バンザイ!バンザイ!!バンザイ!!!松嶋さんが、ミシュランの星を取った。
初めて会ったのは、1999年3月だった。(と思う。そうだよね、松嶋さん?)一緒に、「ル・マクサンス」にゴハンを食べに行った。これからフランスの南のレストランを回って料理の修業をするんです、と言っていた。
それから3年半。ことあることに電話をくれ、今はこんな店でこんな仕事をしています、こんな街のこんなシェフの横で働いています、と、南の香りに包まれたレストランの様子を、ライヴ感たっぷりに報告してくれた。自分で店を出すことにしました、と聞いたのは、2002年の夏。太陽が照ってて気持ちいいし、うん、このあたりで店を探しますよ!と、仕事がない休日、南から電話をくれた。それからは怒涛の日々。物件を探して決めて、資金を調達して、開業に関わる絶望的に煩雑な諸手続きをこなし、松嶋さんは12月20日、25歳の誕生日に、ニースに「ケイズ・パッション」を開いた。店を開くまでのいきさつも、随時報告してくれた。初めてこの店を訪ねたのは、オーブンから半年近くたった翌年5月だったけれど、初めて訪ねる店の気がしなかったのを覚えている。
それから3年弱。プライヴェートで仕事でと、ことあるごとに理由を探して松嶋さんの店で食事をした。何度かの食事と、頻繁にくれる電話のおかげで、松嶋さんがどう方向性を決めてそれに向かって進み、時には悩み、どんな風に店を成長させていくのか、ずっと見守ってきた。そして、2006年3月。予定より1年遅れて、松嶋さんはミシュランの1つ星を取った。オープンから3年ちょっと。28歳という若さで。なんて、松嶋さんと初めて会ったときから今までのことをいろいろ思い出しているうちに、飛行機は1時間ちょっとの飛行を終えて、この世で一番いとしい空港に着陸した。相変わらず、海に飛び込みそうなそぶりをしながら。カーニヴァルたけなわの2月中旬。星獲得のニュースを受けて、早速取材に飛んできた。
1年ぶり!よくもまあ、こんなにコートダジュールにご無沙汰できたものだ。まあでも、前回の滞在はたっぷり2週間だったので、いつになくコートダジュールの匂いを思い切り体にしみこませておいていたのだろう。思ったよりも恋しくならなかったものね。おかげでその間、プロヴァンス、ノルマンディーとバスクにたっぷり浮気出来た♪おめでとうを伝え、いいにおいのする厨房で鼻をクンクンさせているうちに、もうお昼ゴハンの時間。新しく星つきレストランの仲間入りをしたシェフの料理をいただきます!
試験管みたいな器に入ったカンパリオレンジをすすり、アンチョビ、アーティチョーク、トマトなど南素材をたっぷり使った、賑やかなシャンパーニュアミューズをパクパクパク。この店のシャンパーニュアミューズは、賑やかで、皆それぞれ個性的で工夫がしてあって、楽しくて、これから出てくる料理たちへの想像力を刺激する。さっくりと揚がったカキ(下にジュレだかエミュルジョンだかがあった気がするけど、忘れてしまった)、ニンジンさんのクリームをアミューズにいただき、自家製のパンをちぎる。オリーヴや各種ハーブ、ヒヨコマメなどを使ったこの店のパン、優しい味がしていい。料理と共鳴している。松嶋さんの料理には、プージョランタイプのパン、似合わないもんね。自分の料理の性格をきっちり分かった上で作っているパンだよね。
アントレは、サンレモのエビ。ニースから程近いラ・チュルビはシリノさんの店で、初めてこのサンレモのエビを食べたときの、心臓が飛び出しそうな感動を、今でも覚えている。いまだかつて、これほど美味しいエビにめぐり合ったことがない。
松嶋さんが使っているエビは、シリノさんと同じところから手に入れているもの。香ばしく皮ごとグリルしたり、優しく火を通したり、今までもいろいろな料理法で食べさせてもらっているけれど、今日のエビは、リゾットと一緒に。エビ、ほんのちょっとだけ、火が通りすぎかな?リゾットは軽やかな仕立てでいい感じ。バターが強すぎるリゾットが多いフランスで、松嶋さん、そしてチェルッティーちゃんのそれは、私の大のお気に入り。
味見というか、強引に半分こさせてもらったアスパラガスが、感動的な美味しさ。本当にごく軽く茹でてソテーして、レモンを利かせたムースリーヌにあわせただけ。それだけ。それだけなのに、気が狂いそうにおいしい。こんなアスパラガスなら10本でも20本でも食べたい!たくましい土の香りをまとった生命の息吹を感じるアスパラガス。フランスの山菜だよねね。タラノメとアスパラガス、どちらしか食べてはいけない、といわれたら、私はどっちを選ぶだろう?完璧な歯ごたえと風味に、本質的に優しいムースリーヌがふんわり寄り添う。思い出したように、コートダジュールが誇るレモンが軽やかにそして印象的に香りを立たせる。シンプルかつ完璧。これ以上なんの手を加える必要もないし飾る必要もない。素材の力、キュイッソン、センスのある味、この3つをきっちり把握している松嶋さんならではの、すばらしい1品。
プラは、松嶋さんのシグニチャー料理の代表、シメンタール牛肉のミルフォイユ、ワサビ風味。ドイツはバイエルン産の柔らかな牛肉を薄くそぎ、その食感を一層強調。ワサビの香りを刺激的にでも奥ゆかしく効かせて、塩コショウだけで食べさせる、こちらもまた、マイナスの美学がひときわ光る一品。私はほら、ここのアニョーの大ファンな上、やれ鳩だ、やれ各種魚だと、食べるものが山ほどあるので、このシグニチャー料理を今まで一度もキチンと食べたことがなかった。半分だけ、とかで、味見的に食べたことしかなかったのだけれど、季節は羊のベベには早すぎるし、ちょうどいいタイミングでオーダー出来てよかったよかった。この料理、フランス人が溺愛している。きっちり赤い牛肉という彼らが好きなタイプの肉に日本の風味がきれいに混ざって、彼らの心を刺激するのだろう。クルジェット、オレンジ色のカボチャ(サツマイモ?)のテンプラもサクリと歯ごたえよく味もよくて上出来。全体的にいたって軽くまとめた1品を、心から美味しくいただく。
イチゴのムースみたいなアヴァンデセールが、ひんやりと爽やかで、いいお口直し。次に続くデセールに向けて、口の準備を整えてくれる。フレーズデボワとマンゴーソルベ、パッションムースとサバイヨンをあわせたお菓子、だったかな?愛すべき森イチゴが、まださすがにシーズンから早すぎるのか、ちょっとかたくなだったのを抜かせば、とても美味。南国の果物の甘くかぐわしい香りをたっぷり楽しめる。
でもね、今日のおやつの傑作は、シシリアオレンジのカルパッチョに、ハチミツと塩の花を振って、自家製ショコラムースを乗せた作品。どうしてこんなにオレンジっておいしいのっ!?と叫びたくなるようなオレンジの濃厚かつほとばしるほうな甘みと酸味。それを絶妙に引き出すハチミツと塩。オレンジと相性のよいミルク分の多い軽いムース。先に食べたアスパラガス同様、どう考えてもこれ以上何も加える必要もないし、何も抜く必要のない、笑えるくらいにシンプルなのに完璧な美味しさだ。
完璧に美味しい、と思うとき、2つのパターンがある。ひとつは、松嶋さんのように、素材を発端にしてそこから突き詰めたシンプルさから生まれる、ブリュットに研磨された美しさ。アラン・ドゥトゥルニエやシリノさんもこっちのパターンかな。もうひとつは、たとえば、、、そう、チェルッティーちゃんやパサール、パコーさんのように、もちろん素材がまずあってシンプルな料理なのだけれど、それを実現するために、まず最初にソースや他の素材との組み合わせかたなど、一度複雑な方向を突き詰めた後で、余計なものを排除する、濃縮された粋のような料理。蒸留酒や香水を作るときみたいな感じかな。最初の材料は多いけれど、それを吟味研究して、つややかな本質のみを取り出したような料理。どちらもそれぞれすばらしい感動を与えてくれる。
この店では、自家製でないものを探すのが大変だ。お砂糖、かな(笑)?これもまた店でちゃんと作っている、出来立て、つまりフワッフワで絶対に日持ちしない、口溶けのよいギモーヴを口に放り込み、熱いカフェ(美味しいんだ、ここのカフェ)を飲んで、ごちそうさまでした。
よく食べました、ほんとに。一昨日昨日と思い切り体調を崩し、もし今日も体調悪かったどうしよう、とビクビクしながら向かったニースだけれど、松嶋さんの料理に久しぶりに会った私の体はいたってご機嫌で、小食なカメラマン氏の料理も含め、いたって快調に美味しい料理やおやつを摂取してくれた。よかったよかった。寝込んでいた2日間で珍しく減った2キロの体重は多分、今日のランチとこれからひいきのパティスリーでたっぷり買い込むカーニヴァルのベニエのおかげで、すぐに戻ってくると思うけれど、いいや、気にしない。こんなにおいしい料理やオレンジフラワーウォータの香りが素敵なお菓子を食べて太るなら、本望だよね!
美味しかった、とっても。どこに出しても自慢できる、1つ星の条件をきっちり備えた名店になっている。この春から夏にかけて、改装工事を行い、店は拡大。名前も、ケイスケマツシマになり、新たなステージでの活動が始まる。と言うことは、今日のランチが、ケイズ・パッションでの最後の食事だったんだね。初めてあったときのことをまたふと懐かしく思い出しながら、ニースの町を散歩して、夕方遅く、パリ行きの飛行機に乗る。
mer.15 fev. 2006