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グルマン・ピュスのレストラン紀行


「レゼルヴェ・ドゥ・ボーリュー」(Reserve de Beaulieu)

夕べは、イタリアに1キロばかり入り込んで、ロッベルトォとの再会を楽しんだ。私の語った話から、ロッベルトォを年取ったオジサマだとなぜか思っていたスピちゃんは、イタリア男ならではのチャームを持った若きロッベルトォにいたく満足。ビシッとイタリアスーツに身を包むロッベルトォは、確かに見ていて気持ちがいい。優しい歓待とイタリア語講座、いつもながらの超スノッブなイタリア人のお客様に囲まれての楽しい夜なのだけれど、なんとシェフが代わっていて料理の味が落ちてしまったのがどうにもザンネン。

カルトを読んで「あれ?」と疑問が頭をかすめ、アミューズを見て「変だ、、、」と疑惑が広がり、小イカのソテーをひとくち食べて「ああ、シェフが代わってる」と確信。パスタの頃にいたっては「なるほど、ギッド・ルージュ(旧ミシュラン)の星がなくなったわけだ」と納得。ロッベルトや、どうも彼の恋人なんじゃないかと疑わしいセルヴール君の優しくて楽しいサーヴィスは相変わらずすてきだし、世の中から隔離されたようななんとも風情のあるロケーションも魅力的だけれど、この味じゃあ、次回からは、500メートルフランス側に行った海辺にあるもう一軒のリストランテに行っちゃうなあ、、、。楽しくも、なんだかほろ苦い夜なのでした。

そんな、サーヴィスには120%、料理には20%(パンとワインは美味)の満足を得た翌日のお昼。今度は、サーヴィス、料理ともに120%の満足を味わう僥倖を得る。

コート・ダジュールで過す時間は、どうしてこうもあっという間に過ぎてしまうんだろう。一瞬の幻のように4夜が過ぎ、この夕方にはパリ行きの飛行機に乗らなくちゃいけない。またしても、泣きながら窓の向こうの景色を名残惜しむことになるんだろうなあ。

この旅の大発見であった、ロクブリュヌの海を臨むすばらしいホテルといやいやながら別れを交わし、まだ観光の波に洗われていない、静かでチャーミングなロクブリュヌの鷲巣村をぶらぶら散歩して、中世の砦から眼下に広がる地中海にみとれる。次にこの景色を見られる日が、どうぞそんなに遠いいつかでありませんように、、、。鐘が鳴り響き、昼の時間を告げる。アンニュイな気分で車を西へと走らせる。

この旅行最後のレストランは、ニースとモナコの間の街、ボーリュー・シュール・メールにある、ホテルのダイニング。世界中のお金持ちがこぞってやってくるボーリューやキャプ・フェレの海岸線には、この世の贅を尽くした超高級ホテルがいくつかある。そんなホテルのひとつ、「レゼルヴ・ドゥ・ボーリュー」のダイニングが、2002年春のコート・ダジュール旅行を締めくくる場所となる。

そもそも、予約の電話からして完璧だった。はじめての電話を入れたのは、3月。冷たい雨と風ばかりのどんよりとしたパリからだった。プルルルル〜、プルルルル〜。
「レセルヴ・ドゥ・ボーリュー、ボンジュー!」
「ボンジュー、マダム。レストランとつないでいただきたいんですけど」
「もちろんですマダム、喜んで。今おつなぎいたします、よい1日を!」プルルルル〜。
「レストラン・レセルヴ・ドゥ・ボーリュー、ボンジュー!」
「ボンジュー、ムシュ。食事の予約をしたいのですが」
「もちろん喜んで、マダム。私どもには、ガストロノミーとカジュアルなレストランの二つがありますが、どちらがご希望でしょう?」
「ガストロノミーの方を」
「かしこまりました。マダムはいついらっしゃることを望まれますか?」
「5月1日のお昼なんですけど、祝日でしょう?大丈夫かしら?」
「もちろん大歓迎ですよ、マダム。何人でいらっしゃいますか?」
「2人です」
「かしこまりました。お時間はだいたい?」
「12時半くらいかしら」
「了解しました。お名前は?」
「マダム・グルマンです」
「マダム・グルマン、失礼ですが、お電話番号をいただいてよろしいですか?」
「もちろん。0145、、、、、」
「メルシ。それでは、5月1日の12時半にお待ちしております、マダム・グルマン」
「メルシ。あ、できれば海のきれいに見えるテーブルがいいのだけれど」
「もちろんですとも、喜んで。一番いい席をお取りしておきます。お目にかかれるのを楽しみにしております、マダム・グルマン。いい一日を!」
「メルシ、ムシュ。南の太陽に会える日を楽しみにしています。オーヴァ」

日本語で書いてしまうと、どこがどうすばらしいのか、よく分からないかもしれないね。じゃあ、こう言おう。今までに数え切れないくらい、レストランへ予約の電話をしてきた私が、今まで受けた中で多分一番すばらしい対応をしてくれた予約の取り次ぎだ。パリの「ル・ジャルダン」に初めて電話をしたときのすばらしい対応も忘れられないが、これは多分、それを超える完璧な電話対応。言葉の丁寧さ、受け答えの優しさ、電話線を通して滲んでくるホスピタリティーのすばらしさ。それを、レストランとホテルの両方に兼ね備えている質の高さ。感じ入ってしまう、たった2分の電話のやり取りだけで。レストランを楽しむという行為は、レストランに出かけるためのシャワータイムや化粧、着替えの時間を含むのはもちろんのこと、予約の電話時から始まっている、と思っている私にとって、この電話応対はかなりポイントが高い。訪れる2ヶ月も前から、私はすでにこのホテル・レストランに対してかなりの愛情を持ってしまい、ホテル自体のクオリティーの高さを想像しては部屋の予約をしようか思い悩み、あまりに高額な部屋代を確認しては自分の身の程を思い出してため息ついて諦める。

そんなホテル・レストランの、前日のコンファメーションも完璧だ。相変わらずの丁寧な電話応対は、「それでは明日。一番眺めのいいテーブルを用意してお待ちしております、マダム・グルマン。よい夜を!」と締めくくらる。この声とこの話し方は、予約をしたときとは違う人。なのに同じようにすばらしい電話応対をしてくれる。すばらしい人材を持っているホテルなんだなあ。

ちぎれ曇が空を薄くいろどる昼下がり。駐車場に車を止めてホテルの敷地へ入り込む。小さな車寄せには、マチェラッティやフェラーリが無造作に並び、BMWが1台、小さく肩をすぼめている。南仏らしいピンクの壁と鮮やかな緑の花壇には、寒々しい北欧の車はミス・マッチ。コート・ダジュールには、イタリア車がよく似合う。

エントランスに入り込むと、ホテルのレセプションとコンシェルジュの面々からの笑顔に迎えられる。
「ボンジュー、メダム!」にっこり笑顔を返して、趣味のいい豪華すぎない内装のホテルを奥へと進む。クラッシックな英国調のバーの右手にはホテルの中庭が広がり、咲き乱れる花々の中に朝食用だろうか、テーブルが点々としている。バーを抜けたところで、満面の笑みに出迎えられる。
「ボンジュー、メダム。ようこそ、お待ちしておりました。マダム・グルマンですね?」なんだか妙にパトリスに雰囲気の似た従業員が近づいてきて手を差し出す。メートルですね、彼がきっと。
「ご機嫌いかがですか?レセルヴ・ドゥ・ボーリューへようこそ」
「ボンジュ、ムッシュ。はじめまして。嬉しいわ、このレストランに来られて。ずっと来たいと思っていたんです」
「気に入っていただけますよ、きっと。いかがしましょう、そのままテーブルにらっしゃいますか?それともバーでアペリティフを?」
「中庭に出られるかしら?」
「もちろんですとも。なにごともご希望のとおりに」目元のしわが彼の優しさを主張している。性格って、ほんと顔に出るわよね。

レストランのセルヴール氏たち、バーのバーテンダー達の笑顔とあいさつに包まれながら、くだんのメートル氏がエレガントに開いてくれるドアをくぐって中庭に出る。
「こちらへ、、、さ、どうぞ椅子を、、、。こちらの方が、海が見えていいですよ」顔かたちや声がかなりパトリスに似ているメートル氏だが、立ち振る舞いは全然違う。パトリスみたいにギャクにならないし、そそうもしない。あくまで優雅でエレガントな雰囲気を保ちながら、その上気さくで優しい。いいメートルだー。かわいらしいテーブルを目の前に、花に囲まれ、海を臨む椅子に身を沈めて、すでに私たちはシンデレラ気分。なんてまあ、エレガントできれいなサーヴィスなんだろう。やっぱり電話で惚れただけのことはあるね。

aperitifうっとりしているところに、シャンパーニュとプティ・フールが運ばれ、メートル氏がカルトをもってやってくる。彼はちなみに、昨日のコンファメーションの電話に出た人だ。間違いない。この声とこの話し方。カルトの特徴を説明したあとで、「それでは、またのちほど参ります。どうぞお楽しみください」と笑顔を残して去って行くのを見送り、料理を吟味。ああ、南の香りたっぷりで、どれもこれもおいしそうよ、、、。

いつものごとく料理選びにすごぶる時間のかかる私たち、笑顔のメートル氏を2度空手で戻らせ、ようやくお料理決定。照りつける太陽を背中に感じながら、ひんやりとしたシャンパーニュを楽しむ。夏、南、屋外。このお酒にふさわしい3大要素が揃った場所でいただくシャンパーニュほどおいしい飲み物は、この世の存在しないだろうなあ。生ハムを乗せたごく薄のピザみたいなののおいしさに目をむき、白と紫2種のジャガイモのチップスに舌鼓を打ち、なんとも優雅で幸せなアペリティフの時間がゆるゆると流れる。ああ、このまま時が永遠に続けばいいのに、、、、。

お料理の注文も通り、シャンパーニュも飲み干した。ちょうどいいタイミングを見計らって、メートル氏がやってくる。
「よろしければテーブルにご案内いたします」すばらしい太陽とアペリティフ、そしてホテルの雰囲気にすでに酔ってしまったような私たち、うっとり夢心地でサロンへと連れられていく。

見上げるばかりに高い天井にイタリア風のフレスコ画が描かれている。床のタイルはプロヴァンスオレンジ。中庭からの光が溢れるように注いでいる大きな窓には、ドレープを贅沢に寄せたオレンジ色のカーテンが床を掃かんばかり。すずしげな藤を張った椅子に白いナップ(テーブルクロス)。リゾート地には、2枚仕立てより1枚だけのナップがよく似合う。全面ガラス張りの窓の向こう側には、広いテラスとその先にどこまでも広がる紺碧の海。今日は風がちょっと強いのでテラスご飯は無理と言われてちょっとがっかりだったけれど、この席で十分。地中海の美しさを目一杯満喫できる。なんて美しいレストランなんだろう。エレガンスと上品さに、カジュアルな居心地のよさが包まれているような空間。かなーり好みだ。すぴちゃんも私もうっとり度が一段と高まる。

「ボーンジュール、メドモワゼル!お酒はいかがしましょうか?」なんともいえない風格と容貌を持ち合わせた、ソムリエ以外の何物でもない人物がテーブルの横に立ちはだかる。いいねえ、こういう、いかにもなソムリエ、好きだわ。ギーちゃんのところ(「ル・グラン・ヴェフール」)の、あのほっぺの赤いソムリエを思い出す。
「あなたの土地のお酒を。白がいいわ。車を運転しなくちゃいけないから、不本意ながらドゥミ(ハーフ)で」
「オララ!それはまた災難ですなあ。さてさて、ではこちらなどいかがでしょう、、、」ソムリエ氏のワイン談義を楽しみ、お酒も決定。
「お水は召し上がりますか?」
「ウィ。不本意だけれど、、、」
「ワッハハー。分かりますよ、そのお気持ちは」

tarte小山のようなソムリエ氏が去り、入れ替わりにパン籠を手にした、スマートなセルヴール氏の登場。おいしそうなパンを選んでいるところに、アミューズが運ばれてくる。
「ヴォアラー、トマトとモッツアレラのミニタルトです。どうぞすばらしいお食事を!」ひとくち食べて、声も出せずにうめく。くうぅ、まさに“すばらしいお食事”以外の何物でもないなあ、これは。
「おいしいっ!これ、倍量にしてアントレにして欲しいなあ」
「このトマトソース!このトマト!このタルト生地、、、。おーいしー」幸せだ、しみじみ。本当においしいものの威力って、ものすごい。こんなにも人を興奮させ、幸せにしてくれる力を持っている。もっとも、こういう風に感動できる料理に巡り合えることってなかなか希有な幸運であることもよく分かってる。それを知っているだけに、この幸せがひときわ身にしみる。ああ、コート・ダジュールって、どうしてこんなにも私を喜ばせてくれるんだろう。

感動に打ち震えているところにソムリエ氏がやってくる。ボトルを1本手にして。
「心配しないでください、メドモワゼル。ハーフの在庫が切れていたのでフルボトルを持って来てしまいましたが、大丈夫。ここまで飲んでいただきますから」と、ボトルのまんなか辺りを指差して開栓の儀式へと移る。優しくいとおしむような、それでいて毅然とした手つきに、彼のワインへの深い愛情を感じる。ソムリエはこうでなくてはいけない。どっかのレストランの女性ソムリエールたちのように、細やかさの全く欠落したワイン係はキライだ。うすいレモン色のお酒をクンとかいでニッコリ笑顔て軽く頷く。
「すごく好みだわ、この香り」
「分かってましたよ、気に入ってもらえる、って」スルリとお酒を注ぎ、氷の音も軽やかな銀製のソー(バケツ)にボトルをうずめる。
「すばらしい食事をお楽しみください!」
「メルシ。もうすでに、すっかり楽しんでるわ、私たち」

anchois73ユーロのムニュから選んだ私の料理は、「フレッシュアンショワ(アンチョビ)、アスペルジュ(アスパラガス)、カヴィアのクリーム仕立て」がアントレ。これがまた、先ほどのタルトに負けない感動と幸せを口内と鼻、喉、脳に与えてくれる。この土地ならではの、ウルトラフレッシュなアンショワはしっとりと甘く舌に絡みつき、軽く茹でたアスペルシュは、先っぽは形を残したままで、下の方は刻まれてクリームを和えられ、春の香りを力強く発散させている。甘目の主役素材を、カヴィアのあだっぽくも品のある塩味が引き立てる。それらすべてを、軽いクリームと風味のいいオリーヴオイルがくるりとまとめる。仕上げは、中央に飾られたマントン・レモンのピール。甘さの残る酸味でこの料理のアクセントになっている。夏の訪れを予感させる、軽やかでフレッシュ、そしてキュートな一皿にうっとり。口の中で、甘味と塩味が一体となり柔らかく溶けていく感覚がたまらない。そして鼻に抜ける、すばらしい香りもまた、、、。キンと冷えた南のお酒が、陶酔していく感覚を一層エスカレートさせ、夢見ごこちのままアントレが終わる。

poissonプラは、「地中海の魚(名前、忘れちゃった、、、)、ジロール茸、ラタトゥイユソース」。ホロリとした身が優しい魚に、赤ピーマンの香りも華やかな南仏野菜をベースにしたソース。それにジロールと南仏野菜のポワレが添えられた一品。イカ墨のスパゲッティを2本だけあしらったところがかわいいね。淡白で軽い魚に、オリーヴオイルのスルスル感が加わったソースがよく合う。なんてことないのだけれど、センスのよいおいしさを楽しめる。ばかげてなく、はったりをきかせず、自分の味にきっちり自信がある料理。アントレのような、心が舞い上がるような感動はないけれど、しみじみとしたおいしさだ。

シェフ、偉い!クリストフ・キュサックがこのレストランで2つめの星を取ったのは2年くらい前だっただろうか?以後、このレストランの名声はぐんぐん上がっている。2つ星天国コート・ダジュールのレストランの中でも、かなりレヴェルが高いよね。いつからいるんだろう、キュサックはここに。あとで資料ひっくり返して調べてみよう。たしか、彼の特集をやっていた雑誌があったはず。

魚もあらかた食べ終わって、再び感動に体を震わせていると、メートル氏が近づいて来て、ボトルにワインが残っているのを見て注ぎ足す。
「私たち、半分しか飲まないのよ」
「大丈夫、私たちのレストランの“半分”は、ここまでなんですよ」とウィンクしながら、ボトルの下の方を指差す。3分後。今度はソムリエ氏がやってきて、ボトルの残りを確認して、またワインを注ぎ足す。
「あああ、もう半分以上飲んじゃってるわよ、私たち」
「大丈夫、我々の“半分”は、この辺までなんです」と、したり顔で、メートル氏の示した同じ辺りに指を当てる。同じ場所を人差し指で示しても、メートル氏の細い指の先が当たる場所と、ソムリエ氏の太い指の付け根の指し示す場所は、大きな違いがある(笑)。なんともアバウトな“ドゥミ(ハーフ)”で、結局たっぷりとワインを楽しませてもらっちゃう。しばらく飲めなくなる南のチャーミングなお酒を堪能。ここにもう10年以上も勤めているというソムリエ氏。私たちが席を立つ前に仕事を引き上げてしまって、お別れとありがとうのあいさつができなかったのが残念。今、ガイドブックをひも解いてみると、ジャン−ルイ・バラ、というのが彼の名前らしい。そのガイドブックには“すごいソムリエ”と名前を出されている。

シリノさんの所でフロマージュを食べ損なって以来、結局まだ一度も南のフロマージュを味見してない。今日こそは!と、張り切ってフロマージュに舌鼓。おいしいパンとワインにフロマージュ、最高ですね。

でもでも、今日はお菓子を食べるべきだったかもしれないなあ。マスカルポーネのムースに続いて、すぴちゃんの横に運ばれてきたシャリオには、チョコレートタルト、サン・トノレ、フルーツタルト、チョコレートムースのお菓子、フランボワーズのバヴァロア、それにフルーツサラダ。ううぅ、サン・トノレとフルーツタルトがめっちゃめちゃおいしそうだぁ。すぴちゃん、これ頼んでちょうだいねっ!この2つとショコラ系お菓子2つ、それにグラス・ヴァニーユもつけてもらったすぴちゃんのデセールは、私があらかた食べてしまいました。だって、すぴちゃん、もうこの頃には気持ちよく酔っ払っていて、全部食べられな〜い、と言うんだもの。見た目にたがわず、かなーりおいしいお菓子達。いやいや、この世は天国です♪

petits foursプティ・フールをバーに運んでもらって、食後のカフェをゆっくりと楽しむ。夢心地のすぴちゃんはうとうとしているけれど、メートル氏が様子見にやってくるときだけは、ぱっちり目を開いて笑顔を作る。あまりにパトリスに似ている彼に、思わず私は聞いちゃったね。
「ひょっとして、パリに従兄弟か兄弟か、いらっしゃいません?同じ職業で」そんな偶然あるわけない(笑)。残念ながらパトリスとはなにも関係がないメートル氏は名をロジェといい、すばらしい午後の締めくくりをしてくれる。

「お帰りになる前に、どうぞプールの方まで散歩してください。下にすばらしいエステサロンもありますので、ぜひご覧になってください。プールのバーの人間に頼めば案内してくれますので」
「ありがとう、ロジェ。本当に感動的なお昼だったわ。パリに戻るのが心からイヤ。いいわね、ロジェはこの土地に住めて」
「ええ、全くすばらしい土地です。またぜひいらしてくださいね」
「もちろんだわ。ほんとは明日にでも来たいくらいだけれど、2時間後には飛行機に乗らなくちゃいけないし、、、。とても残念。でもまた近いうちに」
「お待ちしております。プールを楽しんでくださいね。さ、こちらからどうぞ、、、」最後までエレガントなロジェに送り出されて、中庭を抜けてプールサイドへと出る。

うわぁ、すてきだなぁ、、、。思わずため息。眼前には、地中海を背景に大きなプールが温水の湯気を立てており、周りにはサーモンピンクと白のパラソルやデッキチェア。けだるく午後をプールサイドで過す世界中のお金持らと、彼らの間を、シャンパーニュを乗せた銀のプレートを持って音もなく歩き回るセルヴール達の姿。ああ、なんてまあ、優雅な世界なんだろうか、、、、。サンパなプール・バーの兄さんに案内されて、地下に広がる、これまた贅の限りを尽くした、あきれるほどに優雅なエステサロンやジムスペースを見てまわり、このホテルのあまりの魅力に当たってしまったか、すっかりくらくらになって、サロンのソファに座り込んで休憩する私たち。広々としたサロンには、グランドピアノが2台。贅沢な作りのゲームテーブルには、チェスとバック・ギャモンのボードが用意されている。奥には、重厚で品のいいビリヤードルーム。窓越しには、中庭、その奥のレストラン、さらにその向こうに広がる地中海が見える。

あきれるくらいに現実を超えた(私にとっては)、優雅な世界。はあぁ〜、なんてすばらしい午後だったんだろう。まるで夢のようだった。こんな世界を日常で生きている人たちもいるんだよねえ、、、。このお昼にレストランに集っていた家族連れや優雅な老夫婦、美しいカップル。彼らのほとんどは泊まり客なんだろう。バーに、「僕、お水が欲しいの」とやってきた少年にとっては、これが普段の生活なんだね。年の頃は8つ、9つ?その頃、私たち、どんなところでなに食べてた?育つ環境が、あまりに違いすぎる、、、。はあぁ、お金持ちに生まれたかったなあ〜、と、しみじみ思ってしまうよ。優雅で幸せで、体も心も溶けてしまいそう。まるでおとぎの国に入り込んだような、それはそれはすばらしい午後でした。料理のおいしさもさることながら、レストラン、そしてホテル全体に流れる、なんともいえない幸せと優しさに満ちた雰囲気に完全に惚れてしまった。このホテルに1週間ほど泊まって、コート・ダジュールの東一帯を楽しみたい。いつかそんな夢が叶うといいなあ。

またひとつ、コート・ダジュールに通う言い訳ができてしまったね♪


mer. 01 mai 2002



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