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グルマン・ピュスのレストラン紀行


レ・プレ・ドゥジェニー ゛ミシェル・ゲラール"(Les Pres d'Eugenie ゛Michel Guerard")

5年と6ヶ月。こう、数字にしてみると、あきれるほど長い年月な気がするけれど、まるで昨日のことのように、というのはちょっと大げさにしても、まるでひと月前のことのように、くっきりと鮮やかに覚えている。ミシェル・ゲラールのレストランを初体験した夜のことを。

会社を辞めて、2度目のフランス滞在をはじめて間もない頃だった。復活祭の休日、雨交じりの寒い早春に、フランス南西部グルメ旅行をした。「オーベルガード」☆☆、「サントネール」☆☆、サン・テミリオンのレストラン☆(これは、どーでもよかった)、「ルレ・ドゥ・ラ・ポスト」☆☆を経て、最終日に訪ねた「レ・プレ・ドゥジェニー」☆☆☆で、ショッキングなほどの感動を受けた。以後、ミシェル・ゲラールの「レ・プレ・ドゥージェニー」は、「ルイ・カンズ」、在りし日の「ル・レジャンス」とともに、私が最も愛するレストランの1つになっていた。

たった一度だけ感動を味わったレストランに、その後も行きたい行きたいと思いつつ、そのアクセスの悪さに負けて、なかなか足を運べなかった。この5年余り、さまざまなレストランを体験しては、「レ・プレ・ドゥージェニー」を思い出してため息をつき、私の記憶の中でどんどん美化されてしまった憧れのレストラン。正直なところ、久しぶりの再会にちょっとだけドキドキしながら、この世の果てのようなウジェニー・レ・バンの村を目指す。

「レ・プレ・ドゥジェニー」正面ウジェニー・レ・バンは、ゲラール村、と呼んでいいだろう。小さな小さな村に、フランスきっての3つ星レストラン&ホテル「レ・プレ・ドゥジェニー」を筆頭に、最高に美味しいダイエット料理を出すダイニングとこぢんまりとかわいらしいホテル「メゾン・ローズ」、ゲラールさんが入り浸っているという、シンプルな焼肉料理を中心にしたレストランを併設した「フェルム・オ・クリーヴ」、それに、バラの花とハーブが茂るひっそりとした庭園にうずもれた「クヴァン・デ・ゼルブ」という、3つのレストランと4つの高級ホテルを敷地に併せ持っている。さらに本館の横には、温泉水を利用した療養所、奥には、内装を見るだけでため息が出るようなすばらしいエステ館を併設。庭の奥には温水プールやテニスコートもあり、ここはまさに、この世のパラダイス、極上のリゾート地。世界中の金持ちが集い、憩い、日々のストレス溢れる生活を忘れて、身も体も癒す場所。緑濃い樹々と色鮮やかな花、ハーブに取り囲まれた敷地には、澄み切った空気の中で高らかに歌う小鳥たちの声が響くのみ。あとは、気紛れに吹き付ける風に乗って葉を揺らす樹々のざわめき。そこに身を置くだけで、体の隅々まで清められていく。そんな感覚に襲われる、秘境のような場所だ。

5年半の後に再会したウジェニーの村は、記憶に残ってるそれと、どこも変わっていない。時の流れが止まってしまったかのような不思議な空気の流れる村に降り立ち、再びまたここに来られた喜びを噛み締める。

前回同様、たった1泊しか出来ない我が身が悲しい。3泊、せめて2泊できれば、☆☆☆レストランだけでなく、例の焼肉料理のすばらしい「フェルム・オ・クリーヴ」も試せて、エステもゆっくり体験できるのに、、、。ゲラールさんが大いに気に入っているという「フェルム〜」の味をぜひとも味わいたかったのだけれど、あいにく水曜日が休みだって。ついてない。せめて翌日の昼までここにいられればいいのだけれど、明日は明日で朝から予定が入ってる。まあ仕方ない。また今度。次に来るときに、絶対、ね。

レストランのサロンと言うわけで、☆☆☆レストランとの再会、となる。5年前と同じように、まずは、正面の庭に面したギャラリー風の廊下にしつらえられた贅沢なサロンででアペリティフの時間。アルマニャックとカシスのクリームを発泡酒に落としたオリジナルカクテルをすする。前に来たとき、これ、京子が飲んだよね。覚えてる。「アサリのココナッツクリーム、キウィ添え」という、もともとはパティシエだったゲラールを思い出す、アルマニャックベースのオリジナルカクテルに、アミューズほほえましいアミューズに、3種類ほどのシャンパーニュアミューズをいただきながら、目を細めてカルトを眺める。ああああああ、食べたいものがいっぱいだわ、、、。ふこふこのソファにどっぷり身を落ち着けて、カルトとの交歓を楽しむ。ゴメンネ、メートルさん。3度も引き返させちゃって。

料理を決め、こちらも楽しくゆっくりとお酒を選び、のんびりアペリティフをすすっているうちに、ゆるゆると時が流れていく。この時間の流れ方を、私は愛してやまない。なんとも絶妙なタイミングで、早すぎず、かといって、そろそろテーブルに行かなくちゃ、という気になる前、アペリティフを盛り上げる会話を堪能しきったタイミングを見計らって、「そろそろテーブルにいらっしゃいますか?」とメートル氏が出迎えに来てくれる。言葉に出来ない、実際に体感しないと、この醍醐味は分からない。こんな対応をしてくれるサーヴィスマンに出会えるのは、美食とのめぐり合いと同じくらい、ううん、時にはそれ以上に、感動する。

懐かしい、鉄製のウサギがテーブルに乗っている。変わらないのね。あ、そんなことない。花が変わっちゃってる。前は、細いカラフに挿した一輪挿しのバラが5つも6つもテーブルに乗ってた。このあしらいはでも、ホテルの部屋の部屋で生きていた。レストランの方は、鉢植えに花とハーブ類。セージやユーカリ、マジョレーヌが寄せてある。

アントレ。横の小皿が極上アスペルジュパンとバターが運ばれた後、流れよく、アントレが登場する。「ジャガイモとトリュフのサラダ、パリパリアスペルジュ添え」。5年半前、ここで食べたアントレも、ジャガイモとトリュフの料理だった。あの時はポタージュ仕立て。ジャガイモの皮に入ってやってきたそれに、私は心底参ってしまい、お代わりまでもらったっけ。あの味は、大のジャガイモ料理好きの私にとって、1つのスタンダードになった。今夜のサラダは、マーシュ(ちしゃ)にジャガイモの薄切りとトリュフの薄切りを敷き詰めた、オーソドックスな一品。美味しいに決まっているけれど、正直なところ、心震える感動はないかな。もちょっと素敵なものを期待していたのだけれど、期待が高すぎた?もちろん美味しい。ジャガイモのデリケートな柔らかさと甘味も味付けもいい感じ。ただ、期待していた感動だけがない。

ジャガイモ&トリュフの代わりに、付け合せのアスペルジュが感動させてくれる。パートフィロかなにかを巻いて揚げたアスペルジュが、かなり美味。この季節にこんなにすばらしいアスペルジュをいただけるなんて、思ってもみなかった。友達も、卵料理の付け合せになっていたアスペルジュに興奮してる。

スズキ。付け合せは、赤タマネギのタルトアントレの、ちょっとしたがっかり具合は、プラがたっぷりと補ってくれる。「バー(スズキ)のトリュフ風味、プチポワ(グリーンピース)添え」。何がいいって、まず見た目がいい。クリーム色のスズキに、プチポワとミントの鮮やかな緑が重なり、なんともきれいな色の取り合わせ。散らされたトリュフの黒がアクセント。色の遊び方を知ってるよね、ゲラールって。やっぱりパティシエらしさが料理に出てる。「僕はね、絵が大好きなんだ。画家が織り成す“色”にとっても惹かれるんだよ」と言っていたのがよく分かる。ちょっと甘めのプチポワにミントが爽やかに絡む。春に収穫した自家製プチポワを保存して使っている、と言ってたっけ。プチポワ好きの私には感涙もの。バーはギリギリまで浅く火を通してある。ほんの気持ちだけ、もちょっと火が通っていてもよかったかな。あと10秒くらい。ほろんほろんと口の中で溶けていく柔らかなバーにうっとり。5年前には、スピちゃんがバーを食べたね。春野菜を添えて。料理法は忘れたけれど、強烈な美味しさだけは覚えてる。これをきっかけに、バーはフランスで私が一番好きな魚になったっけ。

デセールはパスして、フロマージュをいただく。「ロックフォールのスフレ仕立て」。先注文したにもかかわらずなかなか出てこないスフレの代わりに、「待つ間にね」と運ばれてきた「シトロン(レモン)のグラニテ」に舌鼓を打つ。きれいな酸とすがすがしい舌触りが絶品の、すばらしいグラニテだ。ブラヴォ!

ロックフォールのスフレ。生加減が見える?ようやく登場したロックフォールちゃん。表面の焦げ具合は見事で一口目はとても美味。ロックフォールの塩気が温まってとてもいい感じ。なのだけれど、ちょっと火の通しが足りなかったか、スフレの下半分はほとんど生焼け。卵白のキラキラが見えちゃってるくらいに。これはちょっと、ねえ、、、。さすがに食べづらく、半分ほど残してしまう。
「きっとさ、最初のスフレ、火を通しすぎて失敗したんだよ。で、新しく作る間にグラニテが出てきたんだね」
「あはは、そーだね。で、次は、焦がさないように、と気をつけたあまり、火を軽くしすぎた?」
「うん、そんなところだろうね。難しいからねえ、スフレ」と、笑いながら、失敗スフレを、半分だけ、美味しくいただく。

プチフールたち。グレープフルーツのマカロンが絶品場所を、優雅なサロンに移して、カフェ時間。前みたいに、アルマニャックベースのクレームを添えたカフェを飲みながら、カヌレやパンプルムースのマカロン、チュイル、ショコラなどのプチフールをパクパクパクン。カヌレとマカロンが絶品。一個じゃ足りない。セルヴールくんを捕まえて、お代わりをねだる。程なく厨房から引き返してきたセルヴールくんが肩をすくませながらこう言う。
「ごめんなさい。もう、今夜の分は全部出てしまっていました」プチフールのあまりがないなんて、聞いたことないよ、残念。程なく、お隣の(といっても、ずっと遠くのソファだけど)カップルが席を立つ。彼らのテーブルを片付けながら、くだんのセルヴールくんがこちらをちらと向く。手には、プチフールの残ったプレートを持って。軽く首をかしげるセルヴールくんに、大きくうなづく私たち。時をおかず、私たちの前には、カヌレとマカロンが再びお目見え♪うっとりと、マカロンをかじっているところに、またまたセルヴールくんの登場。
「これが今夜の最後の残りです」と、さらに数個のマカロンとカヌレ。ひゃほ〜!でももう、お腹いっぱいで死んじゃうよ。これは大切に部屋に持って帰って、明日の朝ごはんにしましょうね。

目くるめくような時間だった。アペリティフへの迎え方。テーブルへの案内。サーヴィスのタイミングとソツのなさ。パンと料理のおいしさ。そこに集うお客様の雰囲気。全てがすばらしい。そりゃ確かに、アントレに目の覚めるような感動がなかったり、火の通し方がもう一歩、という点はあった。でもそれはどれもこれも許容の範囲。もう30年以上も前に一世を風靡したヌーヴェル・キュイジーヌの立役者だったゲラールさんも、もう70歳になる。気鋭の、凄みのある、冴え渡った、勢いのある、といった形容詞で、彼の料理を語ろうとは思えない。自然な、奥ゆかしく、肩の力が抜けた、品のある、鷹揚な、そんな言葉で表現できる料理と、このレストランに流れているサーヴィスの見事さ、それがかもし出す、独特の緩やかでフェミニンな雰囲気。これが、「レ・プレ・ドゥジェニー」の、ミシェル・ゲラールの魅力なんだ。

「鳥が自由に歌うように、僕はそんな風に料理をしてるんだよ」相変わらず、妖精みたいにチャーミングなゲラールさんは、キラキラ光る目をクリンとさせて、そう嬉しそうに言っていた。

そう、小鳥が自由を謳歌するように、そんなナチュラルな幸せが、この店、ホテル、しいてはウジェニーの村全体に流れている。パーキング係からそれぞれのホテルの受付、エステの責任者、ゲラールさんの秘書、レストラン従業員、庭師にいたるまで、みんなが見事なまでに、ゲラールさんの魅力に共鳴して、ウジェニー・レ・バンというすばらしい村を作り上げている。

この世の天国に住んでいる彼らが、私はとてもうらやましい。願わくば、ゲラールさんの庭に生きる小鳥になりたい。


mer.15 oct.2003



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