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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ルイ・キャーンズ(Louis XV)

そして旅の最後は、久しぶりの「ル・ルイ・キャーンズ」。2年前、サクランボの実がなる頃に訪ねたのが最後だった。この魔法がかかったようなレストランに最初に行った96年の夏以来初めて、ちょっぴりだけがっかりした食事時間だった。「ミシェル・ゲラール」、「ル・レジャンス」(閉店)と並んで、フランスで最高のレストラン、と思っていた店だっただけに、ちょっぴりのがっかりはかなり心に引っかかり、他にも溺愛しているレストランを多く抱えるこの土地ではいくらでも行くべき店があり、以後、「ル・ルイ・キャーンズ」で食事をする機会を持たないでいた。

「行きたい。しばらく行ってない。やっぱりあそこはものすごく魅力的だった」と、断言するスピちゃんのリクエストを酌んで、そお?そんなに言うなら、と予約の電話を入れようとした矢先に、「ル・ルイ・キャーンズ」の3つ星復帰が決まった。3度目の3つ星昇格をするレストランなんて、この先もきっとここくらいだろう。テラス席をリクエストし、3つ星のおめでとうを合わせて伝える。「ありがとうございます、マダム。私どもも大変喜ばしく思っております。いらっしゃるときに、どうぞお気に召していただけるとよいのですが」と、喜び溢れるレストランの様子が電話を通して伝わってくる。「とても楽しみにしています」と答えてから3ヶ月近く。春の旅の終わりを、懐かしくいとしいレストランで締めくくる。

モナコの街は好きじゃない。グロテスクな建物が乱立し、車優先社会で歩きにくい。1〜2度観光をしたことがあるものの、いつもほうほうの体でオテル・ドゥ・パリに逃げ込み、この公国で唯一好きな場所に身を隠す。

無事に車を停め、まだちょっと早すぎるから散歩してくる、というアルメルを見送り、スピちゃんと私はさっさとオテル・ドゥ・パリに入り込む。一般現実社会と完璧に隔離された、超超超高級ホテルの造りや内装、ブティックを眺めてはため息をつき、ここだけは一般人もあまり居心地悪い思いをすることのないレストランへ向かう。アルメルと待ち合わせた時間までまだ30分近くある。ウェイティングでアペリティフ、飲んでよう。アルメルはお酒飲まないしね。

5月1日はミュゲ(スズラン)を贈る日。入り口にはミュゲのブーケがたくさん置かれている。3年前の5月1日にもここでミュゲをもらったっけ。今日もまたもらえるといいな。ミュゲのまぶしい白と緑、こぼれるような受付スタッフの笑顔に迎えられ、小さなウェイティング・スペースでくつろぎのひと時。重厚とフェミミテが同居したひどく居心地のいいサロンだ。ウェイティングサロンでアペリティフ壮麗なアペリティフ・シャリオが運ばれ、しずしずと注がれるシャンパーニュに、カットも美しいクリスタルデキャンターに入ったペッシュ・ドゥ・ヴィニュのクリームを落としてもらう。口当たりのよい薄いフルートから、程よく冷えた液体が口に入り込んで喉を滑り落ちる。あ〜、なんておいしい。

シャリオが運ばれ、オーダーを通し、液体を口に入れるまでの一連の流れは、美しい儀式だ。なんてエレガントな光景だろう。このクレーム、デキャンターに移されているけれど、もともとはドメーヌ・サントネーのものだよね、多分。「59ポワンカレ」でも使われているこのメーカーのペッシュ・ドゥ・ヴィニュのクレームに私は弱い。ラヴィオリのフライ。軽くて美味〜ハーブペーストを入れた小さなラヴィオリをフリットにしたものが、シャンパーニュ・アミューズとして出てくる。セルヴィエットで作った器に入った、何度名前を聞いてもどうしても覚えられなかったこの料理がまた、なんともいえないおいしさ。サクリと空気のように軽い絶妙の揚げ方、滋味のある塩の風味、極薄のライムのあしらい方まで、全てが完璧。

すごい、、、。すでにアペリティフの時間で、納得する。ここはやっぱり、フランス最高のレストランだ、と。うっとり夢心地で、アペリティフに陶酔しているところに、「ピュスさん!」と声がする。「あん?」半ば呆けた顔を上げると、パリの友達が立っている。パリではお互い忙しくて、なんやかんやと会う時間が全然ないのに、パリからこんな離れたところで会っちゃうんだよね。もっとも、レストランで知り合いに会うのはよくある話。しかも、この店で人に会う確率、私はとっても高いんだ。6回来ていてうち3回、50%の確率で、偶然知り合いに遭遇している。ご両親と一緒にヴァカンス中、とのこと。よいねえ〜、私たちもご両親に連れてきてもらいたいものだ。ん、ひょっとして彼女がご両親を連れてきている???ほどなくやってきたアルメルも、タイミングよく運ばれてきたカリカリラヴィオリに目を見張り、「ル・ルイ・キャーンズ」の実力に改めて乾杯して、食事へと席を移す。

この季節、昼とは言ってもやっぱりまだ外は寒い。テラスは残念ながらお預けだけれど、開け放った窓からテラスをすぐ横に臨むテーブルが私たちを待っている。もちろん、テーブルの上には、美しい食器類や花、しわ1つない厚手のナップとともに、ちいさなピコちゃんも。我が家のピコちゃんより、少々エレガントな気がするのはどおして?生息場所によって、ピコちゃんの表情、変わってくるのかなあ。質がよい美しいものにたっぷり囲まれ、外光が注ぐ昼下がり。スマートに渡されたカルトを開くまでもなく、すっかりこのレストランの美点に包まれて、すでに心は大満足。なんて居心地のよい場所なんだろう。

宝くじに当たらない限り自分のお金では食べづらいア・ラ・カルトのカルトを丁寧に脇に置き、ランチ用のこぶりのカルトを広げる。アントレ、プラともに2〜3種から選べ、デセールは、デセール・カルトから好きなものを。フロマージュとカフェ、お酒までつくランチはとってもお得。アペリティフを入れても100ユーロ強と、ア・ラ・カルトでかかる値段を考えると信じがたい値段。どれもこれも魅力的な料理から楽しくお昼のゴハンを選び出し、これから過ごす時間の幸せ度を考えてニコリとしたところに、アミューズが運ばれてくる。

「なーんてかわいいのっ!」と思わず笑顔が大きくなる。柄も様々な吹きガラスのタンブラーに、いろいろな野菜のスティックが入っている。野菜スティックといっても、その種類とカットの仕方は、通常イメージするそれと似ても似つかない。それぞれの本質的な味を思い出させてくれるような、饒舌な野菜たちは、普段、私が近所のマルシェで買っている同じ名前のそれとは全く別物だ。横に添えられたバジルベースのソースをアクセントにしながら、ポリポリ、カリカリ、シャキシャキ、サクサク、と、いろいろな歯ごたえも楽しみながら、素敵なアミューズを堪能する。すごいなあ、これ。デュカスが偉いの?それともやっぱり、この店のシェフ、フランク・チェルッティが偉いの?多分、チェルッティなんだと思うな。一度も会ったことがない料理人。いつかお話してみたいものだ。

いつ見ても圧倒されるパン・シャリオからパンを選び出し、アントレの「プチポワ(グリーンピース)のリゾット」を迎える。頭の奥が美食の喜びに震える。前日、シリノさんのところでアスペルジュを食べたときみたいに。その前の日、ボーリューでサーディンを食べたときみたいに。その昔、ウージェニー・レ・バンでジャガイモとトリュフのヴルーテを食べたときみたいに、、、。脳天が刺激され、体中に感動が走る、そんな料理にたまにめぐり合うよね。プチポワのふくよかな甘味、ソースのベースとなるフォンの旨み、オリーヴオイルの濃厚さが、なんともいえないバランスで溶け合い、それはそれは見事な味。大好きだ〜、このレストランの味。大切に大切に食べるけれど、ついに終わりが来てしまう。クスンクスン。また会える日を夢見ているよ〜。

気分を切り替え、プラの「カレ・ダニョーのロティ」を迎える。質の高い子羊を使って丁寧に作られたそれがまずい訳ない。おいしいよ、とっても。ただ、シンプルな料理である以上、部位がものを言う。ア・ラ・カルトで出すカレ部分と比べると、どうしてもちょっと落ちる。はっきり言っちゃうと、この旅行の初日にニースの知り合いのレストランで食べたカレ・ダニョーの方がおいしかったと思う。「ル・ルイ・キャーンズ」と同じ肉を仕入れいている、と知り合いは言っていたっけ。テクニックがどれほど違うのか、私には分からないけれど、肉の部位が少しでもいい方が、やっぱりいい味が出るのかなあ。いずれにしても、ホントにおいしかった、「ケイズ・パッション」のアニョー。6月に再びニースに行った時に、またそれを頼んじゃったくらい。お願いだから、カルトから外さないでね、Mさん。とまあ、リゾットの感涙もののおいしさにはちょっと負けてしまったけれど、これはこれで十分においしいアニョーをいただき、フロマージュの時間。フレッシュなシェーヴルの、コクのあるオリーヴオイルと塩の甘味とのマリーアジュに舌が恍惚状態になる。

セルヴィエットがするりと取り外され、ゴールドからブルーへと変わるテーブルの基色が、デザート時間の訪れを告げる。「フレーズ・デ・ボワ(森イチゴ)のスープ、マスカルポーネのソルベ添え」。これが、「ル・ルイ・キャーンズ」で私をとりこにしているおやつ。何度か浮気をしつつも、都度、同席者が頼んだこの皿の味見をしては、必ず後悔。本当に気に入ったものがあるのなら、浮気なんてするもんじゃあない、と、思い知らされる。

森イチゴとマスカルポーネチーズのデザート温められ、より一層香りを振りまいている真っ赤なフレーズ・デ・ボワに、ひんやりとした、クリーミーで酸味の程よいマスカルポーネ。口に入れると、フレーズのぬくもりでマスカルポーネがゆっくり溶けて交じり合う。シンプルながらも奥が深い、この店の逸品だ。テーブルで熱いフレーズをどっさりとソルベの上に盛ってくれるプレゼンテーションも素敵。テーブルに一気にフレーズとマスカルポーネの香りが広がるんだ。

プチフールああ、浮気しないでよかった、と、うっとりデセールを味わい、たっぷりのプチフールを平らげ、こちらもまたそんじょそこらのショコラティエ顔負けのおいしさの各種ショコラとショコラ・マカロンを食べたところに、ダメ押しのコンフィズリーたちがやってくる。セルヴールとのおしゃべりを楽しみながら、ギモーヴ(マシュマロ)をチョンチョンとハサミで切ってもらい、お気に入りのマドレーヌをほおばり、至福のひと時のクライマックス。何度も言おう。なんて、なんて、なんて、居心地がいいんだろう、ここは!

マカロン(美味!)とピコちゃんと花料理とデザート、パンのおいしさは言うまでもない。内装や客層、サーヴィスの質の高さは、食べ物以上かもしれない。特にサーヴィス。もともと完璧なサーヴィスを提供していたスタッフだけれど、さらに一層磨きがかかった?芸術に近い領域の、どこまでも美しくエレガントで品よく、それでいてウルトラサンパなサーヴィスを提供してくれる。でもそれだけじゃないよね。「ル・ルイ・キャーンズ」には、さらになにかがある。この空間自体が持っている、なんともいえない空気。多分それは、このレストランの歴史が作り上げてきたものなのだろう。このレストランに一歩足を踏み入れた瞬間に感じる、店の空気の匂い。そんな空気が、料理や内装、ゲスト、サーヴィス陣を包み込み、非現実的ですらある、極上のひと時を提供してくれるんだろうなあ。

絶対にまた行きたい!と言い張ったスピちゃんに多謝。以後、コート・ダジュール旅行をする際に、やっぱりこのレストランも絶対に外せない一店になってしまった。ああ、アントワネットちゃん、あなたからまた一歩離れてしまった気がするわ、、、。たっぷりのミュゲのブーケをそれぞれ手に、この世の天国を後にする。数時間後、パリでミュゲを眺めながら、コート・ダジュールの素晴らしさを思い出して嘆息し、パリの我が身を悲しく思うのでした。いつかいつか、コート・ダジュールに住む日が来ることを祈りつつ。

※食事中はデザート時間まで基本的に写真はダメなので、料理の写真はなし。ザンネン!特に、アミューズの野菜スティックはかわいことしきりだったのに。
jeu.1er mai 2003



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