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グルマン・ピュスのレストラン紀行


ル・マスカレ(Le Mascaret)

ヴァカンスシーズンが終わる。 バスク(美食三昧)とドイツ(温泉プール三昧)で楽しんだ夏の締めくくりは、5月に最大級の感激を与えてくれたノルマンディはマンシュ県に、ナディアとフィリップを訪ねるプチヴァカンス。3ヶ月前、あの土地を離れるときに誓った。次は絶対に、夏。トマトと仔羊、そして大潮を目指して来るんだ!と。誓いは守らなくちゃいけない、うん。

初日のパンパリから3時間ちょっと。ディオールの生家があるグランヴィルに到着。迎えに来てくれたロベールと再会を祝い、3ヶ月間の報告会に花が咲く。春に溺愛した野趣と自然にあふれた海に寄り道する。砂の感触を素足に心地よく感じ、水を吐き出す貝が描くミミズみたいな砂跡に背中をゾクゾクさせながら、気持ちのよいお散歩。海風を存分に吸い込み、マンシュの香りで体を満たしたら、お腹が空いてきた。ゴハンを食べよう、フィリップの店で。夜には宴会が待っている。軽めに、ね、軽めに。という言葉に、「大丈夫!僕の料理は、どれもこれも、とっても軽いからいくらでも食べられるはずだよ」とフィリップ。彼は正しい。

初日の野菜とチーズアミューズの、メロンとキュウリの冷たいスープで、この二つの素材の相性と爽やかさに驚いたあとは、た〜っぷりのジェラールの野菜たちと白いんげんに、素敵においしいヴューコンテを添えた温製サラダに立ち向かう。ほんっとにまあ、どうしてこんなおいしい野菜になれるんだか、いつもながらにびっくりする。1つだけ添えられたプチトマトのはじけるおいしさに感動。明日だよね、ジェラールの畑に行くのは。今からワクワクだ。たくましい野菜の味に、ごく控えめな味付けのソース。ヴューコンテの深みのある甘じょッぱい味がとてもいいアクセントになっている。皿と対峙して、無心に料理を味わってしまう。

初日の魚お魚、なんだったっけ。タラ系の何か。魚自体の食感というかテクスチャーは、タラ系にそれほど心惹かれない私にとっては普通だけれど、皮をぴったり貼り付けて、ごく繊細に火を通した焼き加減はお見事。添えた野菜は、春に感激した野菜たちとほぼ同じかな。インゲン、バターインゲン、ニンジンさん。どの子達もシンプルに美味。日頃のひどい野菜不足(私は、家にいると、ひねもすおやつを食べてばかりいる、、、)を一気に補う。

初日のおやつ無理、おやつは。夜が食べられなくなっちゃうってば!という訴えは、ナディアのチャーミングな笑顔と共に無視されて、目の前には、リンゴのサクサクパイ包みみたいなものがやってくる。パートフィロにリンゴのキャラメルコンポートみたいなものが詰まったお菓子は、嘘みたいに軽くて、風味豊かで、すごぶる美味。あっという間に全部平らげる。そうだよね、あの、そう、“あの”マカロンを作るんだもんね、フィリップは。初日のおやつアップ他のおやつもおいしいはずだ。マスカルポーネとノルマンディが誇る生クリームをあわせた冷たいクリームとの相性も抜群で、私はもうただ、うっとりするばかり。他にリアクションの仕様がない。

横のテーブルのために作っていた洋ナシショコラのおすそ分けが、プチフール入りのオルゴールと共に運ばれ、マンシュ滞在のウェルカムランチが終了する。5月の記憶は全然あせていなかった。美食の喜びにどっぷり浸りながらも、意識の奥底で軽い不安がうごめいている。これから3日間、私はいったいどれだけのものを食べるんだろう。

*この日の夕食*

場所:ナディアたちのおうちのお庭の東屋。ロマンティックなデコとろうそくをふんだんに立てて。
会食者:ナディアとフィリップ、エルワンとカリナ、それに、フィリップの姪のメラニー
食べたものと飲んだもの:サラミソーセージ。ジェラールのではない、でも、同じような製法で作っているトマトのサラダ。スズキのオーブン焼きレモン風味。フロマージュ各種。メロンのサラダ。メゾン・デュ・ショコラのショコラ。甘口シードル、シャンパーニュ、ポイヤック。

リジとロベールのシャンブルドットの庭は、春とは一転。まだつくりたての庭、という感じで、植物や花の生育も控えめだったのが、夏を謳歌したらしく、ものすごい勢いですくすく育っている。相変わらず素敵においしいニンジンケーキやオレンジケーキをたっぷりほおばって楽しい朝ごはん。裏庭に出て、こちらも春よりは少々成長した感のある羊たちを愛でる。うむ、おいしそう。今夜、のゴハンが楽しみだ。

ブランヴィルの街で開かれている骨董市を冷やかし、チーズ&クリーム屋さんによって、いざ、ジェラールの畑へ!

こちらも、さらに草ボーボーになった畑には、1年以上前から夢見ていてトマトたちが鈴なり。赤、オレンジ、黄色、緑、紫、黒、、、。色も形も大きさも様々なトマトたちに狂喜乱舞。温室で、ひたすら味見に励む。トマトに飽きたら、ほおずきやキュウリでお口直し。トマトをはじめ、クルジェットやインゲン、ハーブ類にジャガイモなど、夕食用の野菜をたっぷり抱えて、ジェラールとスティング(ジェラールが飼っている牧羊犬。緑と青の目をしてる)にまたあとでね!して、一足先に、家に戻る。

お腹が空いては、料理もつくれぬ、というわけで、ナディアお手製のカトルカー(パウンドケーキ)でおやつタイム。ほんのちょっとレンジで温めたカトルカーに、ノルマンディに抱きついてキスしたくなるような、気が遠くなるほどおいしい濃厚なダブルクリームと、こちらもナディアお手製のリンゴのジュレをたっぷりつけていただく。あったかなカトルカーとひんやりしたクリーム、甘酸っぱいジュレのハーモニーは、言葉にならない。1つ食べて、う〜ん!2つ食べて、う〜〜〜〜ん!!も1つ食べて、くうぅぅぅ〜!全部で結局4つも食べてしまった。いかにもこってりしたクリームを山ほどつけて。いいんだ、気にしない。こんなにおいしいものを食べて太るなら本望だ。

さて、お料理をつくろう。といっても、メラニーと私はナディアの助手。テーブルをデコラティフに飾り付けて(ナディアのテーブルアートの才能は一目に値する!)、ナプキンにきれいにアイロンかけてシフォンのリボンを結び、ジャガイモの皮むいて、クルジェットに粉つけて、ハーブ切って、にんにくカットして。

さあお待たせ!夕食の始まり!

*この日のアペリティフ*

場所:サロンで暖炉のパチパチいう火を眺めながら
会食者:夕べのメンバープラス、ジェラールと牡蠣養殖をしているお友達
食べたものと飲んだもの:ムール貝のクリーム煮、クルジェットのテンプラとにんにくヨーグルトソース、ナディア風野菜のヴィネガー煮込み、ジェラールのトマトサラダ、生牡蠣、ナスのピュレ。シャンパーニュ。

*この日の夕食*

場所:ダイニングで暖炉の暖かな火を背中に感じながら(8月なのにひんやり)
会食者:上記マイナスお友達
食べたものと飲んだもの:ジェラールの仔羊をフィリップが暖炉の火で焼いたもの(みんなは1切れ。ジェラールと私は2切れ)。ジェラールのジャガイモをナディアが油とラードで揚げたフリット(みんなは3〜4本。私は10本以上!)。ジェラールのインゲンのソテー。フィリップの“あの”マカロン(3種全部)。マルゴー。

おいしいもの、って、こういうことをいうんだ、、、、。この日食べた、全てのものについて、心からそう感じた。

夕べの宴会の残響が残ったまま、リディのおいしい朝ごはんをいただき、グランヴィルまでディオールの家を見に行く。一昔前の、ディオールのコレクションの美しさにうっとりしたあとは、おうちに戻って、もうおやつの時間。ナディアお手製の焼きたてゴーフルに、ねっとりハチミツとくだんのダブルクリームをたっぷりつけて、サクサクシットリ、ハフハフハフ。おお、もう時間だ、出発しなくては!

今日の、というか、今回の滞在のメインイベントは、大潮の時期の干潮時間に開催される、干上がった海を馬車でお散歩するというもの。3頭立ての大きな馬車には人がギッシリ。数キロもかなたに干上がった海の砂の上を、潮干狩りを楽しむ人々の間を縫って、馬車はカポカポ。そのうち、海の中にもばしゃばしゃ乗り込み、水しぶきを上げながら、3台の馬車がかっぽする。普段は海の中に沈んでいる牡蠣棚に到着すると休憩。皆、馬車から降りその辺を散策。御者はたくみに牡蠣空け職人に変身。クイックイッと牡蠣棚の牡蠣を空けては、客に振舞う。用意よく、プラスティックパック入りの白ワインも持ってきていて、牡蠣のお供にグビグビ。牡蠣のお味は、はっきり言って、あの春に食べたものとは雲泥の差だけれど、イベント的にはものすごく楽しい。

そして夜。この滞在2度目のフィリップゴハンをいただく。

2度目アントレサバのタルタルと、トマト&キュウリのスープをアミューズにいただいたあとには、フィリップご自慢のオマール。ミルキーなエミュルジョンソースがふんわりかかって、ジェラールの野菜が散っているオマールは、生前のたくましさを如実に感じる恐ろしいまでの歯ごたえと強い風味。オマールはこうでなくてはいけない。ハサミはともかく、身が柔らかすぎるオマールは嫌いだ。オマールの迫力が体中に染みこんでいく。

2度目魚続いて、獲れたてのスズキ。料理法は、昨日と同じように薄くスライスし皮同士を貼り付けて蒸し焼きっぽくした感じ。ギリギリまで浅くした火入れが、狂おしいまでにスズキの味を盛り上げている。フランス人にはこれ多分、浅すぎるだろう。ほとんどサシミ?と思うような部分もあるもの。なんてまあ、素敵な歯ごたえ。生々しい部分は、雄々しい弾力にあふれ、火がきっちり入ったところは、ねっとり妖艶に官能的。ブラヴォー、フィリップ!ブラヴォー、スズキ!付け合せはおなじみのジェラールもの。各種根菜にニンジンさんとインゲン。ソースは、セージを香らせたエミュルジョン。うっとりするばかり。

春と夏、2度ずつ食べて、なんとなく分かった気がする。フィリップの料理が。素材の力の生かし方は本当にすごい。味付けも火入れも完璧。ただ、ソースというか、仕上がりの味が全体的に似てしまうのかもしれない。付け合せの野菜も含めて。もちろん私には、これで何の異存もないし、これはこれで1人の料理人のあり方、と思っている。けど、味の表現が単調だ、とか、言う人もいるのかもしれないね。料理のヴァラエティーに味の広がりがない、とかさ。ミシュランがこの店を高く評価しないのも、そういうところに理由があるのかもしれない。

個人的には、料理人はあくまで自分のスタイルで味を作ればいいと思う。好奇心旺盛で想像力にあふれている料理人は、いろいろなジャンルの料理を創造すればいいし、そうでなく、自分の表現スタイルは基本的にこれとこれしかない、という一点思索型であれば、それはそれで自信を持って、それだけを突き詰めていけばいい。どんな形であっても、お客様に感動と喜びを与える料理人であれば、それが一番でありすべてだ。そういう意味で、私はフィリップ・アルディという料理人をとても高く評価している。本人は、いまだにやはりミシュランへのこだわりがあるみたいだけれど、そんなものにこだわる必要は全くないと思う。彼の店に座るお客様の一人一人が感動して喜んでいる。こんな晴れがましいことはないんじゃないかなあ。

翌日、リディの最後の朝ごはんを満喫して、ロベールにグランヴィルまで送ってもらって、泣く泣くパリへの帰途につく。カバンの中には、ナディアのリンゴジュレ、フィリップのそば粉のパン、シードル、ジェラールのトマトやハーブ、ロベールとリディからのハーブ束を詰めて。記憶の中には、2泊3日で食べに食べたあらゆるおいしいものを詰めて。そして、お腹の中には、たっぷり増やした体重を詰めて、、、。と思っていたのに、増やした体重はゼロ!あんなにも飲み食いににかまけたというのに。ナディアが言う、「ノルマンディのゴハンは太らないのよ。」あれほどおいしいものをあれほど食べて太らないなら、私は一生ここで暮らしたい。

次のノルマンディ行きを、心から楽しみにしつつ、メルシーボクー、フィリップとナディア。

21-23 aout 2005



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