極上のワインバーにめぐり合った。
そもそも、「メラック」という名前の店を初めて知ったのは、半年ほども前のことだったか。テレビの料理番組で、ドミニク・ブシェがお気に入りのワインバーとして紹介してた。うわ〜いい感じだな〜、とずっと気はなっていたものの、11区という場所になじみのない私にはなかなか行きづらい店だった。ドミニクも、「うん、サンパでオーサンティックないいワインバーだよ。行ってみなよ」ってすすめてくれてたのに。初めて訪れたのは、仕事で。ワインバー特集を組む際に、ぜひここを!と取材にし行った。期待していた通りの素晴らしい店。取材のはずがなんだか遊びに行ったような雰囲気。昼前から酒を酌み交わしてのゴキゲン取材。すっかり気に入ってしまい、1週間後に、酒好きのMちゃんを誘って再訪。お酒を中心に楽しく浮かれた夜を過ごす。
典型的なのんびり下町の様相を呈したカルティエの一角に「メラック」は建っている。二つの道に面した広い外壁には葡萄の枝が絡まっている。この葡萄の木、なんと建物の中に生えていて、壁にあけた穴を突っ切って、そのまま外壁ににょろにょろと張り付いている。毎年ヴァンダンジュ(収穫祭)もやってワインだってきっちり造ってる。たった20本だけだけど。「今年は9月13日。おいでね!」という、おひげも見事なメラックさんの言葉に「来る来る!もちろん」と頷き、まずはガイヤックの白で乾杯。この白、取材で来たときに飲ませてもらって、いたく気に入ったしろもの。トゥールーズでよく飲んだっけね。トロンと間の抜けた酸味の弱い気持ち甘めの白。懐かしい味だなあ。熱く照り付ける太陽の下、プールサイドで飲んだこのワインのとぼけたおいしさを思い出す。
これもまた取材時に絶賛したシャルキュトリー(豚肉加工品)類とフロマージュ(チーズ)類に舌鼓を打つ。メラックさんの故郷は、オーヴェルニュ地方はアヴェイロン県。このあたりは、シャルキュトリー天国。絶品のリエットやパテ、生ハムなどをパクパクパク。ライヨール、サンネクテール、フルム・ドーヴェルニュなどの山チーズがまた、興を添えるんだよね。それに玉ねぎとベーコンを混ぜ込んだクレープみたいな料理を頼んで、ボナペティ。
パンが運ばれてくる。この店のパン、絶品なんだよね。2種類あって、片方はおなじみ「ポワラーヌ」の田舎パンなのだけれど、もう1つがスゴイんだ。近くのパン屋から仕入れているBIOパンなのだけれど、このおいしさときたら!取材時に食べてあまりに感動し、取材が終わったその足でパン屋に赴いたのだけれど、残念ながら昼休みに入っていて買えなかった。そんなパンと一週間ぶりの再会。嬉々として手に取って、ん?と眉をひそめる。怪しげに口に入れて、悲しげに頭を振る。
「こんなんじゃなかった、、、。もっとおいしかったの。こんなに堅くなかったのに。」
「今日買ったんじゃないのね、きっと。昨日のが残ってたのよ、まだ」
「ヤダ、これじゃあ。もっとおいしいんだもん、ほんとは、、、」悲しげな視線をメラックさんに送ってみる。
「ウイ?どうしたの?」おひげがもぞもぞ動く。
「パン、これ、いつ買ったの?」
「昨日だよ、なんで?」
「この間の方がおいしかった。もっとやわらかくて、、、」
「オーララー(なんてこった)!まったくこの娘さんたちときたら!」と、大げさに両手をあげて立ち去るメラックさん。1分後には、目の前にドンと大きなパンの塊が置かれ、メラックさんがグサリとナイフをパンに突き立てる。
「ほら、新しいパンだよ。これだけあれば足りる?好きなように食べな!」
「わーいわーい、メルシーボクー♪」嬉々として、おっきなパンの塊にナイフを入れる。あーあ、こんなぐしゃぐしゃに切っちゃった。もうこれ、他のお客様には出せないわよね。全部私たちのもの???嬉しい♪ほんっとにおいしいんだもん、ここのパン。感激する。
ワインはラングドック産の赤に移行。メラックさん所有のブドウ畑の作品だ。しっかりとコクがあり、饒舌でチャーミング。ワインも犬同様、飼い主に似るんだなあ。おしゃべり好きのメラックさん、先週はワインの名前にもなっている3人のお嬢さんたちを連れて、オーヴェルニュ地方で馬三昧だったとか。ついでに「ミシェル・ブラ」にも行ったんだってさ。
「いやもう、それはそれはおいしかったよ。パリの三つ星に比べれば安いしね。なに?行ったことないの?ぜひ行かなくちゃ!」と熱く語る。そーだよねー。ブラはもちろん、この地方、私、遊びに行ったことない。いつか訪ねてみたいよね。
100席近くはあろうかという店内は大賑わい。どこのテーブルもワインを中心に楽しげな喧騒。メラックさんをはじめ、サンパで気のいい従業員たちも賑わいに華を添えてる。いいよねー、全く気取りがなくて、ひたすらにワインと料理を楽しんでいるこの雰囲気。これでこそワインバーだよ。
メラックさんが大好きなローヌとラングドックのお酒が幅を利かせている。水はこの店では飲んではいけない。“水はジャガイモを茹でるためにある”というのがポリシー。カルトにエヴィアンの名前はあるものの、赤字で“注文する際には医者の処方箋が必要!”と但し書きされてる。エヴィアンなんかを頼んだ日には、以後出入り禁止になるに違いない。根っからワインを愛する人たちの場所なんだ。おいしいつまみとパンを相手にワインの量はどんどん進み、夜は楽しく更けていく。あー、こんなワインバーがうちの近くにあればどんなによかっただろう。このワインバーとパン屋さんに通うために、このあたりに引越しをしたいと真剣に考えてしまうのでした。
そして、ひとたび好きになれば、愛情深くその店に通う私。翌週には、別の取材で再びここを訪ねて、めでたくくだんのパン屋さんにも寄って、素晴らしいコーンパンをゲット。その翌週には、スピちゃんを連れて遊びに行く。
ガルニエで美しきアニエスとお茶目なヤンヤンを堪能し、アニエス命!のスピちゃんに付き合って出待ちなどをやってみる。案の定、最後の最後に出てきたアニエスとヤンヤンと一緒に写真を撮ってもらってゴキゲンなスピちゃん。遅くなっちゃったね、一応電話、入れておこう。
「どこにいるんだよー?もう来ないのかと思っちゃったよ」とメラックさん。
「今オペラです。これから行っても大丈夫?」
「OK、待ってるよ。早くおいで!」と言うわけで、10時半。半ば人も引けた「メラック」に駆け込んで、アニエスとヤンヤンを絶賛し、オスタとバールにため息つきながらの宴会。運の悪いスピちゃん、例のパン屋さんが今週はヴァカンスに入っているらしく、今夜のパンは「ポワラーヌ」のだけ。かわいそうに。でもまあ、この間コーンパンの味見はしてるしね。普通のパンのおいしさも想像がつくでしょう。
シャルキュートリーにシューファルシ(ロールキャベツ)をつまみに乾杯。ちょっと味の濃いシューファルシに使ったキャベツも、メラックさんの故郷アヴェイロン産。つけあわせのジャガイモが美味〜。ジャガイモ愛好家の私としては、これもまたそそられる。
食べ残したサンネクテールを包んでもらって、さようなら。店のオリジナル・Tシャツをおみやにもらって、いたくゴキゲンなスピちゃんだけれど、おうちに帰って広げたTシャツのサイズはXL。細い細いスピちゃんが二人は入りそうな大きさだ。どうするんだろうね。かわいいから、パジャマにしなよね。
ワインが好きで好きでたまらない、というのが、店内の内装にもサーヴィスにも、全てに溢れている「メラック」。こんなワインバーがあるから、フランス生活はやめられない。ワイン好きな友達を片っ端から連れて行きたいとっても素敵なワインバーです。
lun.14 avril, sam.3 mai 2003