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グルマン・ピュスのレストラン紀行


「オーベルジュ・イパルラ」(Auberge Iparla)

そして再びバスクを訪ねた。 3ヶ月前、夏の盛りの眩しい光と輝くような緑に包まれていたバスクの山々は、その木の色を黄金色に変え始め、道はしっとり湿って枯葉に埋もれている。前回は、たった1人初めての山道を、不思議と道に迷うこともなく「オスタペ」にたどり着いたのに、今回は2人の連れと共に、思いっきり道を間違い、山道をあっちへうろうろこっちへうろうろ。これでもか、と言うほど迷った挙句にほうほうの体で、懐かしき「オスタペ」の門をくぐる。

巨匠アラン・デュカスはバスク地方のビダライ村に、ホテルレストラン「オスタペ」とビストロ「イパルラ」を持っている。「オスタペ」は、雑木林と野原からなる40ヘクタールという広大な敷地に、コテージが点在した高級リゾート的ホテルレストラン。圧倒的な自然に抱かれ敷地内をあちこち散歩していると、豚と出会ったりもする。きれいな空気をたっぷり吸いながらのお散歩は、お腹にとっても好影響。すごぶるいい感じにお腹が減ってきた。今夜のゴハンはなにかなあ。

「オスタペ」のレストランは、モダンシックなバスク風。人口600人ほどの村外れの山を一山丸ごと使った田舎の店とは思えない。ここはパリだよ、と言われれば、ふうんそうかもね、と錯覚してしまうような洗練さが漂っている。でも、料理を食べると、ああやっぱりここはバスクだった、と痛感する。パリでは絶対にお目にかかれない、バスクらしい山海の幸が次から次へと出てくるのだ。

生ハムとチョリソー、サラミ、フィレの白ワイン漬けまずはバスクのお約束、生ハムその他の豚肉加工食品をつまむ。特産青唐辛子のピクルスが絶品。こちらも特産の黒サクランボのヴィネガー漬けは、酸味が苦手の私には涙が出そうなすっぱさだが、普通の人には、これまたイケル味なのだろう。両方とも、ハム類の濃厚な甘みと塩味に、ピリリとアクセントを添えてくれる。ああ、胃が刺激される。

燻製鱒アントレは鱒の燻製。鱒はバスクの特産だ。「日はまた昇る」を思い出す。バスクの山奥の渓流で鱒釣りを楽しんでたシーンがあったっけ。渓谷の清水を使った半養殖鱒はねっとりとした甘い味わいで、軽く香ばしい燻製具合も絶妙。サラリとかけたノワゼットオイルとの相性のよさい驚く。シンプルに本当にシンプルに、ミニレタスを添えただけの料理のおいしさに、はじめに素材ありき、の料理原理を思わず再認識する。

バスクきっての良港サン−ジャン・ドゥ・ルツに揚がったばかりのコラン(タラ科の魚)を丸ごと一匹、オーヴンで焼いたものが出てくる。豪快に身を切り分け、レモンバターソースをかけるだけと、こちらもいたってシンプル。まるで誰かのおうちでゴハンを食べているみたい。気取りのかけらもない。こんな料理、パリで出したら、眉をしかめるお客様がいそうだなあ。ふんわりとした身は、優しい甘み。口に入れる瞬間からハラハラと散っていくような、なんとも繊細な魚の食感にうっとりする。はかなげな魚の味を殺さない、優しさの塊みたいなレモンバーターソースがこれまた見事。肩の力が上手に抜けた、素晴らしい料理だ。付け合せのジャガイモピュレも美味で、私はもうすっかりご機嫌。

ご機嫌なのは、料理のおかげでもあるけれど、ワインのおかげでもある。土地のワインだよ、と勧められたワインはスペイン産。バスクは、フランスでもスペインでもない、バスクという国、という意識が強いので、土地のもの=フランスになることもあればスペインになることもある。雄々しさと品のよさがとてもいいバランスのスペインバスクのワインは、口当たりもよく、クピクピといくらでもいけてしまう。酔っ払っても、電気カートをギュイーンと飛ばして2分後には自分のコテージにのベットに倒れこめる、という安心感に、ついつい杯を重ねてしまう。酔払い運転で捕まることもないし、ね。

シカ!涙を流させてくれました肉料理は、季節のジビエ。数日前までその辺の山を駆け回っていたシカちゃんを堪能する。シカ、好き。とっても好き。サクンときれいな残響が残る歯ごたえの、独特の食感も好きだし、血が上手に肉に溶け込んだ独特の鉄分感とでも言うのだろうか、味も好き。野性の魂を持ちながら、野蛮さが全くなくあくまで高貴な凛とした味を持つシカは、私の食の琴線をくすぐる。ニンジン、パネ(アメリカ防風)などの根菜と洋ナシ、秋冬の味覚をたっぷり添えて、濃厚なソースでいただく森の高貴なる獣の肉。体の中に山の魂が染み入っていくようだ。

羊チーズと黒サクランボバスクではこれ以外のチーズはないのだろうか?と思ってしまうくらいのお約束、羊のチーズ、オッソ・イラティと黒サクランボジャムに舌鼓を打ち、瓶に残ったなけなしのワインをあおる。

シンプル、でも丁寧で優しいおやつすでにたっぷりの幸せに包まれて入るけれど、おやつとなれば、話は変わってくる。別の幸せを求めて、早速オーダー。バターたっぷりのサクサクサブレに、ハチミツ入りの作りたて生クリームとフレッシュイチヂク。なんかさ、本当に、シンプルであるということのおいしさに、感じ入ってしまうね。

シェフアランの人柄そのままだなあ。気取らずマイペースで、誠実で優しい。店のシックな雰囲気から感じた想像とは違った、ほっこりと優しい、そして見事なまでにおいしい料理に、心揺さぶられた夜。

翌日の「イパルラ」は、「オスタペ」と好対照。どこまでも男らしく、どこまでも無骨で、どこまでもワイルドだ。

生ハムと、グリルしたブーダンとチョリソーを乗せたカナッペ「まあ食えよ!」と、どーんと運ばれてきた大量の生ハムと、ブーダンとチョリソーを乗せたトースト。コップにはジョボジョボとしぶきを上げながら土地のリンゴ酒シャガルノワが注がれる。

「こいつが君の肉だ!」と目の前に持ってきたのは、塩コショウをたっぷり効かせた、どーんと分厚い牛肉。ヒイィ、これ何人分?店の片隅の大きな暖炉で、自身の脂がいざなうボーボーと燃えあがる炎に包まれながら肉が焼ける。

鱒のタルタル。もちろん、フランチョワの鱒肉が焼きあがるまでの余興は、レバーパテ、鱒のタルタル、タラとインゲンのサラダ仕立て、牛テールのテリーヌ。ヒイィ、こんなに食べられないよお、私たち、三人ですよぉ、、、。テーブルを埋め尽くすアントレたちを前に、怖気づく。どれもこれも、パンチの効いた味で、おいしい。すごくおいしい。特に、夏にも食べた鱒のタルタルの味には目が覚める。でもさあ、これ、6人分だってば。

暖炉は肉を焼くグリルも兼ねるそうこうしているうちに、肉が焼きあがったらしい。木のまな板に乗って、豪快にカットされた肉が、大量のフリットと共にやってきて、連れの前に、ドンッと置かれる。これ本当に1人分?私の目の前には、真っ黒な色も好もしげなブーダンの大きなスライスが二切れ。ヒィィ。また悲鳴があがる。連れ2人は、その大きさに恐れをなして。私は、世にもおいしそうなブーダンがたっぷりやってきたのに、恐れを交えながらも嬉々として。ここのブーダン、おいしいと大評判。前から食べたかったんだ。パリでも、ジョゼのお店で缶詰が売っているけれど、こうやってこの場所で、豪快に焼かれて香ばしい香りを立てて、横にはトロットロのピュレをたっぷり添えていただくブーダンはやっぱり違う。

いとしのブーダンとピュレ。本当においしい複雑に香辛料が絡み合った豚の血のソーセージは、ブーダン好きの私にとっても間違いなくトップ3に、ううん、多分今まで食べた中で最高においしいブーダンだ。おいしさに、体がぞくぞくする。野蛮なまでに攻撃的な旨さを、全身これ甘さと柔らかさと抱擁力の塊みたいなピュレが、これまた見事に受けてたっている。ブーダンとピュレの組み合わせはお約束中のお約束だが、その相性の見事さをこんなにはっきり感じたのは初めてだなあ。恍惚状態に陥りながら、せっせとブーダンとピュレを摂取する。時折腕をつつかれては現実に戻り、牛肉の炭火焼きとシューファルシ(ロールキャベツ)を味見しながら。

ほぼ完食。他の皿の味見をしなかったら、間違いなく全て平らげたはず。大量のピュレを含めて。皿を下げに来たセルヴールが、ホホウ、よくやったじゃないか、といわんばかりに眉をあげてうなずく。私も、うむ美味だった、とばかりに鷹揚にうなずき返す。この瞬間、従業員と客の間に、連帯感というか互いへの尊敬というか、一種のつながりが生まれる。

おやつ?冗談じゃない。こんな店で、おやつなんて、さすがの私も食べてられない。信じられないほど膨張したお腹を、呆然と見つめる。なんだろう、この小山は?お腹?本当に?どうしたらこんな状態になるの?答えは簡単に出た。この2時間の間に飲み食いしたものを並べてみれば、お腹が小山で収まったのは幸いと言えよう。大山になっても全然おかしくない量の食物と飲み物を、私は摂取したのだから。

バスクはおいしい。7月は3日で2キロ、今回は5日で3キロ体重を増やしたが、それだけの価値はある。強靭な胃袋と大いなる食欲を持って、さあみんな、バスクに行こう!


sam.23 juillet 2005



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