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グルマン・ピュスのレストラン紀行


トロワグロ(Troisgros)

雨に迎えられて、珍道グルメ旅の初日を迎える。

記念すべき初日は「トロワグロ」。リヨンから一度南下して、タン・エルミタージュで雨に濡れるワイン畑を眺めた後、北北西に進路を取って、ロアンヌの町に入り込む。

駅前旅館から発達した「トロワグロ」の名前を知らないフランス料理好きはまれだろう。ポワンの魂を受け継いだ「トロワグロ」は、フランスのレストランを代表する一店だ。数年前に、父ピエールから息子ミシェルへと、ひっそりとシェフの座は譲られ、あわせてホテルの大改装が行われた。

実を言うと、料理よりもミシェルの奥様が手がけたというホテルの内装の方に多大なる興味があって、初日の夜にノミネートした「トロワグロ」。内装の方は、一生懸命センスよく頑張ってますっ!という努力が多々見られ好感度大。ところどころの詰めが甘く、クールになりきれていないところがチラチラ顔を出しているのは、まあご愛敬にしましょうか。しょせんここはロンドンではなく、フランス片田舎の駅前旅館。いくら気張っても無理があるってものですね、はい。

3人でももったいないくらいの大きな部屋に通されて、ほっと一息。やれやれ、今日だけで何百キロ走った?シンプルで落ち着いた内装のお部屋をめでて、ウェルカム・プレートのスリーズ(サクランボ)に舌鼓。旅のはじまりを祝うにふさわしい、極上のスリーズ。この旅の目的は、スリーズ、フレーズ・デ・ボワ、それにベッリーニをたっぷりお腹に入れること。さて、願いは叶うでしょうか??

salle身繕いして下のサルへ降りる。田舎の3つ星、服装に困るんだよね、どこまでシンプルにするべきか、どこまで華やかにしていいか。と言いながらも、べつに困るほどいい洋服持ってきてないので、いつもと同じワンピース身につけて、テーブルに着席する。

「メダム、ムシュー、アペリティフはいかがいたしますか?」
「ベッリーニ、ほんとの、できますか?」担当メートル氏に、さっそく希望を告げる。
「んー、ごめんなさい。ちょっと季節が早すぎます。すばらしい本物のベッリーニのルセットを持ってるので、ぜひ作ってさしあげたいのですが、今は時期が、、、。もう少ししたらシーズンなんですけれど」
「そうなの、、、?残念。じゃまた、来月あたりに来なくちゃね、ベッリーニ飲みに」ちぇー。初日からこけてしまったよ、がっかり。気を取りなおして、普通のシャンパーニュで乾杯。いい旅になりますように。

カルトを開いているところに、まずはシャンパーニュアミューズ。レンゲに入った3種類のアミューズの見せかたは、誰がなんと言ったってデュカス風。というか「スプーン」風。ビーツのマリネ、ジャンボン・ペルシエ、オマールの3種が、ちょこんと盛られている。

これがねー、つまらないんだ、とても。まずいって言うかなんというか、つまり全然おいしくない。ただの漬物、ただのハム、ただのエビ、って感じ。おいおい大丈夫?ここほんとに美味しいんでしょうね??なんとなくどきどきしながら、料理を決める。
「デセールも先に決めていただいていいですか?」と担当メートルのパスカル氏。もちろんですとも。デセールはね、読んだ時にもうすぐ、決まっちゃった。
「フレーズデボワとスリーズ、柑橘類のスープ。これ、グラスとかついてるのかしら?」
「ついてないですね。添えましょうか?ヴァニーユあたり?」
「よろしくお願いします」大きく頷く。デセールにはどうしても、グラスかソルベの存在が必要な私である。

お酒を決め、パンが運ばれ、アミューズの到着。
「メダムには甲殻類のフラン、ムシューはトマトのジュレです。ボナペティ」背の高い白の器に、シトロネル(レモングラス)の緑が鮮やかに映えている。どきどきしながら、スプーンを手にする。美味しいといいな、美味しいといいな、、、。

「美味しい!」
「美味しいわ!」
「ん、うまい!」なーんだ、やっぱりちゃんとおいしいじゃーん。最初のがあんなんだったから、どきどきしちゃったよ。洋風茶碗蒸、とでも言いましょうか。ダシを、昆布とかつおでなく、甲殻類で取った茶碗蒸。よく行く鮨屋で、茶碗蒸を食べないことには食事を終えられない私としては、ちょっと琴線をくすぐられる作品。ふんわりと甲殻類の香りをくるんだ、ツルンツルンのフラン。ん、うま。トマトのジュレも抜群。清涼感に満ち溢れた冷たいジュレは、今夜のお天気にはそぐわないけれど、コンソメの濃さ、トマトの甘みのバランスがよく取れていてお上手お上手。いいじゃない。このあとにも期待が持てそう。

ravioleアントレは、「プティポワ(グリーンピース)のラヴィオリ、アマンド・フレッシュを添えて」。真っ白なお皿に、トロワグロマークがちょこっと。お店のマークもこのくらい小さいと我慢できる。パリのどっかの高級レストランのように、そのホテルの名前がででーんと書かれているお皿はキライだわ。ここ、お部屋のレターセットやマッチのデザインもなかなか素敵。全体的に、ロンドンの「ワン・オールドウィッチ」に雰囲気が似てるんだ。デザイナー、誰だったんだろう?プティポワ好きの私としては、この料理を頼まない訳にはいかなかった。最後まで、「ナスのジュレ」と悩んだけれど、やっぱりプティポワの勝ち。この春最後のプティポワかしらね、きっと。

大きな白いお皿に、でーんと広がった四角のラヴィオリが1枚。ソージュ(セージ)の葉と生のアーモンド、数粒のプティポワが飾られた、見た目に個性的な一皿。で、お味は、というと、これもなかなか個性的。甘いんだ、ラヴィオリの中に詰められたプティポワのピュレが。トロトロと甘い豆のピュレにオリーヴオイルの香しい甘さが重なって、なんだかちょっと「エル・ブジ」?昨今のレストランで「エル・ブジ」風吹かせていないところって、希少価値になってきたのかしら?生アーモンドを添えたあたりも、かなり影響受けていると見たね。はっきり言って、ここにアーモンドがある意味は、私には見出せなかった。色としてはとてもきれいでいいけれど、別にこのラヴィオリを引き立てるものではないと思うな。

全体的には、とても美味しい。というか好み。この甘さがイヤ、という人もいるかもしれないけれど、ラヴィオリの出来具合といい、プティポワの使い方といい、オリーヴオイルの添え方といい、なかなか私は好きですね、このアントレ。

パン籠から選んだオリーヴオイルパンは、すばらしい出来なのに、「ここのスペシャリテです」と、食事半ばに運ばれてきた、お星様の形のパンは、可愛いけれど美味しくない。なんなんだ、このレストラン?アミューズ同様、美味しいものと美味しくないものが共存しているぞ。満員御礼。地元の人たちと観光客が入り交じったサルは、楽しそうな語らいではちきれそうだ。

プラは、「牛フィレの黒コショウ、肉汁を添えて」。ほんとはね、仔牛の料理をオーダーしてた。それが、アントレはじまって間もない頃、横のテーブルのおじさまの前に運ばれた牛肉の香りに、つい心がフラフラ。慌ててパスカル呼んで、プラの料理の変更を告げた。

何年ぶりだろう、牛肉料理を頼むなんて。もともとあまりこちらで牛肉を頼まむことはないけれど、それでもパトリックのところで、素敵に美味しいタルタルやカルパッチョ、ポトフを食べてたもんね。狂牛病の嵐が吹き荒れてから、ますます食べなくなっいた牛肉と、まさかここでコンニチハするとは思ってなかったなあ。

boeufで、その牛肉ですが、これがまた!料理代えてもらってよかった〜、と心から思う一品。適度に赤みの力強さが残った柔らかな肉は、強烈な香りを放つコショウと、ドロリと濃い自身の肉汁に包まれて、それはもう、素材のシンプルな美味しさ、これに極まれり!みたいな出来。そっかー、牛肉って美味しかったんだよね、と、久しぶりに口にするフランス牛肉の味をしっかりと噛み締める。ガルニには、ごく上品なグラタン・ドフィノワ。これまた私の愛するジャガイモ料理に舌鼓を打ち、「トロワグロ」との相性のよさを感謝する。

牛肉の味もすばらしいけれど、「トロワグロ」の代名詞ともなっている「ソモンのオゼイユ(スカンポ)風味」も、数十年前の革新料理にふさわしい出来栄えだし、「アニョー(仔羊)のロティ」なんか、涙ものの美味しさ。これはずるい、禁じ手だ!と思わず叫びたくなっちゃうような、極極極上の仔羊肉を使っていて、思わずエヘエヘ笑みがこぼれてしまうような肉なのだ。

肉の美味しさ、というものを、しみじみ味わう横にあるお酒は、コトー・ドゥ・ラングドックのペイル・ローズの赤。デカンタージュしたての時は、ごく普通の南のお酒、というイメージだったのに、どんどんデカンターの中で花開き、途中からは、深くバランスのよい見事なお酒になってくれる。挨拶に出てきたミシェル・トロワグロがテーブルに置かれたボトルを見て、
「これを選んだんですか?偶然?知ってて?ああ、知ってたんですか?すばらしい!このお酒、あんまり知っている人いないんですけれど、本当にいいドメーヌなんですよ。選んでもらえて嬉しいです」と、ホクホクしている。選んでくれたTくんに拍手。あとで、ガイドブックを見ると、確かにものすごく評価の高いドメーヌ。この夜飲んだのは何年だったっけ?わりと若かったよね?ちょっと古目のを、いつかまた飲んでみたいな。

肉の美味しさの余韻にひたっているところに、緑のお皿に赤いお菓子が乗ったお皿が運ばれてくる。うー、お皿は可愛くないけど、お菓子は美味しそうだ。
「アヴァン・デセールです。フランボワーズのミルフォイユ仕立て。どうぞ召し上がれ」

millefeuillleうっまー♪お部屋にあったプティフールの上出来さ加減から、ここのお菓子類の美味しさは想像がついていたけれど、ほんと、お菓子上手。サックリビスキュイ生地の上に、フランボワーズのクリとフランボワーズ。その上には薄い飴を重ね、クリーム、そしてさらに飴。上にはクリスタリゼした葉っぱ(なんだった?マント?ソージュ?)。美味しいんだ、あっさりとさっくりと。アヴァン・デセールでこの味!デセールはどんなかしら?ワクワクしながら、次の皿の到着を待つ。

soupeユニークな形の白いお皿に、赤の色も鮮やかなスリーズ、ミルティーユ(ブルーベリー)、フレーズ・デ・ボワが満載!うきゃー、うれしいよー。フレーズ・デ・ボワちゃん、会いたかったよー。なんてことない果物のスープなんだけれど、オレンジ類の柑橘系で味を引きしめられたスリーズたちの出来はグー。上品なグラス・ヴァニーユと共にパクパクパクパク、スプーンを口に運ぶ。うう、だけどもうお腹いっぱい。食べきれないよ。涙ながらに、スリーズを少し残してしまう。

チュイル系のプティフールの皿が運ばれたあとに、シャリオでやってくる、その他大勢のプティフールたち。すごいなあ、プティフールまでかなりの気合。後日ロランに会った時にこの話をすると、「あそこのプティフールは有名。シャリオのクラシック・デセールも絶品なんだ」と、その美味しさを請け合ってくれた。お腹いっぱいで死にそうなくせに、さらに3つもプティ・フール取り分けてもらって、ホクホクしながら口に運ぶ。

「バーの方にいらっしゃいますか?」パスカルの言葉に頷いて、お茶は横のバーでいただく。薄暗いバーには、低いテーブルがいくつかあるほかに、大きな田舎風のテーブルも。酔っ払ってるわ暗いわでよく分からないけれど、なかなかいい感じだよね。奥の方からは楽しそうな談笑の声。あっちがビストロになってるんだ。思っていたよりも全然よかった「トロワグロ」の魅力をトロトロ語りながら、深々とソファーに沈み込む。

ホテル・レストランって、どんなにぐったりと食べつかれて酔っ払っても、そのままお部屋にすぐに帰れるのが嬉しいね。巨大なバスタブに浸かって気持ちよく酔った頭を落ち着かせ、リネンの気持ちいベッドへと潜り込んで、グルメ旅行初日の夜は更けていく。

翌朝、雨の残るテラスを眺めながら朝食のジャムに舌鼓を打ち、「トロワグロ」ご自慢のすばらしいカーヴを歩き、部屋に入り込んできたやたらと愛想のいいホテル・キャットと遊び、厨房を見学させてもらって、一路、南へのオートルット(高速道路)を目指すのでした。


sam.9 juin 2001



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