とても久しぶりのバスク地方。トゥールーズにいるとき、2度訪ねたことがあるけれど、いずれのときも海側。山バスクに来るのは、今回が初めて。本当にまあ、なんてきれいな山と空気なんだろう。久しぶりに汚染されていない空気をたっぷり肺に吸い込んで、幸せいっぱい。所詮私は、チビの頃から山っ子だ。フランスに住み始めて初めて、海の魅力を知ったけれど、体の隅々に、記憶の隅々に宿っているのは、山の思い出。
初夏、輝かしい太陽を受けた山間をのんびり車を走らせながら、雄大な山々のそこかしこにうごめいている、羊、山羊、馬、牛、豚、鴨、ロバたちと集う。みんなかわいいねえ、みんなおいしそうだねえ(馬とロバ以外は)。ちょっとこっちに来てごらん。
ちょっぴり塩が濃い目だけれど、バスク地方の料理は旨い。朝から晩まで、甘いものから辛いものまでひたすら食べ続ける日々。そんな旨いもんめぐりの中、今日は、ビダライ村の「オーベルジュ・イパルラ」でお昼ごはん。
ビダライ村は、バスク地方の中でも、取り立ててなにがあるわけでもない、全く普通の村。だった。数年前までは。名もない小村を一躍有名にしたのは、料理界の帝王アラン・デュカス。バスク地方が大好きなアラン・デュカスは、ビダライ村の村長に請われ、昔ながらの村のレストランの経営を引き継ぎ、ついでにこの村の外れにホテル・レストランも作ってしまった。
村はずれ、とはいっても、村から車で10分近く、細い細い小道を進んで、本当にこんなところまで来ていいの?と心細くなり始めた頃にやっと見えてくるホテル・レストラン「オスタペ」は、浮世から完璧に離脱した、独自のパラダイスを築いている。広大としか言いようのない敷地に点在した別荘風の瀟洒なコテージ群と、シックなレストランを擁する本館。残念ながら今回は、素敵な朝ごはんを食べながらシェフとお話をしただけで、ホテルに泊まらずレストランでも食事をしなかったけれど、秋に来るときには必ず!
今日のランチは、村を登りきった丘に建つ土地の昔ながらのレストラン「オーベルジュ・イパルラ」のほう。シックなバスク料理より、ベタなバスク料理を食べたい、とこちらを選んでみた。
夏のヨーロッパならではの、どうしようもなく美しい風景と澄み切った空気。これを幸せといわず、なんと言おう。生きててよかった〜、と、しみじみ思う風景に包まれ、身も心もとっぷり癒される。エステだね、ほとんど。ラヴェンダーオイルの代わりに、お祭りで呼ばれた馬たちの糞の香りが漂っているけど、そんなものまでもが、魅力の1つに思える。
プラスティック製の全く気取らない椅子とテーブルに、バスク織りのリネン。アペリティフ?もちろん、土地の名物、シードルを。バスクのシードルは、ノルマンディーやブルターニュのシードルよりも、甘みがぐんと少なくて酸味が強い。名前も本当はシードルといわず、チョピナンドという。足のないグラスに、本の数センチだけ注ぐのが正式なのだそうだ。チョピナンドをカシスクリームで割ったオリジナルアペリティフをすすり、豚のパテみたいなのとかき卵にピマン・デスペレット(バスクの有名な唐辛子)を振ったのを乗せたトーストという、典型的バスク味をほおばりながら、カルトを吟味。あるわあるわ、食べたいものが満載だ!これは一度では無理。2〜3度通わないと、食べ切れない。
アントレは、今日はもう、初めからこれ、と決めていた「マスのタルタル」。ヘミングウェイを読むと分かるように、バスクはマスの国。てっきり、川に生息するマスを(ヘミングウェイの小説のように)釣るのかと思っていたら、川の水を引いて養殖するんだと。午前中に訪ねたマス養殖場のマスを使った、ピカピカに美味なタルタルにすっかり満足。マスってそういえばあんまり食べないなあ。タルタルで食べるのなんて、本当に何年ぶりかも。上品な甘みと脂の乗り具合がなんともいえない。周りにあしらった、エシャロットや、コルニション、トマトの酸味とどんぴしゃ。シンプルなおいしさの醍醐味を満喫する。
バスクにきたら豚豚豚、そしてまた豚を食べたい!という思いを、この店でも体現してしまい、「豚のコンフィ」をメインにオーダー。どうだ!といわんばかりの巨大なコンフィは、普通かなあ。ちょっと大味に思える。肉のせいなのか焼き方のせいなのか、よく分からないけど。豚ブームの昨今、パリでも飛び切りおいしいシンプル豚料理が食べられるもんね。フレションさんの豚の炭火焼とかブリファーさんのトロトロ豚とか、さ。これに惹かれて決めた、という感もある、おっきなフリットの味もつまらない。ジャガイモキチガイの私としては、ちょっと残念。ニンニクチップスが散って、いかにもおいしそうなのだけれどね。付けあわせの、ピペラード風の赤ピーマンとトマトの煮込みは素敵に美味。これはイケる。別皿に添えられたレタス類もびっくりするほどおいしい。ぜんぜん悪くない。
「パスティス・ダメリー」と名づけられたお菓子は、カトルカールとブリオッシュのあいの子みたいな感じで、名前の通りアニスの香りがたっぷり(パスティスは、アニスを使ったアルコール)。おなかいっぱい、というのもあるのかもしれないけれど、うーん、イマイチかなあ。お菓子のテクスチャーも味もピンと来ない。浸して食べるように、と添えられている、サラサラのクレームアングレーズは、ちょっと甘すぎるけれど、なかなか。スプーンですくってペロペロペロ。
おなかもくちて、全てが物憂げになってくる昼下がり。テラスに集うご機嫌な人々は、ほとんどがフランス人。英語がたまに聞こえる。みんな、始まったばかりのヴァカンスを心から楽しんでいる。ここが、アラン・デュカスが手がけるレストラン、と知ってきている人はマイノリティでしょうね。ごく普通のヴァカンス中のフランス人たちが、立ち寄った村の、一軒しかない店にふらりとやってきて、そのおいしい味にほくほくしている、という感じ。いいなあ、和んでて。
ピコちゃんち上がりの、こんな田舎のカフェレストラン風情にはちょっとミスマッチな、すばらしいサーヴィスマン、エマニュエル以下、サーヴィス陣はみな、カジュアルで気がよくいい感じ。エマニュエルの指導が行き届いているのがよく分かる。秋冬には、雰囲気のよい中のサロンで、大きな暖炉に火がくべられ、煮込み料理などはそこでエマニュエルがサーヴィスするのだそうだ。いいだろうねえ、寒いときにここに来るのも。ちょっぴり残念だった豚のイメージを変えるためにも、秋にもまた来るね!
sam.23 juillet 2005