「ル・サンク」のあるフォーシーズンズホテル・ジョルジュサンクの花のデコレーションの美しさを目の当たりにすると、そこにつどう女性の姿がかすんでしまう。あでやかにエレガントに咲きこぼれる花の美しさに、並大抵の女性美はかなわない。何度となく足を運んでいるこのホテルに、今夜は、美しさを自画自賛しているような花たちも思わずひるむだろう、美人さんたちを連れて訪れる。顔の彫り深くあでやかなダンサーの姉に、モデル顔負けのプロポーションを要した女優の卵の妹。その美人姉妹の魅力に、さらに気品と洗練を加えると、それが彼女たちのママのイメージとなる。毎度お馴染みの花をバックにしての記念撮影も、いつもなら花が主役になるところなのだが、あまりに華やかな母娘3人の姿に目が釘づけで、花なんて目に入らないくらいだ。そのまま「ヴァンサンカン」あたりの表紙に使えてしまいそうな、この優雅なホテルにぴったりの美人3人と一緒にいる私の立場については余り考えを巡らせずに、さ、「ル・サンク」に行きましょ、行きましょ。
「美しい女性たちに敬意を表して、パトリスと僕から」嬉しそうに目を細めて(いつも細いか)、クリストフがシャンパーニュをごちそうしてくれる。そりゃ、嬉しいだろう。こんな美女3人も連れてきちゃったんだから。パトリス、お休みで残念ねえ。いつもは、「今夜もきれいだね」ってお世辞で言ってくれているのを、今回に限っては心の底から「ほーんとに美しい!」って言えたのに(笑)。軽くこげた香りと甘くとろけたフルーツの香りが見事にマッチしたグラン・シエクルなどすすりながら、いつもながらにワクワク楽しいお料理選びに浸る。
小さなガラスの皿に盛られた、なんてことないくせに非常においしいアーティショーと生ハム、可愛いミニミニタジンに入ってきたランティーユ(レンズマメ)。2種類のアミューズを味わいながら、女4人のおしゃべりがはずむ。楽しいよね、こういう集まりって。それにしても、丸いテーブルに中央に置かれた花が邪魔なんだよなー。今まで見たことのないスタイリッシュな花瓶に、すらりと背の高い紫カラーが2本投げ込まれている。ちょうど、正面の人の顔が隠れる高さなんだ、これが。今までの、ガラスのお皿に低くアレンジされたランやバラが素敵だったのに。レストランのテーブルに置くものとしては、ちょっとバランスが悪いよね。そんなことが分からないようなジェフじゃないと思ってたのになあ。
そんな思いを敏感に察したか、クリストフが近寄ってくる。
「邪魔じゃない、この花?大丈夫?」
「ちょっとね。きれいだけれど。この花瓶、初めて見たわ」
「うん、ちょっと前から使いはじめているんだよ」
「これもジェフのお見立て?」
「ううん、ムッシュ・XXX(ピーッ!)のセレクトなんだ」
「ハハ〜ン、納得しちゃった」どうも変だと思った。やはりXXXの仕業だったか。今日はXXXいないんだよね、と安心していたら、こんなところに痕跡を残していた。
気持ち横に花を寄せてもらってアントレの到着に供える。5月に来た時に、散々迷ったあげくに「リゾット」に負けてしまった、「カヴィアのブランマンジェ、アヴォカ(アヴォカド)とノワゼットのオイル」が、今夜のアントレ。ここのスペシャリテ、「クレソンのヴルーテ、カヴィア添え」は、叔母様にお勧めしてみる。さて、ブランマンジェちゃん。アヴォカの緑、ブランマンジェの白、カヴィアのグレーがかった黒が、とてもすずしげな、夏らしい作品。ブランマンジェに入ったアマンドの香りと、オイルのノワゼットの香りが、それぞれ甘くこうばしく香り、よく熟れたアヴォカの甘みとカヴィアの塩気にベストマッチ。いーですよー、すきですよー!アヴォカにノワゼットオイルというのは、「ラストランス」でも感動したけれど、実にベストマッチな素材同士。今度うちでも試してみよっと。クレソンのヴルーテにボトリと落とされるのは、イラン産の高級カヴィアだけれど、ブランマンジェのカヴィアは、最近アキテーヌで取れるようになった、国産カヴィア。お味とお値段、どれくらい違うのかしら?夏らしくすずしげで軽やか、でも味は浮ついていない。見事なアントレですね、ムシュ・ルジャンドル。
種類の増えたパンを齧り(ここ、パンが前からイマイチなんだよねえ。種類が増えたとは言っても、やっぱり味は、他の2つ星に負けている)、若いコンドリューを楽しみながら、プラの到着をワクワクしながら待つ。
「エ・ヴォアッラー!あなたたちの鶏の到着ー!」クリストフの先導で、大きな銅製のココットが運ばれてくる。「ブレスの鶏とオマールのココット、ジョルジュサンク風」は、オープン間もないこのレストランに初めて来た時に、横かその横くらいのカップルがめしあがっていた料理。いつかこれを食べていな、と思いつつも、「クラッシックな料理だし、いつでもあるから、、」とパトリスに言われつづけ、一度も味見をしていなかったここのスペシャリテの一つ。エレガントな手つきでココットを密封していたパンの部分を取り除き、黒足も生々しい鶏と赤くなったオマールを見せてくれた後、デクパージュの体勢に入るクリストフ。ガンバレー、鶏を裁くのは難しいよね。
「はい、どうぞ。胸の部分とオマールに、ビスクで作ったソース。こっちがソ・リ・レスだよ。ボナペティ!」わーい、そりれすだー、そりれすだー♪鶏の肉の中で一番おいしい部分といわれるソ・リ・レスは、一羽からこの小さなかけらが2つしか取れない、貴重な部位。場所が分かりづらく取りづらいので、知らないとそのまま骨の残してしまう、というところから、ソ・リ・レス(ばかはそれをそこに残す)という名前がついた。ラヴレーの名作「ガルガンチュア物語」ににも、これにまつわる面白いエピソードがあったりする。
ブレスの鶏を最高においしくいただいたのは、もう5年も前。レストラン巡りをはじめた初期、この鶏のお膝元、ヴォナは「ジョルジュ・ブラン」でのことだった。ブレス鶏の料理で3つ星の栄誉に輝くこのレストランで食べた、「鶏、鴨、鳩の3種類のブレスの鳥のポ・ト・フー」の味には仰天したっけね。以来、高級レストランで何度かブレスの鶏を食べているが、どれもこれも「ジョルジュ・ブラン」のそれにはかなわない。やっぱりブレスはブランで食べないとだめなのかなあ。今夜のブレス鶏も、そりゃまあ確かにおいしいけれど、感動のあるおいしさではない。オマールもブレスも、素材がいいだけにお味もいいけれど、感動という名のエッセンスが欠けているんだ、この料理。やっぱり料理には、ちょっとした驚きと感動が入り込んでいないといやだな。
食べ終わってお腹いっぱいになったところに、今度は腿肉がこんがり焼かれて、サラダに付き添われてやってくる。極上のケンタッキー・フライドチキンとなった腿肉、こちらはとてもおいしいのだけれど、もうお腹がいっぱいだよ。助けてー。めずらしくも、少し残したりしてみる。ピュスに持って帰ってあげれば、喜ぶのになあ。嬉々として骨までかじるだろう。
「フロマージュ?もういいわあ、お腹いっぱい。デセールもいらない。私はディジェスティフをいただきたいわ」と叔母様の訴えは、日本語が分からないクリストフにはやんわりと無視されたらしい。
「ヴォアラー。よかったら、アヴァン・デセールに食べてね。フルーツのスープだよ。僕、明日も朝からだから、申し訳ないけれど先に失礼するね。どうぞゆっくり楽しんでいって」
「メルシー、クリストフ。またねー、ボン・ヴァカンス!」引越しをしたばかりで、くたびれ果てて目の下にくま作っているクリストフを見送って、エキゾチックフルーツのスープにスプーンを近づける。
「ル・サンク」ではじめて口にする、ロランのサインが入っていないデセール。今までに行った、どんなレストランのデセールよりも、私はロラン・ジャナンのデセールが好きだった。味もドレッセも、とても洗練されたロランのデセールは、特にそのショコラと粉もののお菓子が、私のお気に入りだった。強いて言えば、グラスのたぐいは、ちょっと普通に近かったかな。いずれにしても、本当に素晴らしい皿盛りデセールを作ってくれたロランが「ル・サンク」からいなくなって、今夜がはじめてのディナーだった。タイユヴァンからやってきたあたらしいシェフ・パティシエの作るフルーツスープは、上品にまとまっていてお味もグー。ロランのお菓子と比べる訳にはいかないけれど、「ル・サンク」のレヴェルにふさわしいものだ。
デセールの「白桃のロティ、サブレとグラスを添えて」も、思っていたよりも上出来の作品。煮込んだモモの上品な甘みに、ごく出来のいいサブレのサクサク感がいい感じ。サブレに添えられたクレームもいいですね。オリーヴオイルのグラスも上出来。「レ・ゼリゼ」のアランが作るのと、どっちがおいしいかなあ?モモとグラスにかけられた、細いビスキュイが美味。これはもっと欲しい。美人さんたちにも味見をしてもらわなければ。おねが〜い♪して、ブドウの枝のような細いビスキュイをたくさんゲット。これは結構、エヘエヘなおいしさだ。プレゼンはいまひとつ垢抜けないけれど、まあ一応合格でしょう。それにしても、ロランの皿盛りデセールが恋しいなあ。
叔母様の待ち焦がれていたディジェスティフ時間がようやく訪れ、シャンパーニュのマールの香りを嗅ぎながら、プティフールをつまむ。横のテーブルの不思議なカップルや、ちょっと離れたテーブルにいたジェシカ(だったっけ?)そっくりのマダムなど、今夜のお客様の話題で楽しく盛り上がり、女4人の賑やかで華やかな夜が更けていく。
sam.4 aout 2001