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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・サンク (Le Cinq)

いつだって、30分の遅刻をして「ル・サンク」の席につく。

シルクハットの縁の下から光る目も凛々しいヴォアチュリエたちのあいさつを受けてホテルの回転ドアをくぐる時には、遅れることせいぜい10分。こんなの遅刻のうちに入らない。回転ドアから「ル・サンク」までの道のりは、距離にして60mくらいかな。普通考えれば、1分もかからない行程なのだけれど、このドアをくぐってから「ル・サンク」の入り口に立つまで、どうしても15分以上の時間がかかってしまうのは、ジェフ・リーサムのせいだ。

flower「ジョルジュ・サンク」がフォーシーズンスの系列に入ってリニューアル・オープンを果たした際、ベヴァリー・ヒルズ・フォーシーズンスからやってきたフロリスト、ジェフ・リーサム。このホテルのオープン以来、一躍パリきっての名声を誇るフロリストとなった。ロビー中央を飾る、苔つきの器。レセプションとロビー奥の大理石にしつらえられた控えめな花。バーの入り口をあでやかに装う大規模なデコラシオンは、行くたびに全く違う表情をみせてくれる。回廊のサロン・ド・テのテーブルにかざられた花々。そして洗面所横のデコラシオン。

洗面所で化粧をなおして、残り5mの道のりを経ていよいよ「ル・サンク」に辿りつくと、その奥と横に飾られた花の美しさがまず、レストランの華やかさよりも先に目に飛びこんできてしまい、出迎えの面々に挨拶をするまでにさらに数分、花に気を取られることになる。そんなこんなで、今夜もいつもの習慣を変えることなく、きちんと30分遅れて、「ル・サンク」の受付にオーヴァーを預ける。

にぎやかに出迎えてくれるパトリス、クリストフ。今夜はクリストフがここに移ってから初めての食事。パトリスのそばに彼の姿を見て、なんだか心からほっとしてしまう。なんだかんだいっても、やっぱりパトリスのそばにはクリストフがディディエがいるべきだ。

「ごめんね、ピュス。あの席、急に大切なお客様の予約が入っちゃったんだ。もうしわけないけれど、こっちのテーブルでいいかなあ?」心配そうな顔して、パトリスがささやく。ラヴラヴ・テーブルと私がよんでいる、バンケット型の壁際のテーブル。前から一度座ってみたいのだけれど、なかなかチャンスがなくて、いつも眺めるばかりだった。今度こそは、と満を持して、予約を入れた際にも、数日前に仕事でここに来た時にも入念に、向かって左側のテーブルの確認をしたのだけれど、ちぇ、またしてもやられたか。仕方ない。週に何度も来るらしい大常連のお客様のリクエストだそうだし、きっとすごい人が来るんだろう。姿を見るのを楽しみにしましょう。

四角いテーブルが多い「ル・サンク」の中では3番目にお気に入りの、丸テーブルに座ると、すぐにシャンパーニュがざくざく入った大きなソーが運ばれてくる。リュイナールのロゼに口をつけて、テーブルのランプと花にこんにちわの視線向けてから、装丁美しいカルトを開く。

ベルギー2件に、美輪おばちゃん、エリックさんのところ、と、連日連夜の宴会騒ぎで、さすがに胃がお疲れ。あっちゃんなんて、あえなく美輪おばちゃんの夜でダウンして、エリックさんのところはデセールとマジシャンだけ楽しみに来てたし、今夜はついに、ピュスと一緒にお留守番。いくら胃が頑丈な私たち姉妹だって、いいかげん調整が必要。ましてや今夜のレストラン、一番のポイントはデセールなのだから、そこに標準合わせるために、前半は慎重にいかなくてはいけない。

このレストランの最高のアントレ、と私が評価している「クレソンのヴルーテ、カヴィアを添えて」をすぴちゃんのアントレに、「緑アスペルジュのリゾット」を私のアントレにして、プラは「ロット(あんこう)のメダイヨン、フェヴ(ソラマメ)のカスレ添え」を半分にしてもらう。お酒も控えめに、2人でドゥミを一本。コンドリューの若い白 「楽しい夜をね!」とパトリスとクリストフがアミューズを運んできて、楽しいに決まっている長い夜のはじまりだ。

amuse「んっま〜!」
「トレ〜・ボン!」しょっぱなから、思わず顔がにやけてしまう料理が出てくる。オマールのテリーヌにニンジンのムースと、カリカリに焼いたごく薄のトーストにタプナードを塗ったもの。これが今夜のアミューズ。思えは、ここ最近、アミューズには例のクレソンとカヴィアのヴルーテをもらっていたから、ちゃんとしたのをいただくの久しぶりなんだ。こんなに美味しいアミューズ、前に作ってたっけ?明らかに進歩しているぞ、ここの料理。素晴らしい香りと食感を持つ、なめらかなニンジンのムースに心とろけて、アミューズを終える。

「どだった?」クリストフ。
「トレトレ・ボ〜ン!」私たち。
「そういえばさ、今夜3人の予定だったんだろ?どうしたの、もう1人の子は?」
「ん、ああ。体調悪くなっちゃって、、、」
「またー?この間、Mもそうだったじゃない。どうしたんだよ?日本人の女の子は、すぐ体調悪くなっちゃうの?」すぴちゃんに通訳すると、
「違う違う、クリストフが“Mじゃないんだ?ちぇ、がっかり。”って言うから、それが原因で寝込んじゃってるんだ、って伝えて。そのとおり通訳すると、
「ノーン!ノンノン!信じないもんねっ!」と、大笑いしながら頭を振るクリストフ。
「シ、シ。ホントだよ、“私じゃ駄目なんだ〜、ってアッチャン、ショックで寝込んじゃったんだよ」私。
「嘘だね、信じないったら、信じないもんね!」そそくさと、アミューズのお皿持って厨房に下がるクリストフ。

今夜は金曜日なので、あいにくなことにキャツがいる。出迎えの時なんか、キャツが一番最初にきちゃって、不本意ながら握手まで交わしちゃった。どうもキャツの立ち振る舞いは、あんまり私の好みに合わない。“上品”という言葉を愛する私にとって、キャツの言動は、いつだってあまりに不可解だ。レストランでもサロン・ド・テでも、外部のワインサロンなどでも、どう頑張ってみたって、キャツにいいイメージを持ったことがないんだ。そんなキャツだけれども、やはりソムリエとしての実力は素晴らしい、痛感したのはアントレの時間。

asperge強い芳香をはなつ緑色のヴルーテに、クリストフがこんもりとカヴィアを落としてくれる様にうっとり見とれ、自分のリゾットにギー(じゃなくて、なんだったっけ?ギーって間違えて覚えて以来、どうしても本当の名前が覚えられない。ギーラ?ギール?なんだった?)がパリパリに焼いた薄い生ハムを乗せてくれているのを見逃してしまう。気づくと、きれいにドレッセされ終わったリゾットが、にっこり私を見て笑ってる。ごめんリゾット、ついついクレソンヴルーテに目を奪われてしまったよ。

ちょっと火が通りすぎの感じだけれど、これはこれで柔らかな感触を楽しませているのかな、と好意的に思えるようなおいしいアスペルジュに、上品なリゾット。塩のきいたハムがアクセントとなって、シンプルながらよくこなれた作品。ふーん、いいなあ、とても。やっぱり、ルジャンドルさんのお料理、オープン時から少しずつ、でも確実に出来がよくなってきている。

すぴちゃんに目をやると、感動しながらヴルーテを味わっている。
「おーいしい!すごいってば、これ!ほーんとおいしい」
「おいしいよ、って言ったじゃん。このレストランの最高のアントレだって」
「っていうか本当においしい!」私の言葉なんて、馬の耳〜って感じで聞きながし、ひたすらに興奮状態でヴルーテを堪能している。ちぇ、いいなあ。まあ、このリゾットもなかなかいけるし、いろんなものを食べなくちゃいけないのは分かっているけれど、やっぱりあのヴルーテ、食べたかったなー。すぴちゃん、ひとくちしか味見させてくれないし、、、。

などと、ちょっとうらやましげに、リゾットを口に運びつつ、ほとんどなくなりかかったヴルーテに目を向けながら、パトリスたちと楽しくおしゃべりしているところに、耳に心地悪い音が入り込んでくる。
「チッチッチ!」チッチ?なんだこの音は?カトラリーやグラスがふれあう音と、柔らかな歓談のざわめき、それにギャラリーから聞こえるピアノ以外の音なんて、ここではしないはずなのに、チッチと口を鳴らす音が聞こえる。空耳?と思うまもなく、キャツが人差し指を立ててふり、チッチッチと口を鳴らしながらテーブルに近寄ってくる。な、なんだあ?初めて見る、従業員の指ふりとチッチッチに思わず唖然として、口を開けたまま、正面に立つキャツを眺める。

「ノン!これじゃだめだ!このヴルーテには、ほんのちょっとだけシャンパーニュ系のお酒をつける必要があるんだ。早く!このマドモワゼルに、、、そうだなあ、なにがいいかな、うん、クレモン・ダルザスを注いで!」フルートが大急ぎですぴちゃんの前に運ばれ、ソムリエ君がそこにクレモンをたっぷりと注ぐ。正面には相変わらず、キャツの巨体。
「よし!さ、これを飲んで。このコンドリューはとてもいいものだけれど、このヴルーテには合わない。やっぱりこっちでないと。さ、飲んで。ヴルーテがますます美味しくなるからね!」ここまで指示して、私たちのテーブルを後にするキャツ。台風一過、という感じで、いまだ呆然としながら、キャツのうしろ姿を見送っていると、横でうわずった感動の声が上がり、はっと意識が戻る。
「お〜〜〜〜〜〜いしいっ!!!」すっとんきょうなまでに興奮の色が感じられるすぴちゃんの声。
「やっぱり合うんだ?カヴィアとプチプチお酒って」
「お〜〜〜〜〜〜いしいっ!!!」
「ふーん、そうなんだ?そのクレモン、おいしい?」
「お〜〜〜〜〜〜いしいっ!!!」

クスンクスン、すぴちゃんが「お〜〜〜〜〜〜いしいっ!!!」しかいわなくなっちゃったよお、、、。残りわずかだったヴルーテが、クレモンと共になくなり、すぴちゃんは興奮すさまじく、鼻を広げて感動している。
「すっごいよ!ホントにすごい!ただでさえあんなに美味しいヴルーテだったのに、あのクレモン飲んだ瞬間、すべてが変わってしまったわ!あんなに料理とお酒のマリアージュに感動したの、私初めて!あの人、確かに下品だけれど、ソムリエとしては、天才よ!言わなくちゃ!すっごくすてきだった、ってあの人に伝えなくちゃ!」

いーなー、そんなに美味しかったんだー。ちょっとすねながら興奮状態のすぴちゃんを見ていると、その後ろで、パトリスがクレモンをフルートに注いでいる。さっきのキャツとの一幕に立ち会っていたパトリス。きっと、他のお客様でヴルーテ注文した人がいて、その人にサーヴィスで持っていくんだ。さすが、学習能力あるなあ、なんて思いながら見ていると、なーんとフルートはまたすぴちゃんの前に置かれる。
「ヴァーラ、もう少しクレモンね」とにっこり。パ、パトリス、、、?って言うか、ヴルーテ、さっきクレモンもらった時点でほとんど終わりかけ、いまだって、お皿の下が完全に見えているくらい、きれいに食べられちゃっているんですけど、、、。このクレモンの存在意義は?「クレモン持ってくるなら、もっとヴルーテもちょうだーいよー!」

ほーら、すぴちゃんからブーイング(笑)。全くどうして、この人はいつだって、とても優しくて素敵なかんちがいをして、笑いをもたらしてくれるんだろう。先週遊びに来た時にも、狙ったとしか思えないような、パトリスギャグを2発も見せてくれて、私はすっかり脱力して「ル・サンク」を後にしたっけね。大好きよ、パトリス。あなたの、こんなとぼけた優しさが。

ヴィオニエ好きの私は、コンドリューのフアン。ちょっと生っぽい香りが、気に入っているのかな。美味しくお酒をすすっているところに、プラが運ばれてくる。

anguille「ヴォアラー。ロットのメダイヨン。ガルニに添えてあるのはピエ・ドゥ・コション(トンソク)のアングイユ(ウナギ)ファルシ。ポワヴロンのピュレ、それにこれがユキノのフェヴね。ボナペティ!」クリストフが丁寧に料理の説明をしてくれる。フェヴ、大好きなんだ、と注文時の私の言葉に答えて、“ピュスのフェヴだよ”という言い方をしてくれるあたり、クリストフのセルヴールとしての美点がよく現れている。彼のセルヴィスは、「ソツがなくてチャーミング」と形容できるだろう。ちなみにパトリスのは、「間抜けでとぼけて、ひたすらに優しい」。ん、これって美点か(笑)?いやいや、パトリスは、善意の固まりのような、優しさ溢れる素晴らしいサーヴィスをしてくれるんですよ。だーいすき!

抜群の火の通し方のロット。焼きすぎのロットほどイヤなものはない。ゴムみたいになっちゃってさ。ここのロットはおりこうさんだ。淡白ながら舌触り的に強さがあるロットに、甘みが濃い赤ピーマンのピュレがよく合う。みごとなフォンで軽く煮込まれたフェヴのおいしいことったら!さすがは、我がいとしのフェヴたち。こんなにおいしく育ってくれて、私は嬉しいわ。カリリと焼かれたトンソクもグー。いーですねー、おいしーですねー。量的にも、これで十分。半分よりは多めになっているとはいえ、やっぱり1人分全部は食べきるのがきついよ。かっきり半分にしてくれて、ちょうどいいのにね。

万全のお腹の調子を抱えて、いよいよデセールの時間!ヤホー

ロラン・ジャナンのデセールって、どうしてこんなにもおいしくて、こんなにもエレガントで、こんなにも気品に溢れているのだろう。崇高。まさにこの言葉でしか表せないくらい、ロランの作るお菓子は素晴らしい。皿盛りデセールをここまで感動的に作ってくれる人を、私は知らない。あ、グラスとソルベ類は別ね。ロランのももちろんすてきにおいしいけれど、もっと感動できるグラス類と、他でも時々おめにかかる。でも、それ以外の部分では、ロランのお菓子は、ダントツにおいしい。ボンボン・ショコラのたぐいも、彼のそれと張り合えるのは、「グラン・V」のボンボンくらいしか、私は知らない。

オープン間もない頃、一番初めに注文デセールを、久しぶりに食べなおしてみる。このデセールと、季節柄でてきた、アヴァン・デセールのガレット・デ・ロワ。あの夜、この二つのデセールと、プティ・フールを食べた時の感動は、一生忘れないだろうなあ。お料理とサーヴィスはぜんぜんダメだったけれど、その二つをおぎなってあまりあるほどの感動をくれた、たぐいまれなデセールだった。

おそらく近いうちにフォーシーズンスを去るだろうロランのデセールを、あとなんかいここで食べられるのだろう、と思いながら、1年半ぶりに「巣の形のサクサクパイ、カラメル風味」を目の前に眺める。サクンとナイフがフォイユテ生地を崩し、フォークが、トロリとしたカラメルがかかるレモンクリームとフォイユテを口に落とす。

口に甘みが広がり、鼻にかぐわしい酸味がぬけると同時に、ため息が勝手に流れでる。なんてすばらしいお菓子、、、。知っているはずなのに、また改めて、その新鮮なおいしさに舌と鼻が感動しているのがよく分かる。チョコレートの魅力が素直にでた、2種類のごくうすショコラと、カリリと焼いたピカンナッツがアクセントとなり、このたぐいまれなデセールをより一層引き立てている。

これ以上の感動はありえないはずなのに、すぴちゃんのデセールがまた、涙ものの出来。ひどく可哀相なことにすぴちゃん、ベルギーで引いてきた風邪のせいで、ロットの頃から鼻がきかなくなりはじめ、デセールの時間には悪化。
「この食感だけでも、いかにおいしいかが理解できるくらい素敵なお菓子なのに、味がイマヒトツ分からないよお〜」と、お嘆きのすぴちゃん。どれどれ、それでは私が代わりにグテ(味見)してさしあげましょう。

armagnac「プルーンのスフレ、アルマニャックにつけたプルーンと、そのグラス」。スフレをひとくち食べた瞬間に、頭がおかしくなりそうになる。このまま気が狂っても悔いはない、、、。プルーンをひとくちかじった瞬間に、思わず腰がへにゃへにゃになる。椅子からおこっちそう、誰か助けて。どーしたら、卵と砂糖と粉とプルーンとアルマニャックが、こんなものに変身するのだろう?こんな感動を与えてくれる、ロランの皿盛りデセールはもう、本当に一つの芸術作品。プルーン・アルマニャックのグラスも抜群だけれど、こちらは前回味見だけさせてもらっているので、さすがに衝撃的な感動に打ちのめされることはなくて、一安心。プルーンと同じ味つけのヴァン・ショーをチビチビ飲みながら、ロランのデセールに巡りあえた幸せを、また改めて噛みしめる。

bonbonchocolatミントのお茶飲んで、ロランのボンボン・ショコラやプティ・フールを食べながら、夜も更けて、静かになったレストランを眺める。例のラヴラヴテーブルには、結局お客様は現れなかった。ちぇ、ブッチか。どんな方がいらっしゃるかと楽しみにしていたのに。このテーブルをぬかして、レストランは満席。2回転したテーブルが3つくらい。二つ星の威力ってすごいんだ。去年とは比べものにならないくらいの客足。「ル・ブリストル」でも言っていたけれど、2つ星になってレストランはもちろんのこと、バンケットの需要がものすごく伸びたのだそうだ。一番お金が入りやすいバンケットで儲けて、どんどんそれをレストランに還元してくださいね。

パトリスとクリストフの漫才を楽しんでいるうちに、残ったお客様も少なくなり、キャツの姿もとっくに見えなくなっている。ルジャンドル氏ももう帰っているだろうし、そろそろロランに会えるかな?4人して、あっちこっち楽しい写真撮影会をにぎやかに開催し、写真写りの悪さでは定評のあるクリストフをみんなで大いに笑って(パトリスもかなり写真写り悪いけど、クリストフには負けるよねー)、明日も朝から仕事のクリストフとはお別れ。
「オ〜ルヴォ〜ワ〜、オ〜ルヴォ〜ワ〜と、ゆっくり手を振りながらドアの向こうにフェードアウトしてゆくクリストフの、自分を捨てた笑いのセンスに興じながら、さようならする。

「ロランは、まだいる?」
「いるよー。今夜は遅くまで仕事してるよー」ニコニコパトリスが、私たちを厨房の奥のパティスリーへと連れて行ってくれる。
「ククー、ロラン!げーんき?」
「サリュ、ピュス!サヴァ?」夜中の2時近くだというのに、弟子を1人従えて、なにやら熱心に作業中のロラン。手元を覗き込むと、ちっちゃなハートと三日月を熱心に切り取っている。
「なに作ってるの?」
「明日のバンケット用のピエスモンテ。すっげー集まりがあるんで、その準備。バンケット見たことある?」
「ない。テレビでよく写ってる、あの階段の下のところなんでしょ?」
「それそれ。来いよ、案内してあげる」
「んじゃ、ロラン、あとよろしくねー。僕、上で待ってるからー」ロランに私たちを預けて、上のお仕事に戻るパトリス。またあとでねー。

デセールの感動を日本語とフランス語交えて、一生懸命ロランに伝えるすぴちゃん。そう、ロランは日本語ちょっと出来るから、すぴちゃんも自分で感動を伝えられて嬉しいね。

「明日はね、ここの常連のお客様の結婚30周年の大パーティーがあるんだ。主催は旦那で、奥さんには内緒。ギャラリーのサロン・ド・テに、旦那が奥さんを連れて行くんだ。パーティーのことは内緒だから、もちろん普通の服で。お茶をしながら、「そう言えば君、ここのバンケットは見たことないだろう?案内してあげるよ」って旦那が奥さんを連れて、この階段を降りてバンケットのドアを開けると、シュープリーズ(サプライズ)!家族や友人たち150人が一斉に集って、2人を祝福するんだ。ここで奥さんは一度、予約してある上のスィート・ルームに場所を移して、すでに用意されてあるシャネルのドレスに着替えて、髪の毛もセットしてもらって、改めて下に降りて、パーティーのはじまりさ。で、これがそれに使うピエスモンテ」

迷路のようなホテルの裏側をぐるぐる回ってこんな話を聞きながら辿り着いた、大きなバンケット・ルーム。すでにテーブルや椅子が用意され、ステージとスポットライトの準備を1人黙々と進めている従業員がいる。作成中の巨大なピエスモンテは、ピンクに薄黄色のハートが飾られ、ほんのちょっとした歪みを発見したロランは、眉間にしわ寄せて微妙なずれをなおす。

「すごいなあ、こんな世界もあるんだよねえ」
「いいなあ、私、そのマダムになりたーい」決して交わることのないクラスの世界を、ほんのちょっと垣間見て、ため息吐くすぴちゃんと私。いやいや、ブールな方たちの生きる世界は、本当に眩しい限りです。

「今夜は3時くらいまでかなあ。夕べも夜中過ぎだった、、、」と、お仕事忙しいロランに、ホテルをいろいろ案内してもらい、無事レストランへ送り届けてもらって、さようなら。「ル・サンク」でロランのデセールをもう一度食べる機会がありますように、と祈りながら、仕事へ戻るロランの後ろ姿を見送る。(この祈りは、結局かなえられることなく、ロランは6月初めに、「フォーシーズンス・ホテル・ジョルジュサンクを」去った。)

やっぱり最後はパトリスだ。オーヴァー着せてもらって、バーの横の花の前で写真撮ってもらい、ホテルの玄関まで送り届けてもらう。
「日本、楽しんできてねー。帰って来たら、きっとパリももう夏だよ。テラスご飯しにいこう」
「楽しみにしてるわ。今夜はどうもありがとう。すぴちゃん共々、たっぷり遊ばせてもらって、ほんと、たのしかったー」

いまだオーヴァーが必要なパリの春。あっちゃんへのお土産に持たせてもらったボンボンショコラと、テーブルに飾ってあった蘭を両手に持って、眠りに就いたエッフェル塔を眺めながら、家へとタクシーを走らせる。あー、今夜もたのしかった!


ven.4 mai 2001



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