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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ラ・シェーヴル・ドール(La Chevre d'Or)

今日も暑い。ジリジリと照りつける太陽が頭と肌を直撃する。やめてよね、日本人の黒い髪にその太陽は強すぎる。太陽嫌いの私の肌は、ちょっとでも日向に出るたびに、「あ〜れ〜」と悲鳴を上げ、日陰に日陰に!と脳に司令を送る。んっとに暑い。九十九折りの山道を登りきった山のてっぺんにしがみついたようなエズ村のお昼前。

典型的な鷲の巣村の、迷路みたいな坂の小路を、日陰を選んでゆっくり歩く側で、すぴちゃんとりーりは、写真撮影大会に余念がない。なんて元気なんだろう、あの二人は。じーっと日陰に埋もれて、石造りの塀越しに果てしなく広がる地中海を眺めている私をほっておいて、二人は、あっちへうろうろこっちへうろうろ。戻ってきやしない。だめだ。このままだと本当に暑さにやられてしまう。長女の特権を珍しくふるって、二人を呼び戻す。
「さ、シャンパーニュ、飲みに行くよっ!」

ひんやりとした石の冷たさに、全身の皮膚がほっとして、うっすらと汗をかくフルートから喉に流れ込んだシャンパーニュの冷たさに、体の中が潤う。ここは、「ラ・シェーヴル・ドール」のサロン。今年の「ミシュラン」で星を二つに上げたホテル・レストランだ。

もともと、ホテルとしての評判は非常に高く、地中海を見下ろす絶景に惹かれ、訪れる客が絶えないホテル。車も入り込めない不便な村の中なのに、いやだからこそ、静かでちょっと現実離れしたようなこのホテルの居心地は抜群らしい。静かな空色の水をたたえたプールのまわりには花が咲きほころび、下の遊歩道は緑に溢れかえっている。ホテルのシンボルであるシェーヴル・ドール(黄金の山羊)の彫刻が、海を見下ろす客室の窓とプールの間に飾られている。

目は窓越しの地中海に、舌と鼻は手に持つフルートの中身に、それぞれうっとりしながら、大きなビロード張りの椅子に寛ぐ。中世風のクラッシクなサロンには、暖炉がしつらえられ、大きなタピストリーが飾られている。冬場には、石を通して寒さがシンシンと染み入ってくるだろうこのサロン、夏には、テラスからの涼風が吹き込み、くらくらした頭を冷やしてくれる。夏のシャンパーニュは私のネクター。神々の酒を心から楽しみ、イタリアらしさがちょっと交じった、シャンパーニュ・アミューズを噛り、体に溜まった熱を追い出し、昼食を迎える準備にいそしむ。

「こちらです。さあどうぞ」案内に立つセルヴール君が、奥の階段の方へ向う。
「あら、テラスじゃないんですか?」左手に見える、プールの奥にあるテラスを物欲しげに眺める。
「あちらは、カジュアルレストランなんです。ガストロのレストランは上になっているんですよ」
「そうなんだ、、、」テラスご飯の夢敗れて、意気消沈。
「でもでも、上も素敵ですよ。もしも気に入らなかったら、テラスに戻って来てください。下で、歓迎しますよ」と、慰めてくれるセルヴール君に続き、階段を登り、上のレストランに到着。

「ヴォアラ!いいでしょ、こちらも?外ではないけれど、ガラス越しの地中海がすべてあなた達のものですよ」ひんやりとしたエアコンの空気の中、挨拶をする従業員達の向こう側に、広々としたサルが広がる。全面ガラス張りの窓の向こうは、霧で白く煙る地中海が、ひたすら、ただ本当にひたすらに広がっている。右手のガラス越しに、さっきまで仰ぎ見ていたシェーヴル・ドールの頭が見える。本当に素晴らしい景色。惜しむべしは、この霧で白っぽくなってしまったコート・ダジュールの色。いつもの紺碧が、目の前の視界全てを圧倒するのは、どんな感じがするだろう。食事どころじゃないかもね。

「晴れていれば、コルス(コルシカ)も見えるんでしょう?今日は霧が出ていて残念だわ」注文を取ってくれるおじーちゃまメートルが海に目をむける。
「ええ。霧のない日の朝早くに。ずっと向こうにコルスが見えるんです」朝早くなんだ。じゃあ、泊まらなくちゃ見られないね。

アペリティフは下で取ってしまったので、さっさとお酒決定に入る。南仏に来ると飲みたいお酒は自ずと決まってくる。白なら南仏のどこか。赤なら、ローヌかラングドックのあたり。今日みたいな暑い日に飲むのは、キンキンに冷やした白以外に考えられない。

冷やして美味しい、を念頭に、ニースの北に位置する、小さな小さなアペラシオン、ベレに目をむける。コート・ダジュール一体以外ではなかなかお目にかかれない、この極小アペラシオンは、私の大のお気に入りアペラシオン。ロゼ、赤も作っているけれど、やっぱり何と言っても、夏の白。夏に南仏に来る度に、パレットと並んで贔屓しにしているベレから、今日は「シャトー・ドゥ・ベレ」98年。ロールとシャルドネで作られた、キラキラと薄い黄緑に輝くこのお酒、シャッキリとしていて口当たりよく、軽く日にあたった藁の香ばしさがアクセントになって、南の桃やアプリコットの匂いかぐわしく、まことによくできたお酒。シャンパーニュとカナッペ類で、すっかりお昼を迎える準備が整った胃が、大喜びでベレを迎えている。

amuse「アミューズ(つきだし)です。トマトのスープと鳥のテリーヌ。ボナペティ!」シルバーの飾り皿の上に敷かれたレースの上に、ドゥミタスサイズのトマトのスープが運ばれ、横には、これまた小さなお皿に鳥のテリーヌ。いただきまーす!と、一口食べたスープに、3人して目を合わせる。このスープ、あったかい。こういうシチュエーションでこういう感じのスープが出てくれば、まず間違いなく冷製。期待に反して温かなスープが、シャンパーニュとエアコンで冷え切ったお腹を、ほんの少しあったかくしてくれる。何だかいいな、この暖かさ。

鳥のテリーヌの方は、偉い!上出来!よくできました!おりこうさんです!と、まあ、優等生の見本のような作品。決してはっとするようなものではないけれど、ジワジワと美味しさが込み上げて来て、アミューズとして非常にいいものになっている。さすがは、二つ星昇格レストランだ。

「うわっ、ここにもいるよ、、」
「ってことは、このカップの下にも、、、。いた!」鳥のテリーヌがなくなった牧歌的で可愛らしいお皿には、山羊の絵が描かれている。もちろん、ドゥミタスの下のお皿にも。名前を正当化するが如く、このレストラン、いたるところに山羊がいる。っていうより、隠れてる。レモン色に白の模様がうっすら入ったナップをよーく見ると、白い模様はすべて山羊だし、おそろいのセルヴィエットもしかり。カルトやその他もろもろにも、気を付けてみると、山羊さんがボンジューしてる。

アミューズに潜んでいた二匹の山羊が下げられる。 「美味しい。とっても。さすがですね、星が二つつくのがよく分かりました」
「ありがとうございます。あれは私たちにとって、とても喜ばしいことでした」おじーちゃまメートルの笑顔が大きくなる。大多数のレストランにとって、最大のステイタスであるミシュランの星。それが増えたりなくなったりするのは、本当に大事なんだ。オリーヴやトマト入りのパンを噛りながら、アントレの到着を待つ。

poulet「フォアグラを入れたヴォライユ(家禽)のロール仕立て」真っ白なお皿に乗った料理が目の前に置かれた瞬間に思った。《好き、これ!》

料理って、見ただけで、好みかどうか分かる。本当いうと、カルトに載った料理の名前とメートル氏の説明だけでも、大体は、自分が好きなタイプかどうか見当が付く。まあでも、実際に料理が載ったお皿を見れば一目瞭然。そのデコラシオン、香り、色合いなどですぐに、これは自分のための料理かどうか、見当が付く。

で、この料理は見るからに私の好みだ。使っている食材、料理法、そしてデコラシオンに到るまで、かなり好みのタイプ。お皿もいい。この真っ白なお皿には、間違っても山羊の隠れている心配はないだろう。嬉々として、ベレを一口喉に通して、カトラリーを持つ。いっただきまーす。

じんわりと香り豊かなヴォライユの肉に、しっとりととろけるフォアグラ。レモンをベースにしたソースが、いいアクセント。うま!鳥とフォアグラっていうのは、テリーヌになったりゼリー寄せになったり、と、もともと相性いいものだけれど、これもそう。淡白な中に最大限のコクを封じ込めた、って感じで、暑い盛りの料理として申し分ない出来栄え。添えられた生野菜は、前日のそれと比べては申し訳ない。味濃く新鮮で、これもまた、夏のお昼にはとても似合ってる。

pageot次はどんなんだろう?期待いっぱいで迎えたプラは、「パジョのポワレ、トマトのリゾット添え」。結論から言うと、イマイチ。こういうことって、よくある。つまり、アントレは絶品でプラでこける。これはなにも、レストランが悪い訳ではなくて、私がそもそも、アントレ好きな性格だからだろう。一般的に、アントレに並ぶ料理の方が、私はプラに並ぶ料理よりも心惹かれるケースが多い。

地中海でよく食されるタイ系の魚、パジョは、こんがりと上手に焼けている。ホロホロ系の身が好きな私には、このお魚の身は、ちょっと締まり過ぎているかな。リゾットは、ちょっとチーズが強い。暖かくなったチーズが今一つ苦手な私には、あまりにも北イタリアの匂いが強すぎる。ごめんね、あんまり美味しく食べてあげられなくって。

dessertちょっとだけ意気消沈したところにやってきた、デセール。これはもう、ウヒャッヒャ〜!!!「森の果物のスープ仕立て、マングーのソルベ添え」フレーズ(イチゴ)やフレーズ・デ・ボワ(野イチゴ)、フランボワーズ(木イチゴ)達の鮮やかな赤の中に、黒がどきどき混じってるのは、甘く煮た黒オリーヴ。それぞれの新鮮な甘みがほんっとに美味しい所に、ひんやり冷たいマングーのソルベが華を添える。パッションフルールにヴァニラを混ぜたソースと、クレーム・アングレーズ)カスタード)系のソースがまた、いーい感じに、各果物をまとめる。

それぞれの果物とオリーヴの甘みがなんだかとっても仲良しで、ソルベとソースとも手をつないでランランランって、スキップしてる。南の醍醐味のような、素敵なデセールが盛られた皿に、ベレですっかり気持ちよくなってトロンとしはじめた頭を振りながら、夢中になってスプーンとフォークを運ぶ。ああ、南って本当に幸せだ。

半分ほど埋まったレストランに集う客は、英語圏の人が多い。観光リゾート地だものね。
「ねえ、あの人、ディランに似てる」と、すぴちゃんが一人のセルヴールに目をむける。なるほど、ベヴァリー・ヒルズのディランに似た、目が垂れて額の広い、やるせなさげな目をしたセルヴール君がいる。
「ああ、似てる、似てる」頷くりーりと私。
「彼に言ってみれば?ディランに似てますね、って」
「そんな難しいこと言えない、、、、」という訳で、私が言うことになるんだよね、やっぱり。

「あの、ベヴァリー・ヒルズって知ってます?アメリカのフォユトンで、フランスでもすごい人気なんですけど、、、」と説明をはじめるが、彼は知らないらしい。
「ごめんね、僕、あんまりテレビ見ないから。土曜日の夕方?うん、今度見てみますよ」と、私たちの会話を聞きつけた、横のテーブルのアメリカ人カップルが、
「オー、ディラン!ホントだ。ディランに似てる!」と受けまくってる。

おじーちゃまメートルも話に仲間入り。
「ふうん。で、そのディランっていうのは、カッコイイの?」
「ええ、ハンサムよ」
「ふぅ〜ん」じゃあなんで、あいつが似てるんだ?と、不審気なおじーちゃまメートル。コート・ダジュールに身を移して数十年。余生もここで過ごすのだろう、羨ましいかぎりだ。

「食後のお茶、よかったらテラスで召し上がりませんか?」と、メートルがやってくるのをきっかけに、パノラミックなレストランを後にして、プールの横のテラスに移り、お茶の時間。

相変わらず白っぽい海を眺め、太陽の移動に合わせ、少しずつ椅子の位置をずらし、常にパラソルの影に入るようにして、ゆっくりとお茶をすする。プールサイドで遊んでいた子供に目を付けたすぴちゃんは、さっそく彼に近寄っていく。3つ4つくらいだろうか。フランス人と東洋人のハーフだ。
「ボンジュー、、、」ってこころもとなげに話し掛けるすぴちゃんを無視。と、そこにパパがやって来る。
「ケンタロウっていうんです」なんだ、日仏ハーフなんじゃない。安心して、日本語で話しかけるすぴちゃんとりーり。
「ア、アリ、、さん?」なんて、たどたどしく話しはじめたケンチャン、すぐにすっかり気を許して、最後には、「行くなよー!」と流暢な日本語で、りーりの胸を叩く。
ママンが慌てて、「ケンチャン、ダメよ!さ、下のプールに行きましょう」東京に住むケンチャン一家。いいね、こんな所にヴァカンスに来て。ずぅーっとここで長い午後を過ごしたいけれど、今日はパリに帰る日。バスの時間がそろそろ近づいている。残念だけど、そろそろラディションをしなくちゃね。

コート・ダジュールの短いヴァカンスの締めくくりに、こんな景色と料理とテラスを楽しめてよかった。今度は是非、海がアジュール色にきらめく時に、ここに来られますように。鷲の巣村を後にして、急な坂道をバス停に降りる。ここ数日忘れていたパリの風景が、頭を過ぎる。ピュス、元気にしてるかな。いい子で待っているかなあ。


mar.2 mai 2000



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