傘をさしてお出かけする。
週末のブランチの、どこかのんびりくつろいだ雰囲気が好きだ。ネクタイやかっちりしたスーツを着た人なんて1人もいなくて、緊張感のないどこまでもゆるんだ笑顔に、気のおけないおしゃべり。子供たちの騒ぐ声すら心地よいBGMに聞こえてしまうのは、週末ならではの心の豊かさゆえだろう。
ざあざあ雨から逃れるように、「コーヒー・パリジャン」の扉を急いで開けて、英語が飛び交う、まるでベヴァリー・ヒルズの「ピーチ・ピット」みたいな雰囲気のお店の片隅に座っていると、昔、西海岸で食べたブランチの思い出がよみがえって来て、何万キロも離れた彼の地への郷愁を誘う。
歴代アメリカ大統領の写真をあしらったテーブルマット、ハインツのケチャップに、壁にはケネディーの大きな写真。(ここはパリの民主党本部?)ビニール張りのバンケットから、耳に入るおおげさなイントネーションの米語、遠くに聞こえるハンバーグをジュウジュウ焼く音まで、まさにここはパリのアメリカ。デ・プレのど真ん中に位置する「コーヒー・パリジャン」は、エッグ・ベネディクトやベーコン・エッグ、ハンバーガーにベーグルサンドなど、いたくアメリカンな食事を楽しめる、気のおけないカフェ・レストランだ。
シードルならぬ、アップル・サイダーをゴクゴク飲みながら、ベーコン・チーズ・バーガーなんてものを食べたくなるのがこの店の雰囲気。他の店で、こんな食べ物、間違ってもお目にかからない。薄切りオニオン、トマトにピクルス、レタス。お決まりのハンバーガーの付け合わせの横には、フレンチフライの代わりにハッシュド・ポテト。中はホクホク外はカリカリの、上出来のハッシュド・ポテトをひとくち食べて、ハインツにおもむろに手を伸ばして、ハンバーガーを完成させる。めったに食べないハンバーガーも、こういう雰囲気の中でいただくと、それなりにおいしく決まるところが面白い。しょせん、料理なんて、その場の雰囲気なのよね、と、しみじみ思ってしまったりする。
横のテーブルから流れてくる、パンケーキのふわりとした香りとメープルシロップの香ばしい匂いに鼻をクンクンさせたり、反対側のテーブルで、店に用意してあるクレヨンで一心不乱にお絵描きしている子供たちを眺めたり、のんびり居心地のいいブランチの時間を楽しむ。
止まない雨にため息ついて、再び傘を広げてセーヌに向かって歩く。この週末にボザール(美術学校)で開かれる芸術古書市が目的地。フランスきっての美術学校が、駅舎を彷彿させる中庭のギャラリーを解放し、フランス各地の美術に関する団体がたくさんの芸術本をとりそろえて出店している。
雨降りの週末だというのに、なんだこの人の山は?というくらい、すりガラスの天井越しに入ってくるくすんだ光がいい感じのギャラリーは、人で溢れている。冷やかし、というのではなく、きちんと本を買いに来た人たちがほとんどなのにちょっとびっくり。ある場所で重い美術書を何冊も買い込んでは、次のスタンドに移って、また一心不乱にページをめくる、真剣なお客様たちの熱気がすごいすごい。フランス人、こんなに本読むっけ?
とりあえずは目的の、パリ国立オペラ座のスタンドを訪ね、昨シーズンからさかのぼって5〜6年前くらいまでの古いバレエのパンフレットを片端から手に取る。私がまだ知らなかった頃のオペラ座の記録が全て残っていて、楽しい楽しい。若かりし頃のカデールや、まだ学校の生徒だったエレオノーラちゃんの写真などがどんどん出て来て、もうこのスタンドから離れられない。古書市とはいっても、全く新品のパンフレットが、15〜20フランで売っている。公演中に買えば60フランもするパンフレット、しかももう、ブティックに行っても売っていないレアものばかり。「悩むくらいなら、買ったほうが後悔しないよ。15フランだよ!」と、Mちゃんの声に勇気づけられて4冊もパンフレットを買い込む。
古いデザインのポストカードやパリの建築本なんかを見て周り、ようやく雨の上がった道を横切り、「ロテル」でお茶。さっそく買ったばかりの本を取り出して、人気のないサロンでカフェ・クレーム飲みながら、遅い午後の時間を楽しむ。
夜、ベッドに入っても、買わずに置いて来てしまった他のパンフレットたちが気になって寝つけない。やっぱり買えばよかったなあ。この週末を逃すと、もう来年まで目にすることのないカデールの写真に思いを馳せ、眠りの浅い夜を過ごす。翌日の午後、ワインサロンに行く待ち合わせの時間よりも1時間早く家を出て前日歩いた道をボザールへと辿る。ざあざあ雨の代わりに、今日はごきげんな太陽が頭上を覆っている。オペラ座のスタンドに陣取って、ああ、実はさらにまた4冊もパンフレットを買っちゃったんです、Mちゃん(笑)。来年は、また別のパンフレットが出てくるといいな。
心のつかえが取れ、すっかりいい気分になって、セーヌにつながれた船で開催されるワイン・サロンへ赴く。大切なパンフレットをヴェスティエールに預け、あちらこちらの生産地のワインとおしゃべりをたっぷり楽しむ午後。気がつくと3時間が過ぎていて、もうおしまいの時間。全部飲み切れなかったね、、、と、悔やみながら、カフェで酔い覚ましのお茶した後に、久しぶりに「カーサ・アルカルド」に行ってみる。
「スペイン料理?」って尋ねると、「ちっがーう!バスク!スペインじゃないんだ!」と、えらい剣幕で訂正されたことを思い出す。もうかれこれ6年も前の話だ。サングリアで乾杯して、タパスの盛り合わせに、パエヤとピペラード。これは明らかにバスクではなくスペインな、リオハのワインを空けて、クレーム・カタランとガトー・バスクで締めくくり。バスクらしい内装に従業員の服装がとてもサンパな「カーサ・アルカルド」は、お気に入りの一件だ。ピペラードの生ハムつまみながら、美輪おばちゃんのタパス屋を思い出す。元気かなあ、おばちゃんとマリ。12月になったらバスティーユのバレエが続くから、また夜な夜な遊びに行くんだろうな、と、今からおばちゃんちで過ごす夜を思ってニヤリとして、飲んだくれた一日を終えたのでした。
sam.20 dim.21 oct.2001