homeホーム

グルマン・ピュスのレストラン紀行


エル・ブジ(El Bulli)

- El Bulli -

その名前を初めて心に刻んだのは、2年ほど前のことだっただろうか。日本の料理専門誌が組んだ、大々的な特集記事の写真を見て、目をみはった。こんな料理が本当に存在するのだろうか?

その日からずっと、夢を見つづけてきた。いつかきっと、このレストランを訪ねたい。アメリカの、イングランドの、イタリアの、そしてフランスの雑誌に、魔法の呪文のようなこの名前を見つけては、ドキンと心臓を鳴らし、今や世界のレストラン界におけるメッカとなった、スペインの片田舎に佇む、幻のようなこのレストランのテーブルに座る自分を想像した。

gin_fiz音楽プロデューサーとして名を馳せていたバルセロナっ子のジュリ・ソレールが、レストラン業界に進出し、フェラン・アドリアと巡り合ったのは、今から17年ほど時をさかのぼった頃。稼動させたばかりの「エル・ブジ」にやってきた、こちらもバルセロナ出身の、若き見習い料理人アドリアに、ソレールは、才能と将来を見出した。

「僕と一緒にやらないかい?君をスペインで一番のシェフにしてみせるよ」当時35歳の支配人は、22歳の若き一人の料理人にこう語り、「エル・ブジ」と、そして自分自身の未来を賭けた。

半年間のオフシーズンを利用し、彼らはまず、フランス中の著名なレストラン味わい尽くす。ピック、トロワグロなどでの修行も経て、忠実にフランス料理のコピーをするところから始めたアドリア。「仔羊のジャック・マキシマン風」などが、当時を代表する料理だった。

模倣の時代を経て、彼が次に辿り着いたのは、解釈の時代。スペインの伝統料理を、いかに現代風にアレンジするか、にこだわった時期である。

pureアホ・ブランコ。アーモンドとニンニクのピュレを使った冷製スープは、アンダルシア地方の代表的な郷土料理である。アドリアの感性が作り出すアホ・ブランコは、ニンニク風味のオリーヴオイルを敷いた皿に、生のアーモンドがちりばめられ、その上にはアーモンドのアイスクリーム。使っている材料は、確かにオリジナルのアホ・ブランコと何ら変わりないが、その形状、その食感は、原作とは似ても似つかない。

carifleurパン・トマータ。言わずと知れた、カタルニア地方の代表的なタパス、トマトパン。オリーヴオイルにニンニクとトマトをつぶしたものを、パンにこすりつけただけの、手でつまむ簡単な人気タパス。アドリアのパン・トマータは、小さなグラスに入ってやってくる。緑トマトから作った真っ白なソルベ。その上にちょこんと乗っかっているのは、ポム・スフレのごとく、中を空洞にしたごく薄のパンビスケット。パリンと軽く口の中で崩れるパンの中からほとばしるのは、ニンニクの香りも豊かな温かなオリーヴオイル。確かにこれは、パン・トマータ。しかし、なんというパン・トマータなのだろう。

目から鱗が落ちるような解釈の時代を経て、ここ数年間彼がその身を置いているのが、構築の時代。

ravioli料理とは、みずから構築できるもの。そう意識したアドリアがこの世に送り出す料理は、斬新で過激、オリジナリティーの固まりのような料理ばかり。サイフォンを使っての、全く新しい泡のテクスチャーを用いた料理に代表される彼が構築した料理は、どの皿を見ても、一目で、ああ、アドリアの作品だ、と分かるようなものばかりだ。

新しい料理を構築する、というのは、考えるよりもはるかに難しい。20世紀に入ってこのかた、いったいどれくらいの《新しい料理》が誕生してきただろうか?アレンジ次第で、新しく見える料理は確かに世の中に出てくるが、まったく《新しい料理》となると話しは別だ。ブリヤ・サヴァランが言うように、「新しい料理の発見は、新しい惑星の発見に匹敵する」。それくらい希有な、そしてまた素晴らしいことなのだ。

だとしたら、フェランの存在は?サヴァラン流に言うならば、フェランは間違いなく、新しい惑星を発見した。いや、過去形にしてはいけない。信じられないことに、“発見しつづけて”いるのだ。

sardinソレルは賭けに勝った。スペインで一番の、ではない。世界で一番の、と言われるシェフを作り上げた。いまだかつて、こんな素晴らしい賭けに勝った勝負師がいただろうか?

ソレルとフェランが運命の巡り合いをしてから17年を経た2000年。「エル・ブジ」は間違いなく、世界を代表するレストランだ。スペイン料理、ではない。フランス料理、でもない。「エル・ブジ」の料理を掲げ、世界の頂点に上り詰めたのだ。

シーズンオフの6ヶ月は、バルセロナに設置したラボで、新しい料理のアイディアの実現化に費やす。4月から10月までのオープンシーズン、たった40席しかない席を求めて、世界中から美食の魅力に取りつかれたディレッタント達が、このレストランの扉を叩きにやってくる。

「創造とは、人の気がつかないことを見ることだ。」そう、フェランは語る。確かに、彼の目は、他の誰もが素通りしてしまうなにかを、確実に捕らえている。

ganbas「行きたいなあ、ぜひ行きたいよ、ここに」
「ゆきのちゃんも一緒に行きましょう、ね?」このレストランのことを話している時に、夢のようなお誘いを受けたのは、梅雨に入りはじめた6月の横浜。バルセロナから150キロ。最後の10キロは、明かりもない山道の未舗装道路を行かなくてはいけない、とあって、どうしても行くのをためらっていたレストランの前に立てる機会が、思いがけず与えられた。

それから3ヶ月。何回ものメールのやり取り。ホテルや車、飛行機の手配。「エル・ブジ」が幻から現実になる日は刻々と迫り、気がつくと、黄昏時のグレーとピンクの空に包まれた、小さな入り江に張り出したレストランの前で、寄せては返す海のざわめきを耳にしながら、興奮でいっぱいになった胸を高鳴らせている自分がいた。

オリーヴの古木を取り囲むようにしつらえられたテラスのテーブルで過ごした夜、恐ろしく美しい厨房の中にしつらえられたテーブルで過ごした昼。この二日間に体験したことは、一生忘れない。気負いなく気張りもしていない、ただただスマートで力の抜けた素晴らしいセルヴィスに抱かれて巡ったフェラン・アドリアの世界は、楽しさと驚きと笑いの連続だった。

今まで長い間、フランス料理を食べ歩いてきたことを、この夜ほど感謝したことはない。おそらく、フランス料理やスペイン料理をある程度食べ込んでいないと、アドリアの料理のものすごさを理解するのは難しいだろう。これだけ食べているだけに分かる。アドリアの作る料理は、今までに決して存在しなかったものだということが。だからこそ、なんて恐ろしい才能を持った人なんだろう、ということも。

lapin二日間で食べた料理の総数は、50を超える。そのほとんどすべてを、思わず驚きの声を発しながら、目の前に迎えた。

「エル・ブジ」を最大限楽しむには、面倒だけれど、ある程度、フランスを中心とした一流レストランを先に知っておいたほうがいい。このレストランの素晴らしさをより一層理解できるはずだ。

使う素材自体は、比較的普通。レストランから望む、モンジョイ入江で取れる魚介類を中心に、手に入れやすいものがほとんど。アドリアをアドリアたらしめているものは、料理の見た目、テクスチャー、それに温度なんだな、と思う。

citron温かさと冷たさを同居させた料理。サイフォンを使ったものを中心とする、新しいテクスチャーの料理。オリジナルを一度分解して、彼なりに形を変えて作り直した料理。(バルセロナのピカソ美術館で見た、50にも及ぶベラスケスの「ラス・メニーラス」を模倣した連作に、アドリアのエスプリを見た気がする。)別の素材による、元の素材への模倣。ちょっと乱暴だが、彼の料理をざっと分類すると、こんな風に分けられるかもしれない。

味については、さて、どう評価したものか、、。そもそも、味をとことん追求するのは、このレストランにはちょっと場違いな気がする。

ここで食事をする人のほぼ100%が注文するだろう、ムニュ・デギュスタシオン。このコースは、ウエルカム・カクテルから6種ほどのつまみ、20皿に及ぶ料理とデセールを経て、最後に6種ほどのpetit fourプティ・フールへと流れる。苦手なものをあらかじめ指定しておいたとしても、これだけの種類の料理の中には、とても気に入るものもあれば、今一つ好みでないものもあるのは、仕方がない話。ましてや、アドリアの作る料理は、普通の料理とはほど遠く、どれもこれも驚きなしには食べられないのだから、好き嫌いが出てくるのもいなめない。

「このチョコレートはいままでに食べた中で一番美味しい?」と言われれば、「ううん、ル・サンクのが一番美味しい」と答えるだろうし、「じゃあ、このトマトのソルベは?と言われれば、「んー、ルールマランで食べたのの方が単品の味としてはいいと思う」と答えてしまうだろう。

アドリアの料理は、そういう次元にない。美味しい。確かに美味しい。素材として嫌いなものが出てしまうとどうしようもないが、平均すると、かなり美味しい。でも、彼の芸術と交歓するのなら、そのプレゼンテーションを、その素材の組み合わせ方を、そのテクスチャーを、その温度を、その食べさせ方を見なければ。

glaceセルヴールが優しく差し出してくれる手にすがってアドリアの世界を探検しよう。そこには、今までの概念を突き崩すような、マジックと驚きに満ち溢れた、なんとも楽しいひとときが待っているはずだ。一つ一つの皿に閉じ込められた、アドリアからの楽しくてワクワクするようなメッセージを丹念に味わいながら、「エル・ブジ」というびっくり箱をかたっぱしから開けていこう。

− レストランとは、美味しいさをくれるところである前に、楽しさと幸せをくれるところでなくてはいけない −これは私のレストラン哲学。

− 訪れる人に飛び切りの楽しさを与えたい −これはソレールの、つまりは「エル・ブジ」の哲学。

「エル・ブジ」と同じ時代を生きることの出来た私は、多分とっても幸せだ。


15.16.sep.2000



back to listレストランリストに戻る
back to listフランスの地図に戻る
back to list予算別リストに戻る


homeA la フランス ホーム
Copyright (C) 2000 Yukino Kano All Rights Reserved.