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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ルイ・キャーンズ(Louis XV)

ピコちゃんが届かない。注文して、2ヶ月以上が過ぎるのに。「あーらぁ、そろそろ届くわよ。遅れるはずないわ」と、クリストフルの店員はこともなげに言うけれど、もう、到着予定日を2週間も過ぎてるよ。予定通りに物事が進まないのは、日常茶飯事。仕方ない。うちに来るはずのピコちゃんの、兄弟達に会いにいって、気を紛らわせよう。

この世で、ピコちゃんが一番たくさん生息するのは、私の知る限りではここ。クリストフルのブティックに行っても、せいぜい1〜2羽しかいないピコちゃんが、ここには、少なくとも30羽はいるだろう。アイロンしわのひとかけらもない、まっしろなナップ(テーブルクロス)の上にちょこんと乗ったピコちゃんを触りに、「ル・ルイ・カンズ」に足を運ぶ。

それにしても暑い。頭がくらくらする。5月とは思えぬ陽光の、コート・ダジュールはモナコ。直射日光を浴びてふらふらになりながら辿り着いた、オテル・ドゥ・パリの回転ドアをくぐる。

atomos豪華な調度品を随所に配置した、天井の高い広いスペース。モナコの顔であるこのゴージャス極まりないホテルのロビーには、素晴らしい内装に決して負けないような、こちらもゴージャスで堂々たるお金持ちの方々も、いい具合に配置されている。みな、「あたくし、こちらが常宿ですの」というよりは、「あら、ここ以外にもホテルがあるのですか?」といった感じを漂わせている。ここに集う人たちは、一体どんな日常を送っているんだろう?来る度にいつも思う疑問が、今日も頭をかすめる。

化粧室で、口紅塗り直して、靴履き替えて、小さなハンドバックを取り出す。ヴェスティエール(クローク)に荷物預けて、準備完了。んじゃ、ピコちゃんのご機嫌伺いに行きましょうか。

「中なんですか?残念。テラスかな、って期待したのに」
「ル・ルイ・キャンズ」のサルは、その名の通り、ルイ15世様式のきらびやかな調度品で整えられている。見上げるように高い天井に、金を多用したキラキラ輝くサル、決して嫌いじゃないけれど、中とは一転してイメージの違うこじんまりとしたテラスが、私は結構気に入っている。
「つい最近まで天気が悪かったので、今日もちょっと躊躇してしまったんです。彼はテラスにしよう、って言い張ったんですけれどね」と、出迎えに来てくれたメートルが視線を向けた先には、おお!20度君じゃない!きみ、まだいたんだ?去年の夏に来た時にもいた、コミ君。20度君、という名前を付けてあげた彼、セルヴールに昇格したらしい。偉い偉い、頑張ったんだねえ。でも、相変わらず、20度君だよ、きみ、、、。

少しでもテラスに近い所がいいな、とリクエストして、テラスに向けて開け放たれた窓の横のテーブルをもらう。「ここなら、ほとんどテラスですよ」と、セルヴールが微笑む。ぴっちり椅子引いてもらって、すかさず出てきたハンドバック置きにバックおいて、ピンク系でまとめられたテーブルの花を愛で、キラキラ輝くゴールドの飾り皿とカトラリーに目を細め、ピコちゃんを探す。どこにいるのかなー、ククー!出ておいで。

大きなテーブルの、私から一番離れたところにちんまり首をかしげるピコちゃん発見。テーブルが大きすぎて、ピコちゃんに手が届かない。りかちゃんにとってもらって、手のひらに乗っけてニッコリ。久しぶりだね、ピコちゃん、元気だった?

このレストランのテーブルオブジェであるピコちゃん、本当の名前はルジュ・ゴルジュ。直訳で赤い喉、つまりコック・ロビン。クリストフル製の、この小鳥のオブジェ、私はここにはじめてきた時から、とっても気に入っている。「プレ・ドゥージニー」の鉄製の黒ウサギか、ここのピコちゃんか。このふたつが、レストランのテーブル・オブジェお気に入りのベスト。

ピコちゃんを左手に、シャンパーニュ・フルートを右手に。大好きなものを両手に持って、幸せいっぱいで、チン(乾杯)!熱く渇いた喉を、キンキンに冷えた、テーブルの花と同じ色の液体が、細かな泡と一緒に滑り落ちてゆく。この感覚、大好き。ああ、暑い時に飲むシャンパーニュって、どうしてこう、美味しいんだろう。

タプナードを挟んだ極薄のパンを噛りながら、フルートを傾ける。すごいな。思わず、出だしから唸ってしまう。なんでこんなに香ばしいの?なんでこんなに薄くスライスできるの?なんでこんなに美味しいの?すごいんだ、って分かっているのはずなのに、思わず改めて感動してしまう、「ル・ルイ・カンズ」の素晴らしい料理との昼下がりが、この、シャンパーニュ・アミューズの、口の中でサクサクと崩れる音と共に始まりを告げる。

アントレ、プラ、フロマージュにデセール、カフェ。それに、ドゥミ・ブテイユ(ハーフボトル)のお酒までついて500フランという、何かの間違いじゃないかと思うような、破格のお昼ムニュ。アペリティフのシャンパーニュを入れても650フラン。笑っちゃうよね。パリの☆☆レストランでだって、お酒にもよるけど、たいていはこれを超す金額取られるよ。しかも、料理もデセールもお酒も、3つから選べる。フランスで一、二を争う最高のレストランで、こんなお昼を出しているのは、本当に偉いと思う。

夜?夜はまあ、最低でも1500フランはかかりますね。

aspergeシャンパーニュがなくなりかける頃、アミューズの準備が始まる。ゴールドのアントレ用フルシェット(フォーク)とクトー(ナイフ)と共に、キュイエール(スプーン)が並べられる。フロマージュ・ブランっぽいかたまりが中央に置かれたスープ皿が運ばれ、続いて、大きなスープ壷から、黄緑色のトロリとした液体が注がれる。使われるレードルも、もちろんゴールド。「食欲を沸かせるために。本日のアミューズは、アスペルジュ(アスパラガス)のヴルーテ(トロリとしたスープ)です。ボナペティ!」

食欲が沸く?そんな簡単なもんじゃない。沸くもなにも、もう、これだけずっと食べ続けていたい。切に、そう思うような、極上のアスペルジュ料理が、舌と鼻を楽しませる。
「ひゃ〜、さすがです、、、」
「おーいしー」
「これ、アントレにしたいなあ。もっと食べたい」思わずこぼれる笑顔と溜息と共に、それぞれ、賞賛の言葉を呟く。
「そういえばさあ、りーり、ここが、フランスのちゃんとしたレストラン初体験でしょう?」
「そーだよー」
「あ、ほんとだ。すごいねえ。最初がここなの?他のレストラン、行けなくなっちゃうよぉ」

小さな頃、100円ケーキが美味しい、と言い、「この子は味覚音痴か、、、」と、すぴちゃんと私を絶望に突き落としていたりーりが初めて体験するフランスのレストランが、☆☆☆の中でも更にトップクラスのスーパー・レストランである、と言うことに、思わず可笑しさが込み上げてくる。フォン(出汁)の香りがほとんどしない、まるでアスペルジュだけで作ってしまったかのような、かんっぺきに美味しいスープは、あっという間になくなってしまい、今が最高に旬の野菜の香りだけがかすかに鼻に残っている。後ろ髪引かれるような思いで、残ったシャンパーニュを飲み干して、アスペルジュの香りから身を引き離す。

サヴィニー・レ・ボーヌの白ワインの味見に続き、アントレが運ばれてくる。えへへ、アスペルジュとの再会だ。「グルヌイユ(カエル)のポワレ、ジャガイモのニョッキとアスペルジュ添え」が私のアントレ。

一応、主役はグルヌイユなのだけれど、軽くあぶってドレッシングをかけたアスペルジュのあまりの素晴らしさに、頭クラクラ。噛み締めるごとに、口内一杯にふんわりと広がる甘みがたまらない。どーして?単純に、あぶっただけなのに?なんでこんなにも美味しくなるの?

「ル・ルイ・カンズ」だからです。そんな分かりきった答えを前に、今までに何度、この問いを自分にぶつけてきただろう。分かってる。「ル・ルイ・カンズ」だから美味しいのは分かってるけれど、やっぱり問わずにはいられないんだ。

grenouilleゲコッゲコッ。グワッグワッ。グルヌイユ達が、私たちも美味しいのよ!と文句を言ってる。美味しいよ、あなた達も。それに、ニョッキも、とても上出来。アスペルジュ達がいなければ、あなた達二素材だけで、素晴らしい一皿、と思って食べただろうけれど、このアスペルジュの前では、旗色悪いわよ、どうしても。ほんっとに、美味しいんだもの、このアスペルジュ。トロリと味の濃いブルゴーニュのお酒が、冷たく喉を流れる。ん、美味しい。一昨日、昨日、と、プロヴァンスの可愛いお酒ばかり飲んでいたから、こういう、しっかりした味の濃いお酒が恋しかった。

すぴちゃん達のアントレは、「春野菜のチュルト(パイ)ウサギのソース、生野菜添え」。丸いパイが、目の前で半分に切られる。とたんにたちこめる、野菜の甘い匂い。うっとりと嗅いでいると、次に、かけられたウサギのソースの濃厚な香りが鼻孔をくすぐる。これもまた丁寧に、これでもか、というくらいにしっかりとドレッシングを絡めた、生野菜が美味しいことったら。こういう手間が、美味しい理由なのかもしれない。

agneauアミューズを食べながら、今日はこれだけ食べていたい、と思った。アントレを食べながら、今日は、アミューズとこれだけでいい、と思った。でもでも、プラのアニョー(仔羊)を一口食べた時、あんなこと、思うんじゃなかった、と、後悔した。

なんてことない。夜の料理用に使う部分のあまりみたいなところを使った料理。なんだけど!そうなんだけど!!美味しいんですっ!!!コート(背肉)の、肉が少な目の部分を昼用に使っているらしいのだけれど、これがまた、とても切り落としとは思えないような、極上の肉。しっとりとまろやかでフワリと薫り高く、サクンと噛み締めると、ジワーッと口内に旨みが広がる。フワリ、サクン、ジワーッ。フワリ、サクン、ジワーッ。アニョーって本当に素敵な肉だ。

ガルニの野菜達は上品にエトゥフェ(蒸し煮)されたもの。アスペルジュ、ナヴェ(カブ)、キャロト(ニンジン)、アルティショー(アーティチョーク)。じんわりと旨みが出ていて、ソツなく上出来ですね。

完璧!に近い料理達に比べ、今日の欠点は、パンとフロマージュ。10種類近く出てくるここのパンたち。中でも、マイス(トウモロコシ)のパンは、初めてここに来た時以来大ファン。今日も嬉々として一口頬張るけれど、あれ?何だかイマイチ、、。多分、昨日焼いたパンなんじゃないかなあ、これ。ちょっとしんなりし過ぎている。

完全なハイ・シーズンではないから、お客様が少な目なのかしら?今日も、20近くあるテーブルが、3つほど空いている。きっと、夕べの残りのパンなんだね。残念だなあ。本当は、もっともっと美味しいのに。残念といえば、前に食べた、この地方特産のエルブ(ハーブ)を練り込んだパンもなかった。
「あれは、夏にしか作らないんです。あのエルブ、この時期には生えないんです」と、20度君が説明する。バゲットは素敵においしけれど、大好きな二つのパンを堪能できず、ちょっとがっかり。

フロマージュの方も、美味しいシェーブル(山羊)には、時機がちょっと早すぎて、ヴァッシュ(牛)系のものが主流なのが残念。アラン・デュカスが特別に契約している、この地方の農家から運ばれてくる、フレッシュなシェーヴルに、極上の粗塩とオリーヴ・オイルをかけて食べる感動は、夏までお預けらしい。本当に美味しいこのシェーヴル、「ここと、パリの「アラン・デュカス」でも食べられますよ」とメートルは言うけれど、あれは、ここで食べるからいいんだ。パリの「アラン・デュカス」みたいな、重厚なレストランで食べるものじゃない。ラングドックの濃厚な赤ワインにぴったりの、存在感あるヴァッシュのフロマージュを何個かと、無理やりシェーヴルをひとかけら選びとって、お腹に収める。

「エクスキュゼ・モワ、マドモワゼル」セルヴールが、膝に置いた大振りのセルヴィエットをスッと抜き取り、テーブルを一掃する。程なく、アジュール(紺碧)色の陶器のロン・ドゥ・セルヴィエット(ナプキンリング)がついた小さ目のセルヴィエットと、青系のカトラリーが並べられ、デセールの時間がはじまる。

dessertフロマージュまでとデセールとで、皿や、カトラリー、セルヴィエットまでを全て変えて、違ったイメージを演出する「ル・ルイ・カンズ」。昔は、テーブルの花まで変えていたのだそうだ。

各種プティフールが、これまたアジュール色の小皿とシルバープレートに乗って、大きなテーブルに並べられる。続いて、目の前に運ばれてきたデセールにうっとり。
「フレーズ・デ・ボワ(野イチゴ)のスープ、マスカルポーネのソルベ添えです。ボンヌ・コンティヌアシオン!」

このデセール、去年の夏にMきちゃんが食べたもの。あの時私は、ラヴェンダーとハチミツのグラスが乗ったお菓子を食べたっけ。イチゴ類の中でとびっきり好きなフレーズ・デ・ボワは、小さな小さな野イチゴ。生で食べてもとても美味しく、ちょうど一昨日、大きなクープにたっぷり盛られたフレーズ・デ・ボワにグラス・ヴァニーユを乗っけて、海辺で食べたばかり。あれはあれで、素朴に美味しかったけれど、今日のフレーズ・デ・ボワは、アーティスティックに美味しいね。トロリと暖かなスープに、ヒエヒエのマスカルポーネのアイスクリームが溶けはじめている。

爽やかでいながらも味のしっかりとした、素敵なデセール。夢中になって、パクパクパックン、パクパックン。あーあ、終わっちゃった、、、。空になってしまった、アジュール色のお皿を、絶望的に見つめて溜息を吐く。

マントのアンフュージョン飲みながら、プティフールつついて、ピコちゃんと遊ぶ。お腹いっぱい、幸せいっぱい、本当にここはいいレストランだな。

まわりいた、マネージャーがつきっきりだった超VIPなご夫婦と途中からやってきた息子も、山盛りのカヴィアや丸ごとのオマールのサラダを食べていたゴージャスな老夫婦も、ヴァカンス客っぽいラフな格好の家族も、日本人のカップルも、モデルみたいな美人お姉さんを囲むグループも、みんな徐々にテーブルからはなれてゆき、あたりはだんだん静かになってくる。

ラディションしてもらって、私たちも席を立つ。写真撮影会して、今度はいつこられるか分からない大好きなレストランをぐるりと見渡して、ヴェスティエールで荷物を受け取る。
「こちらをどうぞ。ちいさなプレゼントです」メートル氏が、ミュゲ(スズラン)のブーケを、それぞれに渡してくれる。今日は5月1日。スズランを贈る日。緑の葉に、こまかな白が眩しい。年末のあの恐ろしい台風のせいで、ミュゲの芽がやられ、今年はミュゲがとても不足している、とニュースでやっていた。でもね、さすがはモナコはモンテカルロの、超高級レストラン。大ぶりのミュゲのブーケをたくさん用意して、お客様にプレゼント。

大好きなミュゲを手に、大好きなレストランを後にして、カジノへ向う。よし!今払った分を取り戻すぞ!と、意気込んでいくけれど、結果、プラス200フランのチップを、モナコ公国に渡して終わってしまったのでした。

パリに戻ったら、ピコちゃんが届いていますように、、、。


lundi 1er mai 2000



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