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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・ジャルダン (Le Jardin)

期待の「き」の字もなかった、行くところに事欠いて選んだレストラン。というのは言い過ぎだけどけれど、いずれにしても、たいした期待はしていなかった。星が一つついた、いわゆる普通のホテル・レストランでしょう。そんな風に考えていた。

他の名だたるホテル・レストラン同様、去年シェフが変わり、評判が上がってきたのと、素敵な中庭があるので、まあ一回は行ってみましょうね、という感じのレストランだった。
「あなたにサーヴィスをするのを楽しみにしております」と、ごく丁寧な予約の電話応対は微笑ましいものだっだったけれど、やっぱり期待は膨らまなかった。セレブ御用達ホテルの一つ、ロワイヤル・モンソー。どうしてここが、セレブ御用達なのか分からない。お部屋が飛び切りいいのかもね。そんなホテル。

古さからくるイケてなさ、なのかなあ。大きすぎるレセプションがイヤ。客室に上がるむき出しになったエレベーターがイヤ。ロビーに設置された可愛くない電話がイヤ。とまあ、散々イヤイヤをしながら、中庭のパヴィヨンに場所を取るレストランに向かう。

ここのレストラン「ル・ジャルダン」は、その名前の通り、緑おい茂る中庭に佇むガラス張りのパヴィヨン。この季節、お天気がよければお外にテーブルを出してのご飯になるけれど、イヤイヤ続きの今日は、やっぱりテーブルも中。ちぇー、雨は降ってないのになあ。寒いからかしら。

salleレストランに入ってもイヤイヤは続く。出迎えに来てくれたメートルは結構いい。クラシック・エレガントな優しさ。彼の後ろに立つ、コミ君の制服がイヤ。白に金の肩組み紐。一昔前の海軍兵みたい。メートル氏に連れられて、ガラス越しにお庭が見えるテーブルにつく。

15年くらい前に流行した感じの、古臭い絨毯がイヤ。こちらも15年前を彷彿させる、飾り皿もイヤ。グラスの質もイヤ。あ、カトラリーはまあまあかな。銀ものは、古ければ古いほど、雰囲気が出る。

「アペリティフはいかがなさいますか?」
「シャンパーニュを」
「ダコー、すぐに」と、運ばれてきたシャンパーニュは、ロラン・ペリエのグラン・シエクル。うっそ、ノーマル・シャンパーニュにグラン・シエクルを持ってくる?

これはさすがに、文句のつけようがない、あくまでも上品で崇高な美味しさのグラン・シエクルで乾杯して、運ばれてきたカナッペをつまむ。つまらない、トマトとクルジェットのカナッペ。これもイヤ。

それでもカルトに並ぶ料理は、結構魅力的なんだ。メートル氏と担当セルヴール氏の強い強いお勧めにしたがって、珍しく、ムニュ・デギュスタシオンなぞ頼んでみる。
「でも、アントレにある、夏トリュフ風味のアリコ(インゲン)のヴルーテ(スープ)も気になるの」
「分かりました。では、それをアミューズ代わりにお出ししましょう」

お料理の交渉のあとは、お酒の交渉。ここ、従業員はみんないいなあ。腰が低く優しく楽しいソムリエと、慎重にネゴシエした結果、シャトー・シモーヌの赤に決定。
「白しか飲んだことなかったわ。赤はどんなのかしら?ちょっとドキドキ」
「美味しいですよ、とても。もしもあなたたちが気に入らなかったら、僕が引き取って空けちゃいます」

美味しいものは早くなくなってしまう。すでに口の中に消えてしまったグラン・シエクルのグラスが下げられたところに、coco「夏トリュフ風味のアリコのヴルーテ」が運ばれてくる。かっわいくないなあ、この器。イヤ、こういう食器。料理がまずく見えない?

と、ろくに期待もないままに手に取ったスプーンを口に入れた瞬間、世界が変わった。思わず、目を見合わせる。
「おーいーしーっ!」
「なにこれ?すっごく美味しい」改めて、まじまじ目の前に置かれた料理を見つめる。

美味しい。ただ単に、とても美味しい。優しい美味しさが体に染みてゆく。アリコのざらつくテクスチャーを残し、トリュフがアクセント。仕上げにほんの少し垂らしたオリーヴ・オイルの滑らかさと香りが、この料理のすごいところだ。強烈な香り。スペインとかじゃなくて、シシリー系イタリアか南仏のオリーヴだ。技術とセンスと優しさと丁寧さが染み込んだ、冷たいヴルーテに感動してしまう。
「あー、すごい、、、。期待していたよりずっとずっと美味しい」
「ちょっとびっくりだよね、これは」思いがけないヴルーテの美味しさに、頭がふらついているところに、お酒の味見。

パレット、と言えば、シャトー・シモーヌ。エクサン・プロヴァンスの隣に位置する、小さな小さなアペラシオン、パレット。ここにはたった二つの生産者しかなく、その有名なほうがシャトー・シモーヌ。酸味が強くなく、フレッシュでありながら肉厚なここの白ワインは、南の料理を食べるときのお気に入りワイン。

初めて目にする赤は、明るくきらきらと輝き、プンッと松の木のような香りがする。南のお酒らしく、高めのアルコールから来る甘みがいいけれど、ちょっとバランスがよくない。デキャンタージュしてもいいと思うけどな。まあ、そのうち、魅力的になってくれるでしょう。

homard目からウロコ的なヴルーテが下げられたあとにやってくるアントレは、「オマールのポワレ、ジロールとフレッシュ・ノワゼット(ハシバミ)添え」。これがまた、美味しいんだ。ちょうど一週間前、「ル・ブリストル」でオマール料理を食べている。あちらのオマールは、クールブイヨンで茹でて殻を外した上品な料理だったけれど、今夜のオマールは、殻つきのまま炒めたもの。

ブルターニュ辺りで出てきそうな、豪快で素朴な調理法。このオマールが、めっちゃ美味。じんわりと甘みが染み出てくる歯ごたえのいい身。それに絡めるジュ(汁)がまたお上手。なんのジュだろう。

今シーズン初めて食べるジロールはちっちゃくって味が濃くってこれまたいい感じ。生のノワゼットの、水気のあるコリコリ感が面白いな。あっという間に食べ終わって、賞賛の目をきれいになった皿に向ける。もっと食べたい、、、。

「いかがでしたか?」
「デリシュー。すっごく美味しかった」お皿を下げるセルヴール氏を、恨めし気に見送る。

barbueお魚は、「バルビュ(ひらめの一種)、カレー風味のカヴィア・ドーベルジヌ(ナスのカヴィア仕立て)」。これがまたっ!あのオマールで、もうここのシェフがすごいのは分かりました、って感じなのに、これでもか!というような料理を出してくる。ほろりと柔らかく崩れる身のバルビュは私のお気に入り魚。クラシックに、ちゃんと皮をはがして蒸しあげられたバルビュの甘い柔らかさにうっとり。

ガルニのナスは、ピュレになってカレーの風味をつけたもの。これがまた、トとろりと柔らかく甘く、カレーの風味は、あくまでナスの甘みを引き立てるために使われている。なんてまあ、優しい料理なんだろう。赤ちゃんが食べられそうな、柔らかく甘いトーンでまとめられた、素敵な魚料理だ。

「いかがですか、お酒は?」自信ありげにソムリエが聞いてくる。確かに美味しくなってきた、このシャトー・シモーヌ。この辺りの赤に最近注目している私たちの好みにピッタリだ。決して軽くなく、鮮やかでちょっと癖のある感じ。
「いい。美味しくなってきたわ。とっても好み」
「私の分は、じゃあ、残りそうもありませんね、タンピ」肩を竦めて笑うソムリエ。
「あはは。そうね。ごめんなさい、全部飲んじゃいそうだわ」
「気に入っていただけてよかったです。そうだ、デセールのときに、ちょっと面白いワインをごちそうしますね」と、笑顔を残し去ってゆく。

pure味見したいな、ってリクエストしておいた、プティ・ポワ(グリーン・ピース)のピュレの甘みとざらつきに心奪われ、このレストランに対して、かなりの畏敬の念を覚え始める頃、まだ二十歳前と思しきコミ君達が肉料理を運んでくる。

ここは、コミ君もサーヴィスに参加させる店なんだ。担当は基本的に、セルヴール氏とコミ君がペアで行っている。時々、担当セルヴール氏が忙しいと、コミ君が2人で、サーヴィスに当たる。

3人いるここのコミ君達がとてもいい。あんな、センス悪い白い制服を着せられているのに文句も言わず(あたりまえだ)、笑顔を絶やさずかいがいしくサーヴィスをこなす。嬉しそうにやっているところが、とてもいい。サーヴィスマンでいることに、とても満足してる、っていう顔。

普通、いいレストランのコミ君達は、決してテーブルには近づかせてもらえず、メートルやセルヴール達の厳しい目にさらされて、カチカチに緊張して仕事をしていることが多いのに、ここはなんだか、みんな和気あいあいといい雰囲気。好きだなあ、こういうサーヴィス体系。田舎のいいレストランにいるみたい。のどかでのんきで優しいいの。緊張感のかけらもない。

可愛い顔した2人のコミ君が、お互いに顔を見合わせて、料理を置くタイミングを合わせている。ぴったり合ってにっこり。思わず私たちもにっこり、4人して笑顔を交わす。
bresse「2種類の料理法で作ったブレスの鶏、野菜添え です」

ジュのいい香りが鼻を刺激する。口に運んだ、フランスが誇る最高級の鶏は、肉の弾力といい香りといい、皮の美味しさといい、何も言うことはない。
「これ、これがブレスだよ」
「そうよね。この間、愛しのギのところで食べたブレスは、何だったのかしら?」鶏を盛り立てるのは、キャロット、ナヴェ(カブ)、アーティショー、オーベルジン、ポム・ドゥ・テール(ジャガイモ)ら、各種野菜。この野菜達がまた、泣かせるんだよね。それぞれ、丁寧に火が通されていて、抜群に美味しい。素材の旨みとジュだけで食べさせる素朴な料理が、なんて美味しいのかしら。
「シェフ、誰だっけ?」
「変わって、一年経ってないわよね?」すっごく気になる。

急に降り出した雨に、庭の緑が濡れぼそる。
「ほら、ね。こうやって夕立が毎日あるから、庭を使えないんですよ」と、おしゃべりしに来たメートル氏とセルヴール氏に、シェフの話を聞いてみる。
「えっと、ほら、去年シェフが引退したレストランが17区にあるでしょう。あそこでずっとやってたんですよ。なんていう名前だったっけ」そんな有名なシェフで引退したのなんて、「ヴィヴァロア」しか知らない。
「16区ならヴィヴァロアだけど、17区でしょう、、、?」
「そう、それです。そこでずっとやってたんです」
「納得!あの野菜、確かにヴィヴァロワだ。前に行ったとき、野菜の美味しさに感動したっけ」と友達。まだ若いシェフにどうぞよろしく伝えてね、と2人にお願いして、フロマージュを片づけて、デセール時間に入る。

一つ目、「フレーズ(イチゴ)のスープ、フロマージュ・ブラン(生チーズ)のソルベ」。ほんのちょっとだけ火を通したフレーズが、甘みたっぷりで素朴に美味しい。添えてある、さっくりしたパイが絶品。お願い、これもう一つちょうだいな、って美味しさ。フロマージュ・ブランのソルベは、比べるとつまらない。ちょっとテクスチャーががさついているのが、好みじゃないんだな、きっと。決して垢抜けたデセールではないけれど、フレッシュで涼しげで、素直で優しい、素敵なデセール。

デセールの皿を下げるコミ君の姿を、遠くのテーブルでサーヴィスに当たっていたソムリエ氏が発見。眉を上げてあわてて奥に去っていく。あ、私たちにごちそうしてくれる、って言っていたワインのこと、思い出してくれたかな。

程なく、かわいいコミ君達が二つ目のデセールを運んでくる。「ショコラのラヴィオリ仕立て、グラス・ヴァニーユ(だったかな?)添えです」と、説明する傍らから、
「どうぞ。こちらを召し上がってください」と、急ぎ足で近づいてきたソムリエ氏が、琥珀色の液体が注がれたグラスをテーブルに置く。
「遅いよー。もう、最初のデセール、終わっちゃったよ」とコミ君達。
「いいんだ。これは、ショコラのデセールにもよく合うんだから」と、慌てるソムリエ氏。いいなあ。コミとソムリエがこんな風に軽口を叩き合える職場、なかなかないぞ。

「なあに、これ?」
「召し上がってください。なんだと思います?」強い酸味と甘みが絡み合ったお酒。
「シェリーみたいな酸味。でも、こんなに甘いし」
「ヴァン・キュイなんです、プロヴァンスの」へー、珍しい、ヴァン・キュイをレストランでごちそうしてもらうのって。その名の通り、焼いたワイン。加熱処理をした甘く強いお酒は、ノエル(クリスマス)のときなんかによく飲まれる。

「美味しい、とっても」
「うん、好きだわ、こういうの」
「いいでしょう、このヴァン・キュイ。ここの生産者、作り方を絶対に教えてくれないんですよ。何度行っても、秘密!って言われちゃって。年に数千本しか作らないんですよ。エクサン・プロヴァンスの側で作ってるんです」
「そうなの?私、8月末にアヴィニオンの辺りに行くんですよ」
「近いじゃないですが。ぜひ寄ってみてくださいよ。あ、じゃあせっかくだから、もう一件、飛び切りのドメーヌをお教えしますよ。僕からの紹介、って言ってみてください」
「時間があったら、行ってみるわ。どうもありがとう」

柔らかなショコラでムースを包んだラヴィオリは、クラッシックで上品な甘さ。これを、こちらも甘みが酸味で上手く緩和されたヴァン・キュイで楽しんで、お茶の時間を迎える。

まるでセルヴールのようなコミ君が注いでくれたマントのアンフュージョンをすすりながら、人なつこく素朴な笑顔が素敵なセルヴール氏と、楽しいレストラン談義。このレストランの、従業員の雰囲気のよさを絶賛する。

サルを埋めていたお客様も、一組、また一組とテーブルを後にし、宴の後の静けさ漂うレストランで今夜を振り返る。期待を見事に裏切って、最高に素晴らしい食事を出してくれたシェフに脱帽。食器類を変えれば、より美味しさが増す気がするのだけれどな。素朴で優しく丁寧、という料理への賛辞は、そのままサーヴィスに当てはめられる。

田舎の一流レストランに行ったような、そんな雰囲気の漂う、シャン・ゼリゼからちょっと入ったところにある超高級ホテルのダイニング。次に来たら、今夜食べたものとそっくり同じ物を食べたい。珍しく、そんなことを思ってしまう。

静まり返ったレストランの席を立つ。お土産にもらったバラを手に持って。
「今夜はいらしてくださって、どうもありがとうございました」見送りに来るメートル氏。
「こちらこそ、素敵な夜をありがとうございました。本当に美味しかったわ、料理。サーヴィスも心地よかったし。ああ、私たちを担当してくれたセルヴールはまだいるかしら?挨拶したいのだけれど」
「いますよ、確か。パトリック!パトリック!」

奥に向かって呼ぶメートル氏の声に反応してやってきたのは、なんとコミ君。思わず顔を見合わせて笑ってしまう私たち。さすがはこのレストラン。コミ君を挨拶によこそうと考えるところが、すごいわ。

「あー、えっと、どうもありがとうね、いろいろと。ところで、テーブル担当のセルヴールは帰っちゃったのかしら?黒い服の」
「ああ、彼はもう帰りました」
「どうぞよろしく伝えてくださいね。ソムリエの方にも」
「了解。また是非いらしてくださいね」
「ええ。今度は中庭が使えるときに」
「お待ちしております。ありがとうございました」
「ご馳走様、おやすみなさい」
涼しかった7月を締めくくるような、冷たい風が吹くパリを、暖かいオレンジ色の光に包まれた凱旋門を目指して歩く。あそこまでお散歩して、タクシーを捕まえよう。

美味しい料理と優しいサーヴィスに包まれて、飛び切りの時間を過ごした幸福感に包まれて、ベッドに入る。ぐっすりと眠った翌朝、開けた目が一番に見たものは、白い壁にくっきりと映える、咲きほころびはじめた大ぶりのオレンジ色のバラ。楽しかった夕べを思い出して、思わずにっこり。翌日にまで、幸せの余韻を残してくれる。そんなレストランが大好きだ。

9月最初のレストランは、ここへの再訪にしよう。ベッドの中からバラに見惚れながら、半分眠った頭でそう考えたのでした。


ven.28 juillet 2000



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