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グルマン・ピュスのレストラン紀行


デ・カルメリエ(De Karmeliet)

思いがけない感動が、弛緩しきった感覚に与える興奮はすごい。期待通りによかった、期待以上によかった、期待していたほどではなかった、などなど、それなりのレストランに初めて足を運ぶ時にいろいろと思うことはあるけれど、こんなにも期待(予想)をはるかに越えた素晴らしさを見せてくれたところは、多分初めてだろう。

ゲラおじさんの「ウージニー・レ・バン」で最高の食事をした時や、「ルイ・カンズ」で初めてピコちゃんと会った時、「エル・ブジ」でアドリア・ワールドを体験した時は、それぞれに対する期待がまずすでにかなり高く、現実はその高い期待をさらに少し上回る、という、これはこれで素晴らしい体験だった。でも今回は違う。期待?まあ、フランスの田舎の普通の3つ星に寄せる程度はしていった。つまり、「ビュイイーゼル」や「ジョルジュ・ブラン」的なレストランに対するもの。朴訥な田舎の雰囲気がそこかしこに漂い、従業員もお客様も、どこかおっとりと砕けた感じを頭にイメージして赴いた私に、このレストランは目の前が真っ白になるような衝撃を与えてくれた。

ワグネリアンのくせに彼女の名前を知らずにとぼけた顔して「ローエン・グリン」を聴きに行き、その声の圧倒的な迫力と魅力に、無防備だった神経も体も熱く焦げてしまった、ヴァルトロー・マイヤーを初めて体験した時の興奮。これが、このレストランで味わった感動に一番近いかもしれない。素晴らしさを受け入れる準備をしていなかった感覚には、あまりにも衝撃的な日曜日の昼食は、ベルギー北部の中世の街ブリュジュにある「デ・カルメリエ」で行われた。

「田舎の3つ星、日曜日のお昼でしょ?いいよ、おしゃれじゃなくて、こじゃれくらいできっとちょうどいいはず」と、私。
「そだよね。いつもさ、田舎のいいレストラン行くと、そこで一番おしゃれしてるのが私たちになっちゃうくらい、みんなカジュアルな格好してるもんねー。いいんじゃない、シンプルにワンピースで」と、すぴちゃん。
「そおなんだあ?」と、ヨーロッパ初体験のあっちゃん。そんなこと言いながら、中世で時を止めてしまった小さな街を美しく侵食している運河を渡り、レストランの前に立つ。白亜の貴族の館を改装して作ったレストラン De Karmeliet。

白い壁に掲げられた店の看板を見た瞬間、まず思った。「ん?なんかおかしいぞ。なんだ、このシックな看板の文字は?“朴訥”という言葉の対極だぞ、これ」ちょっとだけ、いやーな予感。はいている靴をチラリと見て、汚れていないか最終チェック。無意識にコートの襟正して、玄関を入る。

salle「!!!」目の前に広がる光景に息を呑むすぴちゃんの、言葉にならない衝撃。「???」自分の見ているものが信じられなくて、思わず目を閉じた私の驚き。
「ん?ん?なに、どしたの?」ヨーロッパ初体験、今日が高級レストランデビューとなるあっちゃんの、固まっている私たちに対する疑問。

な、なんだあ、これは!?と、思わず、本当に心からびっくりしてしまったその光景は、フランスの田舎の高級レストランをある程度知っていなければ、ただ単に、サロンに集って上品にアペリティフをいただいている紳士淑女たち、としか写らないだろう。でも!でもでも!!でもでもでも!!!ちがーうの、ぜんっぜん!フランスの田舎の3つ星なんかとは比較にならないくらい、ううん、もっと言えば、パリの3つ星とも比較にならないような、超ブール(ブルジョワ)でいかにも食通、といった感じの人間で、そのサロンは溢れてるのだ。

なんて説明すればいいかな。フランスの高級レストランは基本的にパリも地方も、そこに集う人たちは、いわゆる食通、ガストロノミーをよく知っている人というよりは、「せっかくだから一度は3つ星!」的な、いわゆる高級レストラン一見さんが多く見受けられる。これは、フランス人外国人を問わずね。つまり、3つ星級の高級レストランを一種の観光地とみなし、「やっぱり一度は行っておきたいな、記念にね」みたいな、雰囲気を持った人が多い。

ここは違う。みんながみんな、一流の美食家をもって自認しているような、レストランという場所にあっての威厳をものすごく持っている。もしかしたらこのレストランに来るのは初めてかもしれないけれど、常日頃から、超一流レストランと美食という環境に慣れきっている、といった感じの人たちばかりなのだ。そう、みんなそろって3つ星のプロ、見たいな顔してるの。心底美食を愛し、レストランを愛している。ほとんどがベルギー人で占められた「デ・カルメリエ」の客層に、昔、南仏の田舎の有名なレストランで会ったベルギーオヤジを思い出す。

「まさしく、こんな感じだったよね」
「うん。なんだかここ、あのベルギーオヤジがうじゃうじゃいる、って感じだ、、、」美食を謳歌していたベルギーオヤジ。彼は特別、と思っていたけれど、全然そんなことない。ベルギーには、彼のような究極の美食家が多いんだ、きっと。ベルギーはフランスを越える美食大国、と陰でささやかれる訳がよーく分かった。素晴らしいレストランはいざ知らず、そのレストランをとことん評価できる客層が、ベルギーには存在するんだ。

なんだか、お客様の話だけでいくらでも文章が書けそうな「デ・カルメリエ」。もっともっと一組一組のお客様について語りたいのは山々だけど、それじゃ果てしなく長い日記になってしまう。他に2つあるここの感動についても語らなくてはね。

素晴らしいお客様が視界を貫いたショックが覚めやらぬまま、テーブルに案内される。いいなあ、いつか私も、入り口のサロンでアペリティフを飲めるようになりたいものだ。昔サロンに使っていた部屋なのだろう。2つに分かれた、白い壁と高い天井が美しい部屋の窓際の席に案内される。席に就いて回りをぐるりと見渡し、このレストランの2つめの感動に浸る。

table2内装が素晴らしい。まずなんと言っても、器のよさ。個人の邸宅に招かれたような、白い壁にさまざまな絵が描けられ、マントルピースが側面の壁の中央で趣を添えている。マントルピースに飾られたカーラをアレンジした花のデコレーションがなんとシックで美しいこと!どこの花屋がやってるの、これ?すっごくすてき。テーブルの花アレンジも同様。パリでだってなかなか見つけられないよ、こんなにシックで上品な花アレンジ。分厚いナップ、薄いグラス類、あ、お水用がグラスでなくてゴブレットなんだ。素敵ね、これも。飾り皿はなし。うん、必要ない、このテーブルには。ナプキンリングやカトラリーがちょっと奇妙で、これだけで十分テーブルを華やかにしている。ここに飾り皿が置いてあったら、うっとおしいだけだろう。飾り皿を置かないセンスのよさに感動。

キリリと辛口のシャンパーニュをなめている向いですぴちゃんが、ジュースのカクテルの美味しさを絶賛している。曰く「アペリティフのカクテルジュースが美味しいところは、絶対に料理も美味しい」。そして、すぴちゃんの言うことは、いつも正しい。

amuse「デ・カルメリエ」の3つめの感動は、葉っぱの形のお皿に盛られた3種のアミューズで幕を開ける。葉っぱの形のお皿に盛られたアミューズは、そのプレゼンテーションからしてもう可愛い。マスの燻製、春の到来を告げるプティ・ポワ(グリーンピース)のフランにベルギー名物ウナギの燻製を乗せたもの、そして、豚の頭のテリーヌにランティーユ(レンズマメ)添え。歪んだフォルムがユニークな、もう一歩で「使いづらい」といわれてしまいそうなカテトラリーを手にし、このレストランの味とはじめまして。

「うっぎゃ〜ん!」
「ふわぁ〜ふわぁ〜」
「うぅぅぅぅぅぅ、、、、」日本語ったら、美味しさに関することばが『美味しい』しかないから、『美味しい』以上の時には意味不明のことばで表現するしかなくて不便だ。ま、言語の話はともかくとして、この美味しさを表現できないのは、ほんとに残念。なんだろうなあ、イメージで言うと、優しくてしっかりしていて、真正でまっすぐ。嘘も偽りも、はったりも虚勢もなく、料理の質の高さがシンプルにストレートに表現されている。これがアミューズ?どれもこれも、そのまま一皿のポーションで食べたいくらいだ。素晴らしさに心が震える。すごい!すごすぎる!これはひょっとして、巡り合いかもしれない。この先運ばれてくる料理への期待が一瞬にして最大限にまで高まり、テーブルに運ばれてきた可愛らしいムニュのカルトを広げ、一つ目の料理を改めて確かめる。

「トマトのタルタル、カヴィア・ドーベルジン(ナスのピュレ)、ガチョウのレバーにエシャロットのパン粉を振って」ひとくち食べた瞬間、涙が出そうになる。お、おいしすぎるよぉ、、、。ミルフォイユに仕立てられたトマトとナスとレバー。どうしてこんなにトマトの味が濃いの?こんな上出来なカヴィア・ドーベルジン、初めて!レバーのトロリとした甘みの、まあなんていい感じなこと。全体をまとめている細かく砕いて空焼きされたエシャロットの風味が、なんて素晴らしいアクセント。回りに垂らされた、このジュ(汁)、なんじゃこりゃあ〜?レバー、焼いた時の肉汁かな、きっと。ここで、ばかの一つ覚えのようにバルサミコ酢を散らしていないところが、ますます好感度大。セ・マニフィック!セ・テクセラン!セ・デリシュー!セ・テクスキー!セ・パルフェ!ごめんね。日本語じゃもう、説明不可能なので、その美味しさをフランス語で表現させて。レースの街ブリュジュらしく、レーシーな白いお皿に乗ってやってきたこのアントレは、生涯忘れられない料理の一つになるだろう。

と、一皿目の感動覚めやらないうちに、またまた生涯の記憶に残るべく料理が運ばれてくる。「アスペルジュとフレッシュ・モリーユ(編み笠茸)、新ジャガの鶏ブイヨン煮、ナツメグのクリーム」白いアスペルジュをひとくち口にし、今度こそ本当に涙が出た。

うっうっうぅ、、、。神様ありがとう。私をここに来させてくれて、、、。思わず、感謝の祈りをささげたくなるような料理。この作品のすごさは、何はともあれソース。肉のフォンを使ったこのソースが、とにもかくにも絶品なのだ。アラン・シャペル仕込みの極上ソースが、質のいいアスペルジュの繊維の奥深くに、柔らかなモリーユの窪みの一つ一つに絡まり、それを含む舌を恍惚状態に陥れている。そして、薫り高いジュで煮含められた新ジャガのえもいわれぬような、まろやかな食感と味。新ジャガの美味しさ、ここに極まれり!という感じだ、これはもう。

話は前後するが、この後日本に行ってフランス料理を食べた時のこと。アントレのサラダに入っていた新ジャガを食べて、素材に手を加えたシェフのレヴェルの違いに愕然としてしまった。比べること自体、間違えなのかもしれないけれど、新ジャガの本来の美味しさ、というものをこのフランス料理のシェフを「デ・カルメリエ」に連れていって教えてあげたい気持ちに駆られた。あれも新ジャガ、これも新ジャガ。生かすも殺すも、シェフの腕次第なのかしらね。

もう間違いなく今年一番のアスペルジュと、好きではないキノコの部類だったモリーユを信じられないほど美味しくいただき、新ジャガの魅力にひれ伏して、ふたつめの皿が終わる。

rouget「薄いオムレツ、ルジェ、バジルオイルで焼いた小イカ」結果的に言えばね、ここでこけた。この後、フロマージュとデセールも完璧だったけれど、このお皿だけ、ちょっと外してしまう。オムレツに包まれたリコッタが好きではない素材、というもの原因の一つかもしれないけれど、そもそもこの作品、プレゼンからしてあまり好みでないんだ。白い四角のお皿に、ルジェ、イカとイカ墨で作ったパリパリ、バジル風味のリゾット、それにカネロニ仕立てのオムレツが乗っている。なんだかね、こういう風に、各素材が独立しちゃってお子様ランチ的になったお皿は好きじゃない。乗せられた素材がそれぞれ共鳴して、一緒に食べて初めてその素晴らしさが花開く。そんな雰囲気の作品が好きだ。ルジェはルジェ、リゾットはリゾット、そしてオムレツはオムレツでただそこにあるだけ、という感があるんだよね、このお皿。お魚もイカもリゾットもまあまあ美味しいけれど、前二つに比べて、絶品!という訳ではないし。ちょっと残念。これ、なくてもいいよね。

気を取りなおして、フロマージュ行きましょう。いかにも仕立てのよさそうな、美しい銀色のスーツに身を包んだ小柄なマダムが、素晴らしいシャリオを押してくる。この上品でオハイソな空間にぴったりのマダム。フランスのどこのレストランに、こんなすてきなマダムがいる?ここに来て初めて、遊び心が加わった可愛らしいお皿に、いかにも美味しそうなフロマージュたちが並ぶ。サン・ネクテール、リヴァロ、ルブロションのウォッシュ3種。ちなみにあっちゃんはハード3種、すぴちゃんは白黴3種。それぞれの好みが出ますねえ。わずかに残った、サヴィニーを口に含んでから、それではいっただっきまーす!

これがまた、ねえ、、、、。どこで買うの!?どこで誰が熟成させてるの!?教えて!教えて!思わず、お上品なマダムの肩をゆすぶって聞き出したくなるくらいの美味フロマージュたち。特に、あっちゃんのお皿にやってきたオランダゴーダには脱帽。甘くなめらか、ふくよかでしっとりと、それはそれは玄妙なお味。フランス・フロマージュたち、オランダ・チーズに押され気味だよ。しっかり!

もういい、よーく分かった。素晴らしさは客層、内装にとどまらず、レストランの中心である食べ物にも及んでいるのは、よーく理解できた。って言っているのに、「いやいやまだまだ。君たちはまだ完全に理解していない。俺を味わってもらわなくっちゃぁ」とばかりに、デセールが最後の衝撃を、私たちにもたらす。

desserts「季節の果物とチョコレートのお菓子達」そんな名前のついたデセールは、大きな正方形のお皿に4種類も乗ってやってくる。んー、こうやって盛り合わせ的にいただくの、あんまり好きじゃない。端切れの寄せ集めっぽくて。皿盛りならやっぱり、一皿完結型のデセールがいいな。などと不敬なことを思いながら、エキゾチック・フルーツのスープにソルベ(なんのだったっけ?忘れちゃった)が飾られたものにスプーンを入れる。

んー!んー!んーーーーーっ!!!なになになんなの?この美味しさは、一体なに!?たかがフルーツ・スープ、されどフルーツ・スープ。どうして?どうしてこんな風になるのか理解できないよ。

美味しさに頭を混乱させながら、リンゴのラヴィオリにフォークを立てる。おおおおお〜っ!甘くパリっと焼かれたリンゴにシナモンの香りが鼻をくすぐる。青リンゴのソルベもまたいい感じ。おいしいですねえ〜、いいですねえ〜!イチゴのサラダにルーバーブのソルベ。何てことない定番のデセールだけれど、これはこれでまた、グー。イチゴの下に敷かれたミルク系のソースがポイントなんだ。

ショコラのムース、アーモンドチュイル添えは、強いていえば、このデセールたちの中で霞んでいた。ごく普通に美味しいムース?ほかにいいようがない。あ、上に置かれたショコラは素晴らしいお味です、うん。

盛り合わせ、と呼んではいけないね。一つ一つ、小さなお皿の中で完結したデセールたちが4つ一緒に運ばれてきた、と考えなくてはいけない。ショコラムース以外は、もっともっと食べたい、と切に願ったお菓子達。特に、エキゾチックフルーツのスープは完璧でしたね。

締めくくりのカフェを楽しみ、見るからにおいしそうなプティ・フールをつまんで、感動に包まれた4時間半を振り返る。え、なんで4時間半もかかったのかだって?だってね、、、。

という訳で、ここで、このレストラン唯一の欠点、サーヴィスについて。フランスに比べて優しさというか愛敬が足りないかなと思うけど、まこれは別にいいとしよう。お国柄の問題だし、別にサーヴィスを卒なくこなしてくれれば、それはそれでポイントは高い。なにがよくなかったかって、一皿一皿の間隔がいじょーに長いんだ。平均15分以上もも皿間隔が開くのは、いくらなんでも長すぎ。待ち疲れしちゃうよ。それが3回も4回もあるんだから。

セルヴール君たちが足りない訳ではなさそうだ。厨房が追いついていないんだね。目を合わせれば、すぐに来てくれる、と思うのはフランス感覚?目を合わせたところで、そのままそらされることが多い多い。回りのテーブルの様子を見ると、確かにわざわざ手を挙げたり声を出したりしてセルヴールたちを呼んでいる。観察力は、明らかに足りない。とっくになくなっているパンをなかなか持ってきてくれなかったり(すごく美味)、お水やお酒がなおざりになったり、と、こちらから呼ばなくてはいけないようなシチュエーションがちょっと多すぎだったかな。サーヴィスマンたるもの、お客様に呼ばれるような状況を作ってはいけない。お客様がなにか不備を告げる前に、セルヴールが気づいて手当てをするべきです。

レストランを評価する場合、私にとってサーヴスの質は最重要ポイント。サーヴィス40%、料理とデセール30%、内装と雰囲気と客層30%が、私の評価の基準。そういう意味では、サーヴィスがイマイチな「デ・カルメリエ」は、普通ならば「まーまーだったよね。なんといってもサーヴィスがねえ」と言いたいところなのだけれど、その料理と内装、客層のあまりの素晴らしさに完全に参ってしまい、心から尊敬するレストランとなってしまう。

今まで食べ歩いてきた中で、おそらくベスト3に入る料理の美味しさ。今年一番のお勧めレストランとして、「デ・カルメリエ」を今、たくさんの人に勧めているところ。パリから電車で3時間弱。極上のお料理と客層を、皆様ぜひ、味わいにいらして下さい。そのためだけにわざわざいく価値のある、正真正銘の3つ星レストランです。


dim.29 avril 2001



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