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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・ゼリゼ (Les Elysees)

溺愛したレストランがある。なにもかもを、ただひたすらに好いた空間だった。「一番好きなレストランはどこですか?」そう問われれば、「ゲラールのプレ・ドゥジェニー、モンテカルロのル・ルイ・カンズ、それに今はもうありませんが、パリのル・レジャンスです。」そう答えを返す。

めぐり合ったのはリニューアル後の99年10月27日。別れは5ヵ月後。なんという5ヶ月だっただろう。10月に恋に落ちてから、まるでなくなることを感じていたかのように、熱くこのレストランを愛した。体の細胞が一つ一つ震えるようなエリック・ブリファーの料理。フェミニンで誠実な彼の作品を、どんなに味覚と嗅覚は喜んだことだろう。そんな料理を包み込む、優しい色が美しいエルメスの食器と、ずしりとした重みが心地よいピュイフォルカの銀器。柔らかなラインが美酒を引き立てたサン・ルイのグラス。しわ一つないナップにはロウソクが揺らめき、大きなテーブルがうずもれてしまうほどのお菓子たちに歓声を上げて、ステファン・ミランを褒め称えた。

そして、パトリス、ディディエ、クリストフらの、気が遠くなりそうに素晴らしいサーヴィス。質が高い、というだけではない。あんなにホスピタリティーと愛情にあふれたサーヴィスを、私は他の店で受けたことはない。内装、テーブルアート、料理、デセール、サーヴィス、雰囲気。すべてを、本当に全てを愛した「ル・レジャンス」は、2000年の春、アラン・デュカスにその場所を譲り、そして幻となった。

「ル・レジャンス」に通った日々から、3年もの月日が流れた。パトリスは「ル・サンク」に移り、クリストフも「ル・ブリストル」経由「ル・サンク」へ。ディディエは「プラザ・アテネ」に残り、シェフ・パティシエだったステファン・ミランは郊外に自分の店を開いた。ブリファーさんは?いろいろな話はあった。世界中から。でも、彼の料理哲学とこだわりにマッチングするオファーはなかなかなかった。このまま、あの才能に再開できずに終わってしまうのかな、と、半ばあきらめかけていた2002年の秋に飛び込んできたニュースに私は狂喜乱舞した。エリック・ブリファーがこの冬から「レ・ゼリゼ」の厨房に立つ

新生「レ・ゼリゼ」になってひと月が過ぎ、ようやくブリファーさんの料理に再会する。12月に行きたかったのは山々だけれど、オープニングの混乱時に行くのがためらわれたのと、「ル・レジャンス」を一緒に愛したMちゃんと喜びを分かち合いたい、と、訪問を延ばしていた。その間に取材で何度かブリファーさんと話をし、期待と思いはどんどんつのっていった。

分かってる、あんまり期待しすぎちゃいけないって。ブリファーさん自身が言うように、まだまだ思い通りにならないことは多いしこれから少しずつ発展していく、そんな時期だ。場所も違えば、内装もスタッフも、「ル・レジャンス」とは違う。それを踏まえなくちゃね。期待のしすぎはあとが辛い。そう言いきかせはするけれど、期待せずにはいられない。だって、あのエリック・ブリファーの料理を、ようやくまた口に出来るんだよ!?興奮せずにいられるわけがないでしょう?マニキュアを塗る指がふるえてしまう。

「ボンソワー、マドモワゼル・ピュス!ようこそ、おまちしていました」満面の笑みをたたえて、フィリップが出迎えに来る。アラン・ソリヴァレス時代の「レ・ゼリゼ」は、私の大のお気に入りレストランの1件だった。メートル・ドテルのアランとシェフ・パティシエのアランがいた時代には、かなり通っていた場所。アランのあとを継いでメートル・ドテルとなったフィリップは、サーヴィスマンとしての資質がすごく高いわけではないけれど、サンパで感じはいいし別にイヤじゃない。そりゃまあね、モントゥリエさんやエリック、ジェローム、ローラン、ロジェら、極上メートルたち(この5人が誰だかわかりますか(笑)?)と比べることはできないけど、わがまま言ったらきりがない。

ギュスターヴ・エッフェル作のクーポールが美しいサロンは、決して洗練はされていないけれど、優雅でエレガントな装い。40席ほどというこぢんまりとしたスペースが、ブリファーさんのキャパにぴったり。カーペットや椰子の木などは、追々変更していく予定。早くやろうね、ブリファーさん。この古めかしいカーペットはあなたの料理に合わないわ。

お気に入りのテーブルに身を落ち着け、なにはともあれブリファーさんの現場復帰を祝ってMちゃんとシャンパーニュを掲げる。
friture「ヴォアラ!なにか思い出しませんか?」笑みを崩さぬフィリップが運んできたのは、うわ!うわっ!!「ル・レジャンス」のシャンパーニュ・アミューズのイカフライだ。懐かしいなぁ。大好きだった、これ。ちょっと香辛料が効いたイカフライ。前の時には時々エビも入ってたよね。セルヴィエットで作った器に竹串が添えてあり、プレゼンも「ル・レジャンス」時代そのまま。ああ、セルヴィエットの色が違うね。確か白だった、昔は。あとでブリファーさんに聞いたところ、「常連のお客様が、あのイカフライがないと寂しいよ〜、って言うからさ。作ってみたんだ」とのこと。嬉しい、、。パクンと口に入れる。ああ、この味だった。あのレストランの記憶がどっとよみがえってくる。プルーストのプティット・マドレーヌ状態だ、これじゃ。

うっとりしているところにアミューズの到着。「ポティロン(カボチャ)のクレームとオゼイユ(スカンポ)のムース」。横のテーブルに運ばれているのを見ながら、
「ねえ、あれ、アミューズよね?おっきいなあちょっと。スープ系でしょう、しかも?スープ食べるとおなかが膨れる」
「そうよねえ、あの半分の量でいいのに。あとが辛くなるわ。フロマージュも食べたいのに、今夜は」なんてひそひそしていた私たちは、このアミューズを一口食べた瞬間に、
PotironOseille「ゴメンナサーイ!さっきの言葉は取り消します。もっともっとください、これ!」と懺悔。そもそも、ブリファーさんが出す料理に文句をつけた私たちが悪い。大きめのグラスに入っているとはいえ、いたく軽い、まさにアミューズ向きの一品。どうしてこんなに軽く?と驚く、風味豊かなポティロンのスープ。風味豊か、というか奥深い。「ル・レジャンス」で出していた、強烈においしいポティロンのヴルーテが記憶によみがえる。エスプーマで仕上げた淡雪のようなムースにはしっかりとオゼイユの香りが自己主張し、アクセントにふったシナモンとの相性が絶妙。上から下まで、一気にスプーンを入れて、トロリと混ざったところを口に入れたときの幸福感は、言葉にしようがない。これが、エリック・ブリファーだ。私の琴線をかき鳴らす、エリック・ブリファーの料理だ。再会の感動に心が震える。

legume racineア・ラ・カルトから4品。全て半分こにしてもらって、わがままムニュ(コース)を構成する。「冬の根菜、ポトフのジュレを添えて」が今宵の最初の料理に選んだ作品。カブ、ポワロー、ニンジンなどの野菜をそれぞれにふさわしい歯ごたえを残して茹で上げ、肉の香り豊かなジュレを散らしたもの。季節柄、トリュフを添えるのはお約束だよね。いいんじゃない。あっさりとさわやかに野菜と肉の旨みをいただける。アミューズのインパクトが強すぎたか、大きな感動はないけれど、真摯な一皿だよね。ま、正直言えば、同じ火を通した冬野菜料理なら、「59ポワンカレ」の野菜のココットのほうが好みだけど。シェフの顔と合わせて♪

st-jacque二つ目のアントレは、「ル・レジャンス」で私を夢中にさせた、「サン・ジャック(ホタテ貝)のカルパッチョ、マンゴーとカヴィアを添えて」。レタス系の葉っぱの上に乗せられた、薄切りのサン・ジャックの白。その上にかぶせられた、カヴィアの黒とマングーの黄がきれい。あ、プレゼンがちょっとだけ違うのね。前のときは、フレッシュとドライと、2つのマングーが乗っていたはず。香草類ももっと飾ってあって緑の分量が多かった記憶がある。ほぼ3年ぶりの再会に、なんだかちょっとドキドキしながら、カトラリーを手に取る。

「ル・ブリストル」のトリュフサラダといい、ブリファーさんのこのサラダといい、私、レタス系の葉っぱの上に乗った薄切り物に弱いよね?葉っぱの軽さが主素材の魅力をより引き出すのか、はたまた葉っぱ自体のおいしさが偉いのか。どっちでもいいや。とにかくおいしいもん。サン・ジャックのとろんとした甘味、カヴィアのねっとりとした塩味、葉っぱ類のきりりとした苦味が程よく交じり合って、うっとり味。強いて言えば、マングーの甘味が足りないかな。確か「ル・レジャンス」では、マングーの熟れた甘味がこの料理をより一層魅力的にしていた気がする。記憶の美化?ううん、そんなことない。確かにマンゴーがもっと主張していた。まあ、これも十分においしいけれどね。次回また、試してみましょう。

続いて、豊作トリュフに敬意を表して「トリュフとポワロー(西洋ネギ)の極薄タルト、甘い玉ねぎのムース添え」をいただく。2つ並んだトリュフ料理から、散々悩んだ挙句に選び出した一皿は、さっくりパイ生地の上に、細かく刻んだトリュフとポワローがぎっしり乗ったもの。ポワローの辛さが舌に残るな。ちょっと強烈かも。日本のネギみたいな強い辛味。トリュフの強い香りすら、このポワローの饒舌ぶりにちょっとタジタジ。もう少し、ポワローに甘味がある方が好みだけどね、とMちゃんと肩をすくめる。あとでブリファーさんに聞いてみると、「ポワローとトリュフの、辛味と甘味のコントラストを楽しむんだよ」と。意図することは分かるけど、私たちには、ちょっと強すぎるポワローだ。

別皿、というか別グラスで運ばれてきた、辛味の弱いオニオンのムースは、絶品!ぜっぴん!!ゼッピンピン!!!軽やかにモンテされたクリームの、どこまで奥深くどこまで愛らしくどこまで魅力的なこと、、、。恍惚とする。こういうやわらかさに満ちた女性的な料理は、まさにブリファーさんの才能をめいっぱい見せてくれるね。

cappeccino truffe次の料理の進行が遅れてるのかな。ムニュ(コース)のデビューを飾る、「トリュフ、ランティーユ(レンズマメ)、フォアグラのカップチーノ仕立て」が運ばれてくる。ありがとねー、とニッコリ笑いながらお礼を言うけど、心の中でちょっとだけ肩をすくめる。あーあ、これで今夜もまた、フロマージュにたどりつけないなあ、、、。ま、いいか。フロマージュはいつでも食べられるしね。周りのテーブルがさもおいしそうに口にしていたこの料理を、味見できるのはとても嬉しい♪

そもそも、字を見ただけで好み中の好み。弱いのよね、ランティーユにもトリュフにもカップチーノ仕立てにもフォアグラにも。しっかりとした味つけの、どこまでも誠実な料理。フォアグラ・フランの部分が「ジャマン」のアミューズを思い出させる。好き好き好きよ、大好きな味だわ。ただ、おなかいっぱいになっちゃったよぉ〜。も、ダメかも。食べられないかも、、、と、かなりいっぱいいっぱいのお腹をもって臨んだ最後のcochon「子豚のフィレ、シャテーニュ(栗)とポム(リンゴ)添え」に驚愕する。おーいしい!おいしい、なんてものじゃない!感動的!なんて、なんて、なんて、、、、。ああダメだ、言葉が続かない。人間、あまりに感激すると、言葉を失うものである。先月、オペラ・バスティーユでヤンヤンの姿を見たときみたいに(笑)。

肉のおいしさを極めたようなかぐわしい香りに鼻腔を震わせ、クリームにナイフを引いたかのように、限りなく柔らかく切れてゆく子豚を口に運ぶ。サクリと歯にあたる感触にすでにクラクラ。品があり、高貴な感じすらする素晴らしい肉質を舌で味わったあとに、繊細な香りが鼻を抜けてゆく。たまらない。めったに味わえない、極上の感動だ。付け合せの栗もキャベツも言うことなし。焼いたリンゴは、もともとリンゴがそんなに好きではない私にとっては普通の出来かな。とにもかくにも、子豚に尽きる。この素材を、こんなにおいしく食べたことは、今までの人生の中でないよね。

バスク地方で特別に飼育されている豚だそうだ。シャルキュートリー(豚肉加工食品)を目的にした希少価値の高い種。特別に肉のままの状態で分けてもらっている、とのこと。すごいよ、すごすぎる。こんな豚を飼育している生産者と、その豚の価値を最大限に引き出したブリファーさんに、ただただ感謝するのみだ。

「フロマージュは、マドモワゼル・ピュス?」
「冗談でしょ、フィリップ?もうなにも食べられないわ、、、」
「あははは。まだまだ!デセール、2つくるからね」とさっそうときひずを返すフィリップの背中にむなしく小声で、
「あの〜、無理です〜。デセール2つなんてとてもとても、、、、」と呟いてみる。

「ヴァニーユのミルフォイユ、アナナ(パイナップル」を半分くらい食べたところで、完全にノックアウト。なぜ2つ目のデセールを拒絶するの?と悲しそうな目をするフィリップに、お茶をお願いする。デセールは、「ル・レジャンス」時代のパティシエ、ステファン・ミランのルセットのままだね。他のテーブルに運ばれていくモン・ブラン、懐かしいな。初めてのときに食べたんじゃなかったっけ。さすがにデセールまでは手が回りきれないか、まあまあのでき。ヴァニーユを散らしたアナナのソースは素敵だけれど、ミルフォイユとなかのクレームは普通かなあ。ま、そのうち、ね。

マントフレッシュのお茶を飲みながら、ディナーを振り返る。幸せ。この一言に尽きる。確かに、完璧に好みに合う、とは言いがたい料理もあった。でも、そんなことは忘れるくらいに、たくさんの感動をくれた。なによりも、ブリファーさんの料理と再会できた喜びが大きい。

ちょっと流行遅れな内装も、料理に比べてあまりにマスキュラン(男性的)なサーヴィスも、ブリファーさんのセンスとはマッチしない。それでもとにかく、始まったのだ。最初の一歩を踏み出したのだ。時と共に、少しずつ改善していけばいい。内装のコンセプトは、ブリファーさん自身がしっかりとしたイメージをもっているだろうし、サーヴィスの方は、同じグループの「ル・ジャルダン」からジョスランやジェロームを引き抜いちゃえばいい。彼らのフェミニンな立ち振る舞いこそ、ブリファーさんの料理にふさわしい。ほんとはパトリスが一番だけど、今の職場を離れるわけにはいかないしね。

なにはともあれ、彼の料理を再び口にできるようになった喜びに素直に浸ろう。ブリファーさんと、「ル・レジャンス」や「レ・ゼリゼ」のことを話しているうちに、喜びあふれた夜が更けていく。厨房に戻ってきてくれてありがとう、ブリファーさん。


mer.15 jan. 2003



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