バレエとレストランをはしごする一日は、とても幸せな一日だ。
午後、コレグラフ(振付家)としてのカデールの新作、「ユールヴァン」のパスポートを観にいく。ジェレミーと、年末のコンクールでプルミエールに上がったばかりのノルウェン・ダニエルを生徒に、先生はもちろんコレグラフ(カデール)。ノーメイクのカデールを見られる!と、興奮で前夜はろくに眠れず、気合入れて1時間も前から並んで、コレグラフのお姿をたっぷり拝見できるように前列の席をゲット。小さなアンフィテアトルで眼福を味わうこと1時間。え?もうおしまいなのぉ?ペトルーシュカのときみたいに、2時間コースにしておくれよぉ、、、と、あっという間に終わっちゃう。で、パスポートの内容?よくわからん。なんせ、先生のお姿を追うのに夢中で、ジェレミーたちの動きは視界に入らなかったもの。うまく踊れなくて、先生様に「ちがうよ、ジェレミー。こうだよ、ジェレミー。う〜ん、ちょっとまだ、ね、ジェレミー、、」と、いとも麗しいお声でアドヴァイスを受けていたのは覚えているけれど、肝心の踊りは、ちーっとも観なかった。ビデオが上手く作動しなくて困ってみたりにこやかにレッスンをするカデールを、夢中で追い続けた1時間。
うっとりな午後を過したあとは、おいしい夜。シャン好きな訳ではないのだけれど、気になるレストランはなぜかみんなシャンに集まるらしい。今宵もまた、シャン・ゼリゼに現れたニューフェースを味わいに、てくてく丘を上ってゆく。
「ペーシング・ホール」が出来たのは昨年の秋。巨匠、アンドレ・プットマンが100%デザインを手がけた、この界隈の、今をときめくとびきりのホテル。デザイン性に優れているレストランにえてしてありがちなように、「ペーシング・ホール」のレストランも、なによりもまずは雰囲気、味はあまり期待しないほうがいいでしょう、と、思いつつ訪れた私たちは、いい意味と悪い意味でちょっとずつ期待ハズレを味わうことになる。
まずはバーで待ち合わせてアペリティフ。地上階のレストランよりも、上階のバーの内装のほうがずっといい感じ、というのは、この間見に来たときに確認済み。いくつかに分かれたスペースのロフトの部分、中庭とレストランを眺めるテーブルに落ちついて、チン(乾杯)!照明、ソファの素材、音楽など、感度のいい雰囲気を楽しみながら(お酒?まーまーかな。高すぎる)、ペチャペチャおしゃべりに花を咲かせる。
ふと気がつくと、もう9時過ぎ。そろそろレストランに場所を移そうか、と中庭越しのレストランに視線を向けると、おやおやまあまあ、、、。8時に見たときには、だーれもいなかったのに、今やもう、すっかり人で溢れているじゃない。さすが、今が旬のスポットだね。ゆっくりくつろぎのアペリティフタイムで気分もすっかり盛り上がった。さて、じゃあ、レストランに行く?
私たちのテーブルを除いて、みごとに満席。土曜日の夜らしい、くつろいでのんきな喧燥がいい感じ。天井の低さと詰めすぎのテーブルが原因だろう、ちょっと騒がしすぎるかな。すでにデセールに向かっているテーブルもチラホラ見られる中、カルトを開き、アミューズのディップ類をつまむ。ふむ、悪くない。セルヴィエットに乗せるカトラリーの置き方もチャーミングだ。各5種類ほどずつの、適度にシンプルで適度にこだわった感じのする料理構成、なかなかいいのでない?プットマンのホテルっぽい料理たち。いつも思うけれど、カルトを一通り読みくだした段階で、自分の好みに合う料理かどうか、なんとなく分かるものだ。
同じエリアに君臨している「コロヴァ」、「マン・レイ」、「ノブ」など、とびきり尖がったクールなレストランたちに比べ、集う客層が比較的おっとりしているのは、やっぱりプットマンのせいかしら?柔らかな彼女の内装に惹かれて来るのは、やはりどこかやさしげな、肩肘の張っていない人たちが多い。そんなお客様達を眺めているところに、料理が運ばれてくる。今夜のアントレは「南仏風タルト」。冬のさなか、南が恋しくなって選んでみた。ごく薄のタルト生地に、薄切り南仏野菜がたーっぷり。なんてことない、シンプルな一皿なのだけれど、くせがなくてちゃんとおいしいんだ。だてに、デュカスとダニエルのもとで修業した訳ではないらしい、ここのシェフ。プラは「鶏のロティのハチミツ風味、ポレンタを添えて」。こちらもまた、ほんっとになんてことない、ただのロティなのだけれど、きちんとおいしいと思えるのが、やっぱり意外だ(笑)。この手のレストランに対しては、どうしてもはじめから、料理に期待するな!という習慣が脳にインプットされているものだから、ちょっとした驚き。あまり好きではなく、本当はなにか他のものと代えて欲しかったポレンタのガトー仕立ても、さっくりふんわりで、これまたなかなかイケルのだ。デセールの「アナナ(パイナップル)のロティ、フロマージュブラン、グラス・ヴァニーユ」も、そこそこ美味。んー、思っていたよりもいいねえ、料理が。全体的に、味もやっぱりプットマンのイメージにつながる。優しく、穏やかで、ちょっと個性的。みんなから好かれるタイプ。値段も決して高すぎない。これは人が入るわ。12時近くの段階で、ほとんどのテーブルは2回転目のお客様。オヴォア!して席を立つ私たちのテーブルを待つお客様と、エントランスですれ違う。夜はまだこれから、らしい。
レストランの内装は、このホテルの他のスペースに比べるといたって地味。「ペーシング・ホール」にいる、という雰囲気は残念ながらそんなに味わえないけれど、料理のまあまあさに免じて許そうか。「ペーシング・ホール」自体は、ホテルのエントランスや中庭の回廊、そしてバーで楽しめばいい。次回は夏、上階の、中庭を見下ろすテラステーブルで、暮れない夜のひとときを過しに来よう。
sam.2 fev.2002