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グルマン・ピュスのレストラン紀行


リシャール・クタンソー(Richard Coutanceau)

コート・ダジュールへの郷愁に突然胸をかきみだされ、出発の数日前にいきなり行き先を変更してしまった去年の8月ヴァカンス。本当は、イル・ドゥ・レに行くはずだったんだけどね。ホテルまで予約していたのに、私ったら、嬉々としてキャンセルの電話して、ニース行きの飛行機とって、アントワネットちゃんちの予約が取れたのに気をよくして、あっという間に南仏のスケジュールを立てちゃったっけ。カーニュ、カンヌ、そしてグラースで、海とプールと美食と猫にうつつを抜かして、「ああやっぱり、年に2度はここにこなくちゃやってられないわぁ〜」と、愛する土地を満喫した。

楽しかったコート・ダジュール滞在だったけれど、時折チクリと胸の奥が痛むのは、イル・ドゥ・レに思いを馳せる時。ロメールの映画の舞台になり、パリジェンヌがヴァカンスに行くならやっぱりここよね!とご指名する、大西洋に浮かぶ小さな島。フランスの首相の毎年のヴァカンス先も、このひなびた小さな島だ。私自身、ずっと前から一度は行ってみたいな、と思っていたイル・ドゥ・レに、ようやく行くことが出来たのは、去年の突然ブッチしたヴァカンスからちょうど1年後。コルス(コルシカ)ドライブをするはずだったヴァカンスが、好みのホテルを取れなかったためつぶれた代替案として、急に浮上してきた。

大西洋岸の港町、ラ・ロシェルからバスに揺られて30分。車の乗り入れが厳しく制限された、こぎれいでしなびたイル・ドゥ・レの東はずれの町、ラ・フロットに到着する。フランスでも有数なタラソテラピーの設備を備えた贅沢な滞在型ホテルで、のびりヴァカンス。ホテルの目の前に広がるこぢんまりとした砂浜で、お城を作ったり、赤ちゃんハントしたり、バドミントンしたり、泳いだり、飛び込んだり、、、。塩水に飽きると、ホテルのプールサイドでうとうと。タラソでリフレッシュして、キュートな町を自転車で散策して、古いマルシェでフレーズ・デ・ボワをほおばったり、名物の塩を買ったり。ぼんやりもののカモメたちににえさをやったり、夕日を眺めたり、朝まだ浅く、人影のない浜辺を歩いたり、、、。ミシュランの星が一つついているのが信じられない、ホテルの夕食にだけは閉口したけれど(朝ご飯は、まあまあだった)、のんびりだらりの、ヴァカンスらしいヴァカンス。いいなあ、こんな生活、1週間くらい続けたい。

パリに戻る前に、港町ラ・ロシェルで1泊。チャーミングさに溢れたイル・ドゥ・レに比べると、街も海も可愛くない。こんなことなら、もう1泊、あっちに泊まってくればよかったかなあ。そんな、街としての魅力はさほどないラ・ロシェルだけれど、この街一番の、というより、この地方一番と評価の高いレストランは、その名に恥じないものだった。

soleil大きなガラス窓の向こう側に、大西洋が黄昏ていくのが見える。白と明るい緑が印象的な、垢抜けない風ながらも雰囲気のいいレストランで、シャンパーニュ・アミューズかじり、ペッシュのクレームを落としたシャンパーニュすすりながら、終わりかけている夏をしのぶ。すっかり焼けてしまった肌の色をみんなで競い合い、イル・ドゥ・レの話しながら、いかにも田舎の高級レストランらしいデザインの、大き目のカルトを開く。きっちりアイロンのかけられたテーブルには、クリストフルのカトラリーが並び、飾り皿と同じ色のロウソクに灯がともされる。唇に触れるグラスはあくまで薄く、お酒を一段とおいしくしてくれる。

ああ、やっぱりこうでなくてはね。過去2日間の夕食を思い出してため息を吐く。ほんとに分からない。どうしてあの料理に星がつくのだろう?ホテルのステイタスに対してつけた、としか思えない。それでも1人、素晴らしいセルヴールちゃんがいたっけね。キャロルに負けず劣らずの優秀セルヴーズちゃん。私がパリにレストランを持っていたら、ぜひ引き抜きたいと思うようないいサーヴィスをしてくれた。

独創的な魚料理。「リシャール・クタンソー」のカルトに並ぶ料理を一通り見た後の感想はこんな感じ。ちょっと変わった香辛料や風味を大西洋で上がる魚に合わせているらしい。よっぽど相性のいいレストランでしか冒険家にならない私は、「ラングゥティヌ(アカザエビ)のラヴィオリ」に「バー・ドゥ・リニュ(一本釣りのスズキ)のロティ」と、ひどく常識的な料理にまとめる。冒険家のよこちゃんは、なにやら不思議な料理を選び出している。うーむ、どんな味なんだろうか、、、。こんがりと焼けた肌が美しい、マダム・クタンソーの助力を得て料理を決定。

「ワインはいかがいたしますか?」眼鏡をかけた、割腹のいいおじさまが聞いてくる。
「この地方のもので探してるのですけど、、、」
「AOCではないのですが、面白いワインがあるのでいかがですか?本当にこのすぐ側で取れたものなんです」
「面白そうだけど、、、。サヴニエール辺りですてきなのはないかしら?クレ・ドゥ・セランしか飲んだことなくて。素晴らしいお酒だけれど、他にもいいの、あるんじゃなあい?」
「ああクレ・ドゥ・セランがお好きですか?ではぜひこちらを!同じジョリーが作っているものなんです。クレとはまた別のサヴニエールらしさがあっていいお酒ですよ」
「じゃあ、それにします。楽しみ、どんなサヴニエールなのかしら?」もともと、そんなに好みではなかったロワールのお酒だけれど、「ル・ジャルダン」のステファンの地道な啓蒙活動のおかげで、少しずつこの地方のお酒に好みの子を見つけられるようになってきた今日このごろである。

程なくソーといっしょにお酒が運ばれてきて、デギュスタシオンのお時間。キラキラ光る深い黄色のお酒がグラスに注がれる。クン。いい香りぃ〜、好き好き、こういうちょっと膿んだ感じの香り。コクン。いいお味ぃ〜、好き好き、こういうちょっと熟れた感じの味。
「いかがですか?」先ほどのソムリエおじさま。
「とても好き。いいお酒を勧めてくれてありがとう、ええと、、、?」胸を張っておじさまが答える。
「ジャックといいます。メートル・ドテル兼シェフ・ソムリエです」
「ありがとう、ジャック」
「どういたしまして」
「みんな、彼の名前はジャック。ご挨拶して。ボンソワー・ジャック。はい!」
「ぼんそわー、じゃっく!」頑なフランス語でご挨拶をする、すぴちゃんたち3人である。

amuseアミューズが運ばれてくる。
「マクロー(サバ)のマリネです。ボナペティ」軽くマリネされた、なんてことのないマクローなのだけれど、おいしいんだ、これが。
「おーいしー!イル・ドゥ・レのホテルと全然ちがーう!」目を丸くするよこちゃん。よかった、ちゃんおいしいものを食べてもらえて。昨日までのレヴェルがフランスの地方のレヴェルだと思われたら、ちょっと悲しいところだった。
「ほんと、おーいしーねー!」コマツも同調。コマツとは、3年前にいっしょにフランス南西部をひたすら食べ尽くす、超ゴージャスなグルメ旅行をした仲だ。あの時体験した、素晴らしいレストラン達を知っているだけに、きっと彼女は昨日、一昨日と、「あれえ?なんだか前の旅行の時とちが〜う?」と思っていただろう。ようやく、前回の旅行に近いレヴェル料理が出てきて、安心しているに違いない。お酒もおいしく、アミューズもおいしい。いい夜になりそうだ。

ravioleアントレは、「ラングスティヌ(アカザエビ)のラヴィオリ」。つややかなパットにくるまれたラングスティヌはあくまで柔らかくいいお味だけれど、んー、塩をつけたほうがおいしい?それは、コマツが頼んだ「ラングスティヌのタルタル」にも当てはまるようで、テーブルに置かれたイル・ドゥ・レの塩をパラリと振ると、どちらも俄然とおいしさを増す。うーむ、塩のよさを味わえ、というメッセージが込められているのか、、、?「ラングスティヌのラヴィオリ」といえば、やっぱり私にはエルヴェが作ってくれるものが一番おいしく感じるし、「ラングスティヌのタルタル」といえば、ブリュッセルは「ブリュノー」で食べた、カヴィアを添えたタルタルが忘れられない。

とまあ、ふたつのラングステゥヌ料理はまーまーの味なのだが、すぴちゃんとよこちゃんがオーダーした、「ランド産フォア・グラのポワレ」は前代未聞の美味な一品。「なんでまた、こんなところに来てまでフォア・グラを頼むんだろうねえ」なんて笑いながら頼んだ料理だったのだが、これがもう、素晴らしい!の一言に尽きる。

「すっごい、このフォア・グラ!こんなにおいしいの、食べたことないわ!」フォア・グラ好きのすぴちゃんが、目を丸くしてこう言うからには、間違いないおいしさなのだ。同じく、フォア・グラのポワレについてはかなりうるさい私にしても、ひとくち味見をしたとたんに、口がダー。
「な、なんだぁ?なに、なに?なあにっ、このフォア・グラはっ!?」開いた口がふさがらない、とは、まさにこのこと。中はとろけて外はこんがりと焼き上げた、絶妙の火の通し方。添えた果物はブドウを甘く煮込んだもの。このブドウの酸味と甘みが、香ばしさとトロトロ感が一体となったフォア・グラによくあっている。なんとも甘ったるく柔らかな、そのくせ塩と胡椒のアクセントがキリリときいた、素敵な香りと味が、口内と鼻孔にたまっている。すごく上出来なフォア・グラだ。確かに今まで食べたポワレのフォア・グラの中でも1,2を争うものだろう。いやはや、魚が得意のレストランで、思いがけない料理に感動してしまった。

このフォア・グラにサヴニエールの適度に膿んだ感じの濃さが、がまたよく合うんだ。
「いかがですか、お酒は?」ソムリエ・ジャックが聞いてくる。
「すばらしい。とても好みだわ。フォア・グラとの相性が、すてき」
「ええ、ええ。ジョリーの作るお酒は、どれもすばらしいんです」
「この地方のお酒、お土産に買っていきたいな、って思っているのだけれど、ジャック、どこかいいお店、紹介してくれません?」
「もちろんです。1件、いいところがあるんです。あとで地図を書きますね」
「メルシー、ジャック」

barプラのバー(スズキ)が運ばれてくる。お花だか海草だかよく分からない形の、ガラスのお皿が可愛いんだ。こんがりと焼けた皮の匂いがたまらないこのバーは、間違いなく夕べ食べたバーとは別物。フランスの魚の中で、多分一番好みのお魚。やはり姿もこうあって欲しい。脂がのってむっちりねっとり、歯にしがみつくような白身の柔らかなおいしさ。パリパリの皮のこんがりとした味と歯ごたえ。んー、やっぱりバー、好きだなあ〜。きれいにカットされたローリエの葉と、トマトの皮を焼いたものがアクセントに皮にささっている。ソースの緑は、バジルの緑。夏味たっぷりのバジルのソースがお上手だ。とても足りない、これだけじゃ。もっと欲しいよ、バジルのソースが。

さっそくメートル・ドテル・ジャックに熱い視線を送る。「見て見て、私を!私を見てよー!」殺気を感じたのか熱い思いを感じたのかは定かではないが、いずれにしろ、すぐに視線に気づいたジャックが足早にやってくる。
「ウィ、マドモワゼル?」
「あのね、このバジルのソース。すごくおいしい。もしよければ、、、」
「もっと持ってきましょう。ただいますぐに!」本当にすぐに、ソースを持ってきてくれるジャック。わざわざてづから持ってきてくれて、なんだか今は、セルヴール・ジャックって感じ?たっぷりとソースをもらって、うひゃうひゃしながら、残りのバーを平らげる。チビチビのニンジンも、ジャガイモのガレットも、みんなみんな非常においしい。

「なんか、典型的な田舎の二つ星だね」
「あ、やっぱりそう思う?ほんと、典型。雰囲気も客層も、料理もセンスも」地方のレストランについての話が弾む。すぴちゃんと私は、地方のレストラン大好きっ子だし、コマツなんか、パリのレストランは全然知らないのに、地方の最高のところだけ知っているという、不思議な体験の持ち主。フランスの美食に初めて触れるよこちゃんは、「レストラン」というフランスの文化のすばらしさについてとくとくと語る私たちの話に、目を丸くしている。いつか一緒に行こうね、よこちゃん。地方の最高のホテル・レストランに。

pecheフロマージュはすっ飛ばして、デセールの時間へ。夏の終わりを忍ぶように、「桜桃のアブリコ(アンズ)焼、アマンド(アーモンド)のグラスを添えて」を選んでみる。この夏は、本当によくモモを食べた。白桃、黄桃、それにだーい好きな白ブルニョン。メロンと並んで、毎日飽きずにせっせとモモを摂取した夏だったね。アブリコの酸味が黄桃の甘みによくなじんだ、暖かなデセール。冷たいグラスが舌を喜ばせている。添えられた、細長のパイがおいしいな。

地方らしくクラッシックなデセールが並ぶ中、よこちゃんは、「クレープ・シュゼット」などを頼んでいる。地方といえども、独創性を謳う高級レストラン。そこはちょっとひねって、グラン・マルニエでなくアブリコのリキュールで作るシュゼットだ。保温器が運ばれ、今度はメートル・ドレルの仮面をかぶったジャックが、威厳をもってクレープにリキュールと砂糖を振り掛け、火をつける。おお!フランベした炎が美しい。テーブル中に漂うアブリコのいい香りに鼻がうっとりしてしまう。

お腹いっぱい幸せいっぱいで、お茶をすする時間を迎える。珍しくも、ドゥブル・エクスプレスなんて頼んで、喧嘩しそうな数のプティ・フールをつまむ。ちゃんと1種類につき4個ずつ持ってきてくれなくちゃ、だめじゃないねえ?

再びソムリエに早変わりしたジャックが、友達がやっているというカーヴを教えてくれる。
「おいしいサヴニエールがあるといいんだけどなあ。今夜飲んだのがあれば、最高なんだけど」
「今夜のは、多分ないと思いますが、いいお酒をそろえていますよ」

今夜は最後のお客様になるのを免れたようだ。まだ一組残っているお客様を眺めながら、席を立つ。受付のところにいたジャックとおしゃべりしたり写真取ったり、カルト分けてもらったり、またひとしきり楽しい時間を過ごしてから、ようやくレストランを後にする。あー、楽しくおいしい夜だったね。

とっぷりと暮れた空には、さっきから時折稲妻が光っている。明日から雨になるらしい。夏がほんとに終わっちゃうんだ。気づかないほどに細かく降り始めた雨を気にしながら、ホテルまでの短い距離を足早に歩く。ラ・ロシェルの「リシャール・クタンソー」は、過不足のない典型的な地方の二つ星レストランだ。


mar.28 aout 2001



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