てくてく歩いて、「スプーン」に到着。わーいわーい、嬉しいな。久しぶりの「スプーン」だ。この間のキャンセル待ちは結局席が取れなかったし、一ヶ月前に改めて予約取り直したんだ。「マダム・グルマン、、、。ああ、あなたのこと覚えてるわよ。ウェイティングで取れなかった方よね?」なーんて言われながら、予約の電話したんだっけ。
「ボンソワール、いらっしゃいませ」
「ボンソワール、ムシュ。マダム・グルマンです」
「ええと、、グルマン、、、。はい、お待ちしてました。コート、いいですか?どうぞこちらへ」
メートル氏に案内されて、奥のテーブルへ。そんなに大きくはないサルは、既にほぼ満席。昼と違うというインテリアは、壁の白を半分紫に変えている程度。天井から降り注ぐ小さなスポット達の輝きも昼と変わらない。夕食を食べるにしては明るすぎるレストランだよね。まるでカフェテリアみたいだ。
「なんだかさあ、前も思ったんだけど、どうしてこのレストランが気になっちゃうのか、我ながら理解出来ないんだよね」
「あ、分かる分かる、同じこと考えてた」
「だってね、はっきり言ってお料理は、そんなたいした物じゃないよ。確かにまずくはないし、なかなか面白いものもあるけど、間違っても、美味しいものが好きな人には紹介できないレストランじゃない?」
「その通りだよ!この味でこの値段は高すぎるし。味だけだと、本当にここ、ランクは上位じゃないよね。でもねえ、なーんか、心引かれるんだよね、、」
「どういう風に形容する、このレストランのこと?」
「うーん、、、。料理を純粋に楽しみたい人はダメ。モードとしてのレストランとしてならOK、、、?でもなあ、決して内装とかも、めちゃくちゃイケてるわけじゃないんだよね。内装の雰囲気なら、それこそ、バーフライとかカフェ・モザイクなんかの方が、ずっといいわけじゃない?」
「そう、家具だって、たいしたことないし。テーブルコーディネートかなあ」
「あ、それはある。これってさ、いわゆる、[西洋から見た東洋]じゃない?私たち本人が見ると、これは絶対に日本じゃないし、だからと言って、中国でも勧告でも台湾でもない。でもさ、フランス人から見ると、これが大きい意味での[東洋]のイメージなんだよね」
「うん、私たちには絶対に浮かんでこない組み合わせだよね。微妙におかしいところが私たちには面白い」
「いえてる。フランス人は、どういう風に見てるんだろうねえ」
なーんて、この変なレストランを考察しながら、これも人気の一つだろう、面白いカルトを手にして、お料理を決める。カルトには決して、心引かれる料理の名前はない。はっきり言って消去法で選ぶお料理。
「やあ、いらっしゃい。元気だった?」と、このレストラン唯一のイタリア系の従業員のソムリエくんがカルト・ドゥ・ヴァンを持ってくる。
野菜のピュレ、フロマージュ・ブランをアミューズにつつきながら、今夜のお酒の気分を決める。
「ここのお料理に、おフランスのお酒は合わせたくないよねえ」
「同感。でもねえ、今の時期、チリとか南アはヤだなあ」
「うんうん。ニュージーランド、もしくはカリフォルニア、、、」
「あ、カリフォルニア、あんまり飲んだことない。試してみたい」
「OK。んじゃ、カヴェルネ・ソーヴィニヨン辺りにしてみようか」
黒髪がエキゾチックなソムリエ君に注文。
「お水は?」
「ガス入りで何か、美味しいもの」
「イタリア産にしなさい、イタリア産!なかなか美味しいのがあるから」
「OK。お任せします」
「はーい、お待たせ!」と、刈り込んだ髪の毛がタンタンぽくって、なかなか素敵なセルヴールくんがテーブルにお皿を置く。
お酒を注文し終わったと同時の、アントレの到着だ。
「は、早くないか?」
「早いよ。ま、でも早いの分かるよね。この料理作るのに時間がかかったら逆にびっくりするよ」
セイロに入ったクルヴェットのラヴィオリと、クルヴェットのグリーンサラダ。見た目にもたいしたことないし、(あ、でも、サラダの入っている[容器」は面白い)味もそんなもの。おはしを使ってつついてみる。
「まずくないよ、美味しいよ、確かにね。でもさあ、これが中華料理屋で出てきたら怒るよね。ここだから許せるんだよね」
「ははは、分かる分かる。逆にさあ、中華料理屋だったら、この料理一皿に、80フランも取らないよね?」
「80フラン取られたら、それこそ怒るよ。35フランでしょう、せいぜい」
「でもさあ、こんな文句言いながら、ここを出るときには、また近いうちに来たい!って言ってるんだよ、きっと、私たち」
「絶対言ってそう!してやられてるよねえ、デュカスに」
分かりやすいお料理に、Hawk Crestの95年のカヴェルネ・ソーヴィニヨンはよく合う。(ご存知ですか、柿沢さん?)少しくらい待ったって、味が変わってくれるわけじゃない、ごくシンプルなカヴェルネは、ざらっとした素朴な苦みが、複雑じゃないお料理に結構同調して、悪くない。これは相変わらず美味しいパンを噛り、強いけれどきめの細かな泡が素敵な、深い青色の瓶に入った水を楽しみ、プラを待つ。
「鳥の手羽、タンドリー・ソース」は、結構美味しいぞ。肉の柔らかさと香りはいいし、焼き加減もいい。骨を抜いた部分に、春雨を詰めてあり、味付けはアジア。白いタンドリー・ソースの味もなかなかいい。ガルニは変えてもらって、前回気に入ったマカロニグラタン。うん、これ好き。
「でーもさー、やっぱりこれ、中華屋さんで食べたら、半額だよね」
「全くその通り。でもね、でもね、もう既にね、また来たいな、って思ってるんだ、実は、、、」
「、、、同じ。どうして?ほんとに分からないよ」
「私だって、、、」
またひとしきり、このレストランの魔力について検討。
デセールは、ショコラの薄いタルト。カラメルのグラスも少しつけてもらう。タルトは普通。グラスは美味しくて好きよ。
カフェと、鉄瓶で出てきたヴェルヴェンのアンフュージョンを飲みながら、デュカスのすごさについて考える。
「要はさ、デュカスの思うつぼにはまってるんだよね、私たちは」
「そうだよね、多分。おかしいよ、どう考えても。何でこんなに満足しちゃうんだろう、ここで」
「冷静に考えてみると、ほんと、自信を持って薦められるポイントがないんだよね。お料理、たいしたことない。セルヴィス、、、は、まあまあか。でも、完璧!って訳じゃないし。雰囲気、うーん、ハードはまあ、いいよね。ソフトは、、」
「うん、それだ。雰囲気のソフトだ、いいの!」
「そうだ、客だね!」
「客層で持ってるんだ、ここ。すっごく普段着の人もいるし、かなりドレスアップしてる人もいるし、ドレスコード的には厳しいところじゃないんだけど、みんな似たような雰囲気があるんだよね。今ここにいることを、みんな同じように楽しんでる気がする」
「そうそう。料理が目的じゃなくって、かといってブランシェ(最先端、って感じの意味かな)な場所に来るっていうのだけが目的でもなくって、アラン・デュカスという、この業界最高のプロデューサーの最新作品を楽しみに来てるんだよ、みんな。料理ならそれこそ「アラン・デュカス」に行けばいいんだし、モードだけなら「マン・レイ」とか「バーフライ」に行けばいいんだしね」
「すごい人だよね。デュカスって」
あらゆる意味でのアラン・デュカスの偉さについてひとしきり話をして、今日のディネの終わり。とても気に入ったイタリアのお水を一本、お持ち帰り用に頼む。
「スプーン」の袋に入れて持って来てくれたソムリエくんが、ウインクしながら耳打ち。
「プレゼントするよ、これ。気に入ってくれて嬉しいな」
「わあ、ありがと。こちらこそ、美味しいお水を教えてもらえて嬉しいわ」
結果的にとてもとても楽しいディネのひとときだった。今度はいつ、「スプーンに来ちゃうんだろうなあ。来ないと、禁断症状に陥っちゃいそうだもの。
風が冷たいシャンゼリゼをふらふらと下ってゆく。このアヴェニューをお散歩するの、本当に大好き。友達と別れて、メトロの駅を横目に、ロン・ポワンまで下る。
こちらもしばらく遊びに行っていなくて、禁断症状になりそうになってる、あのお店に寄り道していこうね。
12時前、「イヴァン」のテーブルは半分弱しか埋まってない。
「ボンソワール、マダム?」あんまりよく知らないセルヴールが出迎えてくれる。
「ボンソワール、ムシュ。ええと、、、」誰かいないかなあ、と目を泳がせると、客席に、あ、ステファンさんだ。
「よお、いらっしゃい!」とバーの方に来てくれる。
「ボンソワ、ステファン!」チュッチュ。
「お腹減っちゃったの?」
「ううん、お腹はいっぱい」
「じゃ、何か飲む?シャンパーニュでいい?プティ(横の「イヴァン」のセカンド・レストラン)でご飯食べてきたの?」
「違うの。「スプーン」に行ってきたんだ。知ってる、ステファン?」
「ああ、聞いたことあるよ。よかった?はい、どうぞ」
「まーまーかなあ。あ、ありがと、いただきます」
「そんなとこばっか行ってて、全然ここに来ないんだからなあ、、、」
「だってさあ、、、。ここ、もうエルヴェはいないしさ、外も知らない人ばっかりなんだもん。でも時々遊びに来てるじゃない。それにさ、スプーン、なかなか素敵なセルヴールが1人いたよ。きっとステファンも好きよ」
「まじ?そっち系?」
「うん。手の動きが、完全にそっちだった。タンタンみたいで可愛かったよ。後ろ姿もいいし」
「そーかー、いいなあ」
「今日は、ステファンだけ?みんなおやすみ?お客様も少ないねえ、ヴァカンスか」
「ああ、おまえが知ってる奴等はみんな休み。イヴァンも昨日からカンヌ入り。2週間あっちに行きっぱなし。ああそうだ、ブルノーはね、辞めちゃったよ」
「え?そーなんだー、、、。あーあ、来る度に必ず、誰かがいなくなっちゃったって言う、悪いニュースがあるよね。やだなあ。でもさ、ブルノーが辞めたのは、なんか分かる。初めて会ったときからさ、なんかこの人「イヴァン」に似合わないじゃん!って思ったもん」
「あっはっは!なんだよそれ?どして、どして?じゃ、どんなんなら似合うんだよ!?」
「え?ほら、何て言うかさあ、雰囲気、ってあるじゃん。ステファンとかファブリスとか、あと、クリストフなんかは、すっごく「イヴァン」っぽいんだよ。あ、パスカルもね。でもさあ、ブルノーはさあ、、、、。私、何であなたみたいな人が「イヴァン」を選んだの?って、本気で聞きたかったもん、彼に」
「すっげーおかしいけど、俺も分かるよ、それ。やっぱピュスもそう感じてたんだ」
要はさあ、なんとなく意地悪っぽい人がここには合うんだよね。本当に意地悪ではないんだけど、一見意地悪、って感じの人が。外見からサンパで優しすぎるブルノーくんは本当にこのレストランで不思議な存在だったよ。でも、いなくなって寂しいなあ。
客も少なくって暇なのか、久しぶりにたっぷりおしゃべりのお相手してくれるステファンさん。楽しいんだよね、ステファンとのおしゃべりは。
「俺もさあ、レストラン業はもう辞めたいんだ。かれこれもう15年だぜ、この世界で」っていう、ステファンさん。一通りのポストを全部周っちゃって、もう、飽きちゃったらしい。
「でもさ、3つ星レストランのメートルなんてどう?」
「ああ、それならいいかもな」
「ねね、お勧めがあるの。ランスの「ボワイエ」、知ってるでしょ?」
「もちろん」
「あそこにね、シェフ・ドゥ・ランですっごい素敵な人がいるんだよ!絶対ね、ステファンの好みだと思う」
「へーえ、おまえも気にってるの?」
「うん、だーい好きなんだ。ミシェル、っていうの。すっごく気に入っているんだけどさあ、彼もね、」
「ゲイなんだろ?」
「そーなのよ、多分ね。そうだと思う。確かめて来てよ、ステファン。あーあ、ほんと、素敵な人はみんなゲイなんだよねえ」
「まあ、ピュスがいうなら、きっと俺の好みなんだろうなあ。白人?」
「うん。金髪じゃないけど、背もステファンと同じくらい高くって、うーん、もう少し高いかな?スタイルも抜群!絶対気に入るよ!」
「そっかあ、じゃ、行ってくるか。この店もなあ、ゲイ、少なくなっちゃたし」
「そうだよねえ、前はたくさんいたもんねえ」
「楽しかったよな、あの頃。ピュスとピュスの友達と俺達と。おっかしい事ばっかり、話してたよな」
「そうだったよねえ。ジロームとかさ、ヴァンサンもいたし、、。ほんと、楽しかった」
昔話をひとしきりして、ファブリスの赤ちゃんの話になる。
「生まれた?」
「ああ、生まれた生まれた!男の子」
「よかったね!オセアンの後の男の子で。名前は?」
「テオだって」
「かーいーんだろうなあ、、、。ステファンは?赤ちゃん、作らないの?」
「子供は欲しいんだけどねえ。子供産んだらすぐ別れてくれる女を探さなくっちゃなあ、、」
「そうだねえ。まだずっと、同じ彼なの、ステファン?」
「いや、6ヶ月前から1人なんだ」
「え、ステファンが??何で??」
「なんでって、そりゃなあ、、」
「これを機に、ノーマルに戻ってみたら?」
「それはいや!」
ときっぱりステファンさん。最初に出迎えてくれたセルヴールも入って来て、ゲイが子供を養子にする権利について、あーだこーだと議論。でもさ、ステファンさんなら、養子じゃなくって、自分の子供が欲しいだろうな。端正な顔の子供が産まれるぞ、きっと。見てみたいなあ。
「そうだ、私、ファブリスに赤ちゃんのおゆわい、持ってきたんだ」
「へー、優しいじゃん。何それ?ピジャマ(パジャマ)?」
「ううん。男の子かどうか知らなかったから、無難にぬいぐるみ。ウサギちゃんの。ステファン、明日、ファブリスと会う?」
「あいつ明日も休み。明後日会うから、渡しておくよ。何かメッセージ書く?これに書けよ」って、紙をくれる。
「ありがと。ええと、、テオってどう書くの?」
「TEO、、?いや、THEOかな、多分」
「THEO、、、。よし。ね、赤ちゃんが産まれたとき、ってどういう風におゆわいの言葉言うの?」
「トゥット・メ・フェリシタシオン・プール・ス・ヌーヴォー・ネ、とかかな」
「ええと、、。あれ?トゥ?トゥット?」
「トゥット、TOUTE」
「ありがと。メ・フェリシ、、。S?C?」
「Cだよ」
「すみませんねえ。フランス語出来なくって。ヌヴォーはこれであってる?」
「ああ?うん、多分。な、これでいいんだよな、ヌヴォーって?」別のセルヴールに確かめるステファンさん。
「よし出来た!」
「見せてみ、間違ってないか見てやるよ、、、、。よし、OK。ここに留めとくね」とホッチキスで袋につけてくれる。
「いつ来るの、今度?」
「週末にね、来ようと思ってたんだけど、やっぱりやめる。お客様でぐちゃぐちゃに賑わってるときがいいし、イヴァンがカンヌから帰って来てからにする。ステファンの予定は?」
「5月の後半2週間はヴァカンス取るから、6月以降にしてよ」
「OK。じゃ、またその頃、予約しに寄るね。ヴァカンスは?どこ行くの?」
「ビアリッツ」
「えー、いいんだ!大好き!」
「家族がいるんだ、あそこに」
「え、ステファンさんてビアリッツの出身だったけ?」
「いや。元はスペイン。でも今みんな、ビアリッツにいるんだよ」
「そっかあ、いいよねえ、ビアリッツ、、行きたいなあ」
「海はいいし、街の雰囲気もいいし、、、」
「そうそう。私のお気に入りのセルヴールくんがね、ビアリッツ出身なんだ。かーわいいんだよ、彼。ねえ、ビアリッツさあ、素敵な人が多いよね」
「まあな、悪くないよな」とニヤリと笑うステファンさんの、ちょっとエキゾチックな顔が素敵だね。こういうのが、「イヴァン」っぽい、って言うのさ。
「 いっつも思うんだけどさあ、ステファンと私の好みって、やっぱり近いよね。お客様でさ、あ、あの人素敵、って思ってみてると、大体、ステファンがセルヴィスに行ってたりするよね」
「あっはっはっは!そうだよなあ、確かに。前にもよくあったよな。同じ人見てることが。覚えてるか、あの時とか、、、」まーた、昔話に花が咲いて大笑い。
「何時、今?」
「1時10分前」
「え、もう?私、帰らなくちゃ。電車なくなっちゃう。またね、ステファン」
「気をつけて帰れよ。じゃ、今度は6月?」
「うん。元気でね。ヴァカンス楽しんでね。みんなによろしく。シャンパーニュ、ごちそうさまでした」
「おやすみ、ピュス」
「おやすみ、ステファン」バイバイ、と手を振って、外に出る。
楽しい夜だったな。
「バーフライ」でテキーラ飲みながらマン・ウォッチングを楽しんで、「スプーン」でワインとお水を飲みながら居心地を楽しんで、「イヴァン」でシャンパーニュを飲みながらお喋りを楽しんで。ワクワクするような楽しさをたくさんくれるシャンゼリゼの界隈が、私はとっても好きなんだ。
mer.12 mai 1999