょっと寄り道したあとは、車は一路マントンへと、右手に海を感じながらひた走る。モナコでいつも苦労する、マントンへ抜けるめちゃくちゃ複雑な道を、はじめて一度も取り違えることなく、イタリアの香り漂う街にぶじに到着。旅の初日の夕食は、イタリアまで入りこんで、「バイヤ・ベニアミン」。

国境の街、ヴァンテミリアには、2つの1つ星レストランがある。6月の旅で足跡を残してきたこの2件、かたや、のりのりのイタリア雰囲気で、海に足が浸かってしまいそうなテラスで蚊取り線香を炊きながら、フランスまでわずか1キロというのにフランス語のつたないスタッフらに囲まれての、まーいいじゃないか!的、なんちゃてご飯を楽しんだ。ほんっとにシンプルな、一見いい加減にすらみえる、でも本当においしいパスタを食べたっけ。「一見、じゃなくって、ほんとうにいい加減なんです」と、海辺に集うのろまなホタルを手にのっけてくれながら、ここでキュイジニエをしていたタカシ君が言ってたっけ。

もう1件は、古い家具に囲まれた、ガラス窓越しに海を臨む、エレガントな空間。前者に負けるとも劣らない、でも味も雰囲気もみごとに違う、洗練されたサーヴィスのもとでの楽しい食事だった。同じ街の同じランクのレストランで、ここまで雰囲気が違うものかねえ、と、笑ったっけね。

料理のレヴェルも居心地のよさも同じくらいの2つのレストランから、今回どちらを選んだかというと、それはもう、なんちゃってでいい加減なセンス抜群の、「バイヤ・ベニアミン」に決まってる(笑)。

salle6月には、道を間違えてしまい3時間もロスしたあげくに辿りついたレストランは、国道を海に向かって入りこんでいく袋小路をおりきったところに車を止めてから、さらに数十メートルの小道を歩いたところにある。21時を過ぎてようやく辿り着いたあの夜は、まだ初夏の暮れない日がさんさんと輝き、アペリティフを終える頃にようやく落ちはじめた夕日にみとれながらのテラスでの夕食だったっけ。20時半に予約を入れた今夜は、白い月に見守られながら、上品な内装にまとめられた室内での夕食になる。

「ブオナセーラァ!やあ、元気!?」濃い笑顔が目の前に立つ。
「えっと、、、ロベール!?」
「ノン!ロッベルトォだよ!ロベールはフランス語!」
「失礼。ロッベルトォ!お元気そうで、、」なにかとなんちゃってなこのレストランの雰囲気の中心になっているメートル・ドテルのロッベルトォと、こんなに早く再会するとは、6月には思ってなかったねえ。ロッベルトォの今夜の身だしなみ同様、夏に比べてぐっとシックな装いでまとめられたレストランの内装は、このレストラン本来の風格をかもし出している。まるで、あの夏の夜が夢だったように思えてくるよ。でも、シックに装っているのは外観だけで、しょせんロッベルトォはロッベルトォだった。

席につくと同時に、ドクドクドクとアスティ・スプマンテがフルートに注がれる。どうも、ごちそうしてくれるらしい。イタリア語なのでよく分からないが。あーあーあーあー、そんなドクドクやったら、こぼれちゃう、、。ほら、こぼれた。そんなささいなことを気にするロッベルトォではない。一通りドクドクして、奥に立ち去って行く。ずいぶん量にムラがあるなあ、と、それぞれアスティを手にもって乾杯しているところに、新しいボトルを手に持って、ロッベルトォの再登場。おもむろに、両が少な目だったフルートに近づき、酒を注ぐ。ドクドクと。だったら、「待ってて」くらい、言ってくれればよかったのに(笑)。

「グラシアス、ロッベルトォ」にっこり微笑んでみる。笑顔に対して返ってきたのは、眉をしかめたロッベルトォの
「ノー!ノ!ノ!ノーッ!」しまった、またやってしまった。グラツィエ、だった、イタリア語は。前も、ついついスペイン語が口について出てしまい、ロッベルトォの神経を逆なでした私、今夜もまた、やってしまった。全く、成長しない女だよ、、、。

「モルト・グラツィエ!」何度も言い直しをさせられたあげく、ようやくロッベルトォの嬉しそうな笑顔を見ることに成功し、前に、「う〜む」と感動したフォカッチャをかじりながらアミューズの到着を待つ。

pomme「ルジェのポワレに、オリーヴとオリーヴオイルを入れたジャガイモのピュレ」。好み、という以外になにも言えない。ごくごく新鮮なルジェの切り身は、身はホロリと汁気たっぷり、皮はサクリといい歯ごたえ。薄く塩だけふられてオリーヴオイルで焼かれた魚は、ふんわり地中海の香りに包まれている。添えられたピュレから立ちのぼる、火入れしていないオリーヴオイルの香りが、ここが地中海であることを雄弁に語り、刻まれたオリーヴの塩味と、ピュレよりは一段硬い、でもあくまで柔らかな歯ざわりが、素材の力を見せつける。皿のまわりに添えた、色つきの精製塩の俗っぽさすら、このお皿の中ではチャーミングという言葉に置きかえられる。みごとです。言うことなし。前も感じたことだけれど、このレストランと私、かなり相性がいいよね。相性のいいレストランとの巡りあいは、とても幸せだ。

イタリアワインを全く知らない私。リングイア地方のお酒ね、とロッベルトォに持って来てもらったお酒は、シャルドネらしい生真面目さの中に地中海っぽいうわつきがあって、なかなか美味。ちょっと強いお酒だけど、まあ、1本目としては完璧です。

chipiron「これ掃除するの、めっちゃ大変なんですよ」と、タカシくんがぐったりしながら説明してくれた、うっとりするおいしさの「シピロン(小イカ)のソテー、クルジェットソース」を今夜は人に譲り、pulpu「タコのテリーヌ」を注文してみる。いかにもイタリア料理人、という雰囲気を持ったタカシくんが、ひとつきほど前にここを辞めていて残念。会えるかな、って楽しみにしていたのに。当然のことながら、ロッベルトォは「新しい行き先?しらなーい」だもんね、、、。タカシくーん、どこにいるのー?

他のどんな所でも見たことのないようなミニミニ小イカのソテーは、夏同様、ひどくシンプルでひどくおいしく、あの熱く不思議な夜への記憶を呼び起こしてくれるけど、今夜のタコだって、すっごーくおいしい!ぶつ切りにしたタコをテリーヌに仕立てて、5ミリにも満たないような薄さにスライスした作品。なにでつないでいるんだろう、これ?ごくわずかの風味の加えられたタコが、ほんっとにおいしいんだよね。意識に触れない程度の酸味、というのが私の味覚を虜にしている最大のポイントなんだろう。あくまで、ほんのり甘いタコ。すばらしいです。

pateパスタは、貝の苦手な私が絶賛したボンゴレはスウミイに取らせ、私自身は、甲殻類のホニャララパスタ。パスタの名前ってむずかしくて覚えられない。ホニャララで許して。オマールとラングスティヌを添えた豪華なパスタは、卵入りなのか柔らかで黄色い。ここ、ほんとにパスタおいしい。塩味と風味が、まさに私の好み。所々に散っている小さなトマトのかけらの強い甘味に、驚愕すら覚えながら、心からおいしくパスタをいただく。うっとりしちゃうなあ、もう。

味見をさせてもらった、「サン・レモからやってきた大きなガンバ(エビ)のソテー」も、「たーのむよ、ほんと、、、」って肩の力が抜けちゃうおいしさで、すっかり嬉しくなってきた私は、「2本目は別のがいいな」と、食事の初めにお願いしておいたお酒が先のと同じだったことには、「ロッベルトォだからね」と目をつむり(それに、かなり好みのお酒だったし)、このレストランのイタリア的おいしさにボーッとすることに全力を尽くす。

brulee前回はイマイチだったデセール(イタリアンメレンゲの冷たいお菓子だったかな)、今回は無難にクレーム・ブリュレ。これがまた、大当たり。ごく普通の、薄くて大きなブリュレは、優しく素直でチャーミング。こちらもこなれてきたお酒にとてもよくあって、お腹の中でとろけていく。これもまた、どことなくイタリア的なプティ・フールをカフェを相手につまんで、イタリア的宴会を締めくくる。

7組ほどいたお客様は、前と同じく、いかにもイタリーのブルジョアな方々。ミラノの貴族、とまでは言わないけれど、品のいい、気持ちいい程度のお金持ち、という感じの方ばかり。いい客層を持ったレストランだよね、まったく。

今夜はロッベルトォがつきっきりでサーヴィスをしてくれたので、他の面々はよく分からないが、挨拶にだけ訪れたオーナーも人骨卑しからなさそうな紳士だし、とっても居心地いいんだ、ここ。あくまで上品で、時折イタリア的遊びが見え隠れする、そんなチャーミングなレストラン。

次回来る時には、もう少しイタリア語を覚えてこよう、と漆黒の空にポカリと浮かぶ白銀の月に誓うのでした。前は、濃紺の星空に散る星と、それに同化してしまいそうなホタルたちに誓ったけれど、効果なしだった。白銀の月には、どうぞ効果がありますように。

コート・ダジュール訪問時の、マストの1件に、「バイヤ・ベニアミン」が仲間入りした夜。「この土地の魅力に負けて、パリを離れてここに住みはじめてしまったんだ」マントンのホテルまでの道すがら、そう熱く語ったタクシーの運転手さんを、心からうらやましく思うのでした。


ven.26 oct.2001



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