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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・ジャルダン (Le Jardin)

「こう暑いからねー。テラスがいいなあ、中庭とかで食べられるところ?どこかあるかなあ?」
「中庭ですか!?ありますあります!ちょっと高くなってもいいなら、一件すてきな庭が」
「ほんと?じゃ、そこにしようよ。今から予約とれるかな?明日だけど?」
「取ります、もぎ取ります!大丈夫、まかせて!」日本滞在を終えて戻ってきたパリは、どろりと重たい空気で夏真っ盛り。猫はベッドでのお昼寝をやめて、冷たいタイルのテーブルの上でぐうたらしてる。そんな猫をなでながら、ぼんやり時差ぼけ直しているときにかかってきたIさんからの電話で、一気にモードが日本からパリに切り替わる。

電話を切るやいなや、ミシュランのページを繰って、目的のレストランの番号を求める。あったあった。受話器取る手ももどかしく、ピポパパパポピポポパ。
「レストラン・ル・ジャルダン、ボンジュー」
「ボンジュ、ムシュ。予約なんですけど。明日の夜3人。まだテーブル空いてます?」
「ええと、、、ウィ、OKですよ、マダム」
「トレビアン!テラスよね、もちろん?」
「ウィ、マダム。ビアンシュー」
「ジニアル!メルシ、ムシュ。じゃ、明日」受話器置いて、猫の巨体をゆすって小躍り。ひゃっほー、ピュス!明日はジョスランに会えるのよー!うれしいなー、ラララララ〜ン。

凱旋門の近くにあるパラス・ホテル、ロワイヤル・モンソーのメインダイニング、「ル・ジャルダン」。ミシュランの1つ星を取っているレストランは、レトロな面影漂う大きなガラス張りのパヴィリオンの周りに、こんもりと緑茂るテラスを従え、ベル・エポック的美しさを持っている。名前のとおりり「庭」が魅力の「ル・ジャルダン」に初めて行ったのは、去年の夏。いいお天気だったのに、たった5分の夕立のせいで、その夜はあえなくパヴィリオンの中での夕食となったけれど、それはそれはすばらしいひとときを、このレストランは私たちに与えてくれた。秋になるまでにさらに2度、このレストランに足を運んだが、よっぽど相性が悪いらしく、来るたびにテラスには静けさ漂い、柔らかでクラシックな雰囲気に包まれた室内での夕食だった。

南仏を基調にしたムシュ・マクの料理は、素朴ながら決めるところが決まっていて、かなり好みのタイプだったけれど、このレストランの魅力は、なんといっても、その優しさ溢れるサーヴィスだった。支配人、メートル、セルヴールにコミ、ソムリエにいたるまで、難点のつけようのない(ああ、1人いたっけね、そう言えば(笑))素晴らしいチーム構成。サーヴィス体制だけをチェックするならば、「ル・レジャンス」がなくなった今、私はここにトップの座を与えるだろう。

そんなサーヴィス陣の中で、私をすっかり虜にしてしまったのがジョスラン。彼のサーヴィス、声、顔と姿、話し方などなど、どこからどこまで、はじめて会った時からすっかり、私はジョスランの魅力に参ってしまった。年明けにシェフが代わってから、なんとなく来そびれていた「ル・ジャルダン」に、久しぶりにジョスランに会いに出かけましょう。

念入りにお化粧して、ドレス選んで、笑顔の練習。これはみんな、ジョスランのためであって、今夜の会食者2人の男性のためではないんだな、これが。ああだめだ、鏡の前でキリリ笑顔作っても、ジョスランの顔思い浮かべるだけで、デヘヘヘ笑顔になっちゃうよ〜。

なおしてもなおしても、つい緩みたがる頬に気合を入れつづけ、暖かな空気がこんもりゆらぐ街を歩いてロワイヤル・モンソーへの路を辿る。季節はおりしもロラン・ギャロス。大きなテニスバックを抱えてロビーを行き交う選手たちがチラホラ。このクラスのホテルに泊まるのは、選手の中でもVIP連中。アガシはいないのかなー。コレジャは?ぼんやり選手たちを見ているところへ、Iさんたち到着。それでは行きましょうか。

「ケル・シュープリーズ!予約表見て、あれひょっとして?と思っていたんですよ。お元気でしたか?」支配人のジェロームがまず迎えてくれる。TF1のアナウンサー、トマ・ユーグに目元がちょっと似ているこの支配人、存在感が強くないところがとても気に入っている。
「ごぶさたしてました、ジェローム。元気そうでなによりだわ」
「今夜はテラスですよ。やっと、でしょう?」
「そうなの。去年はほんと、何度も天気に泣かされたし。ようやくテラス・デビューができて、嬉しいわ」

とそこに、ソムリエのステファン登場。
「あー!?久しぶりだねー。びっくり」
「ステファン!サヴァ?」
「サヴァ。みんなかわりなくやってるよ。ほら、こっち!」ステファンが向けた視線の先には、
「ジョジョジョジョ、ジョスラ〜ン!」髪を短く刈り込んで、渋く薄い笑顔が相変わらずとても上品なジョスランの姿が目の前に立つ。
「ボンソワー!元気にしていた?ほんと、久しぶりだね」
「元気です!嬉しいわ、また会えて」
「僕もまたお目にかかれて嬉しいです。さ、どうぞこちらへ」満面の笑みで、テラスにしつらえられたテーブルの席に腰を下ろす。エヘエヘ、ジョスランに椅子引いてもらっちゃった♪ステファンに、ちゃんとしたベッリーニを作ってもらって、陽の落ちない暖かな夜のお食事に乾杯。ビアンヴニュ・レテ!

故郷に帰って自分のレストランを開いたムシュ・マクの代わりに、オテル・ワーウィックからやってきたシェフの料理とはじめまして。どんなもんでしょ?カルトの字面からは、なかなかいい感じに見えるけれど。ワーウィックの「W」にはじめての星をもたらしたシェフなくらいだから、まあそこそこいけるのだろうけどね。あーあ、ブリファーさん、やっぱりここに来ればよかったのに。「カードルが古臭い」なんて言わないでさあ。

時折耳元でささやかれる、ジョスランのコメントをうっとりと聞きながら、お料理選びに精を出すふりをする。
「こちらのオマールはナンチャラカンチャラで、、、」
「そおなの、おいしそうね?」
「こちらのラングスティーヌはドウノコウノで、、、」
「なるほど?」
「バーは、カクカクシカジカになっているんです、、、、」
「あらそうなの?すてきね」ジョスランの声を聞くのと顔を見るのに神経が集中してしまって、肝心の解説はほとんど馬の耳。ちょっと上ずったジョスランの声、すてきよね〜。

放心状態でお料理決めて、ジョスランを名残惜しく見送った後には、ステファンがおっきなお酒のカルト持ってやってくる。しばらく吟味して注文開始。
「今夜は2本です。白はね、シャーヴのエルミタージュがいいな。大好きなの。二つミレジムあるけど、どっちがいいかしら?」
「シャーヴが好きならさ、ぜひ今夜お勧めしたい白ワインがあるんだけど。アンジューなんだ、どうかな?」
「ステファンちの近くじゃない。大丈夫かなあ、私、あんまりロワールの白って相性よくないんだけれど」
「んー、君の好きなタイプだと思うんだけどなあ。シャーヴが好きならきっと気に入ってもらえるんじゃないかな。シャーヴはいつも飲んでるんでしょ?新しい発見をしなくっちゃ、ね?」ステファンはこういう風に、私が飲んだことのないお酒をいつも勧める。結果は、まずだいたい好きなお酒のことが多いので、お酒の選択は任してしまうことが多いんだ。
「もし気に入らなかったら、僕が飲んじゃうから」
「そっか、そこまで言うんなら」とIさんたちも賛同して、白はそういう訳で、ステファンお勧めのアンジューに決定。

「赤は、ペサック。スミス・オ・ラフィット、、、カルボニューでもいいな」
「それも飲んだことあるんでしょ?こっち試してみなよ、なかなかいいペサックだよ」と、こちらもまた飲んだことのないシャトーを勧めてくる。
「ダコー、OK。信用してます、お任せするわ」トン・ブラン(白マグロ)にタプナードと赤ピーマンのムースを添えた一品をアミューズに、新しいシェフとの料理の交歓が始まる。

ま、なんてことないアミューズかな。タプナードとムースは美味しいけど、だからなに?というところ。まーまーのお味の、ごく普通のアミューズでしょう。そう言えば、このアミューズを持ってきてくれたミーコー(コミ(見習い)だと、言葉が分かっちゃうので、私はコミのことをミーコーと呼んでいる)、知らない顔。前にいた2人の可愛いミーコーのうち、目のぱっちりした子供みたいなミーコーは今夜も元気に働いていて、さっき、控えめなあいさつをしてくれた。今年もまだミーコーなんだね。頑張れ、きっと来年はセルヴールに昇格だ!

homardアントレの「オマールのサラダ」には、大好きなフェーヴがたくさんのってていい感じ。
「南の太陽たっぷりのマントン・レモンと、北のオマールとのめぐりりあいなんです」とかなんとかジョスランが説明してくれたオマールは、確かに質のいいすばらしいオマールなのだけれど、ちょっとあっさりすぎる。さっぱりと茹で上げたオマールに、季節の野菜サラダとフェーヴたち。オマールとサラダ類が一体化していないというか、個々それぞれにそれぞれのおいしさを出しているだけで、一緒におかれた意味をあまり感じられない。イタリア料理みたい。前のシェフのオマール料理で、一皿、本当にすばらしいのがあったっけ、などと、つい思いつつ、オマールを口に運ぶ。悪くないんだけどね、べつにこれはこれで。ただ、感動がないというだけで。オマールの分まで僕が頑張る!と思ったのかどうかは定かではないけれど、アンジューの白が、とびきりの感動を与えてくれる。

「さ、どうぞ、味見して」ステファンがさしだすグラスには、トロリと黄金に輝く液体。香りはふわりと生っぽい甘み。コート・ドゥ・レイヨンとかボヌゾーにあるような、柑橘類の軽いコンフィや干したのの香り。いーじゃない、香り、抜群だ!さてお味の方は、と、口をつけたところで、感動が口に広がる。
「おーいしいよ、これ!」
「うん、うまい!うまいな、これは」
「すばらしいですねえ」日本語だけど、私たちがなんて言っているのかは、その表情から分かるらしい、ニコニコステファン。
「どお?」
「どおって、ステファーン、すばらしい味だわ。こんなアンジュー、あるのねえ」
「すごく小さなドメーヌで、この間行った時に見つけてきたんだ。初めて飲んだとき、思わず涙が出ちゃったよ」と、涙をふく真似をするステファン。
「分かる分かる、その気持ち。私だって涙が出そうよ、あんまり感動的な味で」
「いやほんと、すごいなあ、これは」
「よかった。きっとあなたの気に入ると思ったんですよ」ワインへの感動に震えている私たちを残して、ステファンが立ち去る。

うっとりとアンジューの黄金色を楽しみながら、食事はプラへと移っていく。「バー(スズキ)に南の野菜を添えて」がいかにも私好みの香りを漂わせて、目の前に置かれる。「ボナペティ」と、ジョスランの麗しい笑顔と声が添えられて。もう、その一言だけで、どんな料理でも美味しくなっちゃうもんね♪

ふと、両脇に運ばれた肉料理のお皿を見て、愕然。
「お、多くないですか、それ?」
「よなあ?すげー量。いくらフランスでも、ここまでの量、なかなかお目にかかれないよ」仔羊、仔牛ともに、どう考えてもたっぷり2人前としか思えない量が、お皿にどっしりと盛りつけられている。これはすごい、、、。お皿の白い部分が、ほとんど見えていない、、、。ガルニのジャガイモをもらいながら、この量全部食べきる人が入るのだろうかと、ちょっとおののく。

bar肉料理たちに比べれば、バーなんていたって可愛いもの。クルジェットや新玉ねぎ、バジルなど初夏の野菜をたっぷり添えられたバーは、上出来な野菜のフォンが軽くしみて、なかなかいいお味。久しぶりに、バーのねっちょりと歯にしがみつくような身のテクスチャーを楽しんで、美味しくいただく。あー、早く南にいきたくなっちゃったー。

とっくに終わってしまったアンジューの瓶が連れていかれるのを泣く泣く見送って、赤ワインへと時は移る。パリでこのアンジューを買えるカーヴがあるんだって。ステファンに教えてもらって、今度見に行ってみよう。赤ワインの方は、なんだったっけ、シャトーの名前?忘れちゃった、、、。まあまあでしょうか。オーソドックスなペサック。ペサック愛好家の私としては、もう少し寂寥感漂うなかのゴージャスさが欲しいところですが、こんなもんかしら?グラーヴ、ってイメージなんだけど、どちらかというと。

残ったお酒を終えるため、フロマージュをいただいてみる。牛のウォッシュを中心にジョスランに切り分けてもらったフロマージュを眺めている横で、Iさんに勧めるジョスランの声が耳に入る。
「え?ジョスラン、今シェーヴルのルブロッション、って言った?」
「うん。シェーヴルで作ってるんです。珍しいでしょ?」
「たべたーい!」
「もちろん」初めて食べるシェーヴルのルブロションのお味は、残念ながら、覚えていない。この頃にはもう、私は既に、アンジューとジョスランの魅力にとっぷり酔ってしまっていたから。

時折流れる、ハープの弾き語りにあわせて「パパゲーノの歌」を歌ってみたり「パパネラ」口ずさんでみたり、気分はカラオケか?なんだか頭がくらくらするのは、アンジューのおいしさせいなのか、ジョスランの美しさのせいなのか、もうよくわかんないや。多分、ジョスランのせいだと思うんだけど。本当にいい男なんだよね、これがまた。話してるとドキドキしちゃって、もう自分でもなに言ってるんだか分からなくなってしまう。脈拍、絶対平常の倍はいってると、ジョスランと会う時はいつも思う。

dessert「イチゴとルーバーブのコンポートとパン・デピス、ビーツの アイスクリームを添えて」を食べて、頭を冷やそう。と思っているところに、「ジョスランからだよ」と、ステファンが、ボヌゾーのグラスを置いていく。ああ、これでまた、酔いが一段と深くなるんだわ、、、。デセールのシェフは前と同じだね。作るアイスクリームの感覚が去年と同じ。ビーツのアイスクリームなんてはじめて食べるけれど、なかなかいける。このパティシエ、こういう変わったアイスクリーム作るの、お上手。今が旬のガリゲットも美味だし、ごく薄に仕立てたパン・デピスもさっくり歯ざわりしっかりスパイス。さっぱりと美味しくいただき、ついでに、横のサクランボの串刺しも味見させてもらって、おなかいーっぱい。今夜もまた、よく食べてよく飲みましたね。

お料理のシェフが出てきてくれて、すこしおしゃべり。子供みたいに見えるシェフは、それでも30代半ば。ワーウィックの前には「レ・ゼリゼ」にいたんだそうだ。
「ようやく落ち着きました。来た当初はやっぱり、いろいろと大変だったんですけれど」
「ジェロームたちが、イジワルだったんでしょー?」
「アハハ、そうなんですよ、、、」でもまあ、なんとか上手くいっているようでなによりだ。兄弟レストランの「レ・ゼリゼ」であんな突然の変化があったから、こっちにもなにか影響しているかとちょっと不安だったのだけれど、客席に関しては、ジェローム以下みんな変わりなく去年と同じようにいい感じで働いているし、ほんとここ、居心地いいよね。お料理自体は、去年までの方が好みに合っていたのが、今となっては残念だけれど、これはこれで紛れもない一つ星クラスの料理でしょう。今度はムニュで試してみたいな。

いつのまにか冷たくなった風に、夜がふけたのを感じる。いつまでもジョスランたちと一緒にいたいのはやまやまだけれど、そろそろ行きましょうか。来週は、ここの前の前のシェフ、シリノさんのレストランを訪ねに、はるばるコート・ダジュールまで下る。
「ムシュ・シリノにどうぞよろしく。僕たち、いつもシェフのこと話してるんだよ、と伝えてくださいね」
「ダコー、ジェローム。きょうはどうもありがとう。また近いうちに」
「南で美味しいお酒、探してきてね。シェフによろしく。僕、先週行ったばっかりなんだ。すてきだったよ。期待していってね」
「楽しみだわ、シリノさんに会うの。またねステファン。とびっきりのアンジューを、ほんとありがとう」
「この夏の間に、また来てくださいね。いつでも歓迎しますよ」
「近いうちにぜひ。今夜はジョスランに会えて、とても嬉しかったわ。いろいろとありがとうね」自分の立場を知っている可愛いミーコーは、初め同様、最後もちょっと離れたところからにっこり笑顔だけであいさつを送ってくる。ほんと、よく出来たミーコーだこと。

ジョスランとふんわり軽いビズーを交わし(本当は念入りなビズーをしたいところなのだけれど、どうも、ジョスランには上品で軽やかなビズーしか似合わない)、今宵最後の彼の笑顔をしっかりと記憶に焼きつけよう。お酒のまわった頭が活動を拒否するのを強引に働かせ、口元のしわも眩しいジョスランのお顔を記憶にしっかり埋め込む。

おみやげのバラの花を片手に、ジョスランに見送られて「ル・ジャルダン」を後にする。ドキドキしっぱなしの夜が終わり、後に残ったのは、心地よい酔いと眠気。思いがけず、「ル・ジャルダン」のテラスデビューとジョスランとの再会を実現してくれたIさん、本当にどうもありがとうございました。


mer.30 mai 2001



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